第552話 可動域

「ごめんね、レオ!」

「いえ、大丈夫です!」



 待たせてしまったレオに謝ると、ニコリと笑ってくれる。いや……子どもに気を使わせてどうするのだ?と私は恥ずかしくなった。

 すると、レオはじっと私の顔を見上げて来る。



「私の顔に何か?」

「いえ、あの……」



 言いにくそうにしているレオに私は小首を傾げて見つめ返す。

 すると、意を決したように、ひとつ頷くとこちらを真っすぐ見上げてくた。



「目が、赤いです。アンナ様、泣かれたのですか?」

「えっ?あぁ、ちょっと……ね?大人でも、感動した本を読むと涙くらい流すわ!」



 私の言葉を吟味するように、探られているようであった。なんだが、落ち着かない。

 レオって……なんだろう?察しがいいのよね……ウィルに似てなのか、元々男爵家にいたときの処世術なのか。



「アンナ様、それは、嘘ですよね?」

「そんなこと、ないわよ!」

「いいえ、僕、わかるんです!そういうの……それで、誰がアンナ様を泣かせたの

 ですか?」



 意外と鋭いレオに、私は微笑んだ。人の機微に聡い子が、アンジェラの側にいてくれるのは、とても心強い。

 悪意に晒されることも多くなるかもしれないアンジェラを少しでもそういったものから遠ざけてくれそうなレオがいてくれることは、私にとって安心材料である。

 私にハリーやウィルがいてくれるように、アンジェラにもレオがいてくれれば嬉しい。



「なんで、そう思ったの?私は、本を読んで泣いたと言ったのに」

「どうしてか、わかりませんが、自分の心がそうじゃないって言っているので、そう

 じゃない気がしたのです」

「そう……」



 私は、レオと同じ視線になるように少しだけ屈む。

 じっと、レオを見つめると頭を撫でる。



「レオ、その感性はとても大事なことよ!大きくなってもその感性は無くさないで。

 これから、アンジェラの側を任せることになるから……アンジェラを大事にして

 くれる?」

「もちろんです!」

「ありがとう!」



 レオの強い眼差しは、両親のダドリー男爵でもリアンでもない、育ての親であるウィルから受け継がれたものだろう。その眼差しを見て頷き、私はレオを抱きしめる。

 リアンもウィルも大事にしているのは知っているが、ミアがまだ手のかかることも多いため、レオのことをあまり抱きしめたりしないらしい。

 男の子というのもあってとはいっても、まだ、子どもだ。ギュっと抱きしめると、驚いたようで、どうしたものか、腕の中で困り果てている。

 実は、アンジェラはよくレオにしがみついていたりするのだが……また、違う意味で私に困っているようであった。



「さてと、それじゃあ、今日は何から手を付けましょうか?最近、柔軟もサボらずしている?」

「はい、毎日してます。おかげで、体が柔らかくなりました。父様がいうに、父様

 より可動域?が広いと言っていました」

「そうなのね!子ども間は、柔軟を大切にして。無理はしない程度にね?」

「はい、そうします!あの、それで……可動域ってなんですか?」



 そのとき、ジョージアが部屋に入ってきた。私たちの訓練を見てみたいと思ったらしく、続けてといい椅子に座ってこちらを見ている。



「レオは、こういうのはできるかしら?」



 右腕を上から後ろに回し、左腕を下から後ろに回して、ちょうど背中の真ん中で手を合わせる。手首を繋ぐあたりなら、特に何も感じずにやってのけるが、限界値としては肘より少し下を持つくらいまでであった。

 できますよ!とレオもするので、私はそれを見て満足そうに笑う。体が柔らかいのは、いろいろと都合がいいのである。



「ジョージア様、上着を脱いでこちらまできてください!」



 私に呼ばれ、仕方がないなぁとジョージアは近くまで来てくれた。

 予想するに、ジョージアはわりと体が硬いと思うのだが、できるだろうか?一応、剣は習っていたはずだと思い、レオと同じようなことをしてくれるようお願いする。



「えっ?これを?」

「そうです。剣を習っていたなら、出来るかなって……」



 たぶん、出来ないであろうから、すごく渋い顔をしているジョージアをよそに、早く早くと急かす。



「俺、届かないんだよね……」



 後ろを見せてもらい、レオと二人でジョージアの背中を見ていると、確かに掌一つ分くらい離れていた。



「ジョージア様、そのままでいてくださいね!」

「待って、アンナ……長いことは、無理……」

「じゃあ、息を吐いてください!深く深く……出し切って……はいっ!じゃあ、

 今度は、大きく息を吸って!吸って、吸って!」



 私に言われるがまま、ジョージアは深呼吸しているので……レオに、その間に可動域の説明を始める。



「目に見えるほうが、わかりやすいと思って……レオは、ここがくっつくでしょ?」

「……はい」

「アンナ、くすぐったい……」

「我慢してください!ジョージア様!で、ここがくっつくということは、肩の柔ら

 かいの。ジョージア様は、硬いから、届かないんだよ!これが届くっていうのが、

 肩の可動域が広がっているってこと」

「なるほど。可動域が広がると、どうなるんですか?えっと……柔らかいとどういい

 んですか?」

「稼働域が広いと、攻撃できる範囲も広がるかな。他人が想像しているより伸びる

 感じ?ウィルには内緒だけど……私、ウィルより体格は劣っていて腕も短いけど、

 伸ばすと体がウィルより使える場所が多いから思ってもないほど伸びて、視覚の

 間隔がズレて戦いにくいのよね。

 体は、硬いより柔らかいほうが、怪我をしにくいの。今は方だけど、股関節とかも

 柔らかくしているでしょ?例えば敵が、肩に攻撃しようとしてきたとき、肩という

 か、肩甲骨なんだけど、ここがこう柔らかいと……」


 レオは、模擬剣を突き出しながら、私の言葉を確認している。

 これは、自分がというより、対戦相手が感じることなので、間隔としてはわからないだろう。

 私も兄に教えてもらって、初めて気が付いたことであった。そのうち、気が付くはずだ。



「逃げられるってことです?」

「御明察。剣の練習は、同じ動きをすることがあるけど、あれは、反復練習っていう

 の。いざ、同じところを攻められたとき、どうすれば、体を捌けばいいのかわかる

 ようになるでしょ?日々の練習が、何か咄嗟のとき役立つのよ!」



 レオ、肩に攻撃をさせて、私がそれを捻って避けると、感動していた。レオもジョージアも。

 少しのことで、そんな大袈裟な……と思うけど、ジョージアは出来ないらしい。

 レオは、私の話を聞きながら、意識して剣を突く練習をし始めたのであった。

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