第566話 お相手役になるんですか?

 私たちは、応接室で三人向き合いながら、今回の情報収集に関する話をすることにした。



「それで、私は具体的に何をすればよろしいのですか?」



 単刀直入にエールは聞いてくる。貴族的なまどろっこしいことを求めていないことをよくわかっているこの人ならではの気遣いであった。



「兄をあなたに同伴させて欲しいの」

「と、言いますと……アンナリーゼ様は、何か情報がほしくて、サシャ様がそれを

 探る。そんなとこですか?」

「察しがいいんだな?バニッシュ子爵は」

「そんなことありませんよ!サシャ様。あと、エールとお呼びください」

「あぁ、わかったエール」

「察しがいいというよりは、女性の考えている2歩先辺りを読んで楽しんでいるん

 でしょ?」

「御明察です、アンナリーゼ様。それが、私の人生における楽しみですから!」



 ニッコリ笑うエールは、やはり大人の魅力がたっぷりである。落ちない女性がいるのだろうか?と、自分を棚に上げて感心した。



「なんだか、アンナとは天敵な感じがするけど、この察しの良さが魅力ということかな?」

「そうなんですか?私、アンナリーゼ様に相手にされたことはないのでなんとも

 でしたが、少しは役に立っているかと思うと嬉しいですね」



 食えないところがあるから、あんまり近くに置きたいとは思わないけど、こういう色気ある男性が陣営にいるかいないかで言えば、いた方が絶対得である。

 幸い、子爵夫人であるミネルバとは、いい関係ができたおかげで、裏切られることはないだろう。

 領民の生命線である小麦の価格を抑えるためのバニッシュ領への関税を引き下げているのだ。裏切りがバレれば、関税なんてこっちの好きな税率出かけ直すことが出来る。

 領民を窮地に陥れるようなバカなことは、ミネルバはしないだろうことはわかっているので裏切らない。エールに至っては、ミネルバに右へ倣えだから文句のひとつも出ないだろう。



「うーん、でも、私が男性を連れて歩いていると目立つと思うんですよね……変装は

 されると思いますが、サシャ様のこの顔立ちは、夜会では相当目立つと思います」

「何か提案はあるかしら?兄が目立たず、上手いこと会に馴染める方法」

「私と一緒に行動するのならば……」



 チラッとエールは兄の方を見た。私もつられて兄の方を見る。

 兄は、どちらかというと女顔である。間違ってもエールのような色ある顔つきではない。

 ということは、することは決まった。後は、本人に頷かせるだけである。



「お兄様」

「……嫌な予感がするんだけど?」

「気のせいですよ!それより、アンナのために一肌脱いでやろうって気になります?」

「……ジョージアの変わりだからな。まぁ……」



 兄はすごく嫌な顔をしながら、お茶に手を伸ばし一口飲んだ。

 私から言われるであろうことに、予想をつけたような顔の兄に、ごめんねと思いながら言い放つ。



「女装しましょう!」

「……アンナなら、言い出すと思った」

「やっぱり?」

「あぁ、そんな気がした。二人が、僕の顔を見た瞬間に」

「サシャ様も察しがいいですね!」

「妹の言い出すことくらい、なんとなくでもわかりますよ。あぁ、女装……この

 ことは、みなに内緒だからな!特にジョージア。わかった?全力でバレないように

 してくれ。エリーや子どもたちに変態と言われたら、もう生きていけないから!」



 わかりましたと約束をする。エールにも内密にということで言わないことを約束してくれた。

 とりあえず、これで、情報収集するための布陣が整ったことになる。

 あとは、お兄様を着飾る正装を用意することになるのだが、それは、こちらで用意することになるだろう。



「お兄様、わかっていると思いますけど、ご自身の趣味で着飾るのではなく、エール

 の好みに合わせて着飾るのですからね!」

「嫌だって言っても仕方がないんだろ?エールは、どういうのが好みなんだ?」

「そうですね……実は、ジェラン侯爵夫人のカレン様のような方が1番好みなのです

 けど、どうですかね?あのような方に……」

「カレンね?なるほどね。確かに社交界で目立つ女性でもあるし、興味をそそられる

 人もいそうね。カレンは、旦那様にベッタリだから、少々スキがあるカレンなら……」

「あの、そのジェラン侯爵夫人って……?」

「私の友人ですわ!リンゴ酒の元であるリンゴ産地出身の方で、それはそれは妖艶

 な女性。旦那様以外、興味がないから、人気は高い夫人ではあるのですけど……」



 隣から、ため息が聞こえて来た。

 なんとなく言いたいことはわかっている。言葉にされると、そうねというだけだ。



「アンナの周りには、そんな女性しかいないの?」

「やっぱり、そう思います?みなさん、強い女性が回りに多いのですよね……」

「シルキー様もだし、うちのエリーもだし、ヘンリー様のところのイリア様も。

 一緒にいるナタリーもそうだね?」

「そこに、カレンとエールの夫人であるミネルバも加えてくださいます?」

「うちのミネルバもですか?」

「もちろんじゃないですか?」

「……まぁ、例にもれずって感じですけど」



 エールも諦めたかのように苦笑いをする。私とは、会ったその日にとても素敵なお嬢さんだったわ!とミネルバは褒めちぎっていたそうだ。それを聞くと、認められたようで少しだけ嬉しい。



「ドレスの感じはわかったから、そうね、明日もお店に来てくれるかしら?」

「えぇ、もちろんです」



 とりあえず、今日は解散することにした。

 ありがとうと伝えると、エールは出ていく。私と兄は応接室に残り、ニコライへの話をするために、呼ぶとすぐに来てくれた。

 私たちは、先程の話を含め、ニコライに準備してもらうものについて話し合いをしはじめたのである。

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