第532話 公妃の謝罪について

「公、そろそろ謁見は終了にされては……」



 宰相が時計を見て公へ進言してくれる。こちらとしても、朝早くコーコナ領から公都まで駆けてきたことを思えば、そろそろ疲れもピークに達している。

 帰ってもいいというなら、とっとと帰りたい。もう、2時を過ぎているのだから。

 だいたい、公と公妃の夫婦喧嘩がなければ、待たされることもなくもっと早くに終わっていたはずなのにだ。



「あぁ、待て。もうひとつ、話しておきたいことがある」

「そうでしたか……失礼いたしました」



 宰相が下がったことに、ホッとしている公に意地悪したい気分だ。



「それで、まだ、何かあるのですか?ジョージア様とまとも言葉も交わさずあち

 こち飛び回っていましたし、公のおかげでジョージア様にいらぬ心配もかけて

 いますから、直ちに帰って、子どもたちも含め一緒にゆっくりしたいのですけど?」

「待て待て、もう少しで解放してやるから」

「だいたい、公と公妃の夫婦喧嘩がなければ、もっと早く帰れたのに……」



 肩を落とし悲しいというふうに態度で示すと悪かったと謝る。

 普通、公は謝ることをしないが、よっぽど憐れに見えたのだろう。むしろ、こんなことで騙される公の方が憐れではあるが……言わずにいた。早く帰れるなら、もっと引き出しはあるはずだ。



「公妃の謝罪についてだが……」

「あぁ、急にアンバー領に来られては、困ります。特にあの日は、子どもたちの

 誕生日で領地のみなが祝ってくれ、出店がでたりと楽しい日でしたのに、台無しに

 なるところでしたわ!もう少し、配慮というものを教えて差し上げたらいかが

 ですか?」



 私はあの日のことを思い出し、チクチクと公を責める。普段の日なら何も言わないが、あの日はアンジェラとジョージの誕生日だったのだ。二人の子どもたちは目をキラキラさせて楽しんでいたのだ。

 そんな日に来るだなんて、ちょっと常識的にどうかと思う。



「アンバーでは、そんなことをしているのか?」

「えぇ、去年のアンジェラの誕生日にアンバー領の領民へのお礼も兼ねて誕生日会

 を開いたら、今年もとなったのでたぶん、恒例行事になると思いますよ?

 今まで、そんなお祭なかったようなので、領地を元気にするものなら、1年に1回

 くらいいいかなって思っています」

「それは、おもしろそうだな」

「公は、お城でするじゃないですか?公都もお祭騒ぎになりますし……アンバー領

 には、それができる心の余裕がなかったんです。心にも懐にも多少の余裕が出来た

 ことで、今、そういう催しも出来るようになったのです」

「なるほどな……そんな日に、公妃が行けば、追い返したくもなるな。あくまで

 主役は子どもだからな。迷惑をかけた」



 本当ですよ!とむくれると、すまないと呟く。どんだけ、公妃に振り回されているんだと思わなくもないが、言葉にはしないでおいた。



「それで、その謝罪の件だが……今日はもう遅い。出来れば、夜会の日にでもと

 思うのだが、どうだろうか?」

「うーん、いいですよ!まぁ、子どもの喧嘩のようなものですけど、影響力のある方

 がすることではないですからね。しっかり謝罪をお願いしますね?あと、夜会の

 最中でしなくてもいいですよ!」

「どういうことだ?」

「夜会の最初に公の挨拶があるでしょ?」

「あぁ、そりゃ主催者側だからな」

「そのときに、公と公妃が一緒に来てください。挨拶の最後に私とジョージア様を

 呼んで別室に呼んでもらえば、わざわざ公妃に大恥さらさなくてもいいですって

 話です。別室では謝罪とそれに伴う慰謝料?迷惑料?を公妃の前でたんまり約束

 してくれれば、それでいいですよ」

「その迷惑料をたんまりのあたりが怖いんだけど……?何を考えている?」

「何でしょう?何にしようかしら?ウィル、何がいいと思う?」

「それは、セバスと考えた方がよさそうな案件じゃないか?」

「そうね……それなら、3つ程お願いしましょうかね?」

「……そんなにもか?」

「あら、安いと思いますよ?アンバー領の領民の命に比べれば、安すぎる程ではない

 です?」



 私はコテンと首を傾げ、おかしなこと言いますね?と公に冷ややかな言葉を投げかけた。

 ゾッとしたような顔を向けてくる公が可笑しくて、笑ってしまった。



「そんな顔をして、よく私を公妃にだなんて言いますね?」

「いや、そりゃ、そなたが身内になるのと、外側にいるのとでは違うだろう?」

「私は変わりませんよ。例え公妃になったとしても、公にたいしては、こんなもん

 です。愛情の欠片もありませんから……」



 ジョージアを想ってふふっと優しく笑う。



「その笑顔は、手には入らないってことか」

「当たり前です!さて、迷惑料に関しては、夜会までに考えておきますので、そろ

 そろ帰ってもよろしいですか?」

「あぁ、いいが……本当に別室でいいのか?」

「いいですよ?ちゃんと、公妃がごめんなさいが出来るのであれば、私は何も言い

 ません。気に入らない謝り方なら、倍以上の迷惑料を請求するだけの話です」



 それは……うちの資金がなくなる……とぶつくさ言っているが、知ったことではない。

 資金か……うーん、ひとついいこと思いついたと、口角をあげるとそれを目ざとく見ていた公のほうは、ひきつっている。



「ひとついいことを思いつきました!」

「そなたのいいことは、いいことに思えないんだけど?」

「いいではないですか?私にとって、これ程いいことはありませんわ!」

「それでなんだ?」

「公妃のドレスの好みとサイズを教えてください!」

「はっ?」

「だから、今年の始まりの夜会にうちのドレスを着てもらいます。あとは、公妃が

 開くお茶会にもお遊びにも着ていただきましょう。きっと、公からのプレゼント

 なら、着てくださりますしね?」



 ニッコリ笑うと、侍女長を呼び、早速公妃のドレスの話をしてくれる。侍女長は、仕事が出来る人らしく、それは素晴らしいです!と満面の笑みを浮かべ、聞きに言ってくれたようである。

 私が見るに、あの侍女長も公妃の件では、ものすごく苦労している感じであったので、腹いせなのかとってもいい顔をしていた。



「公妃って、侍女長にも嫌われているんですか?」

「ん?」

「女の勘ですけどね。絶対そうだ。お茶会したら、いい感じに仲良くなれそうですわ!」



 さてとと立ち上がる私を若干縋るように見てくる公を尻目に私は、最上級の淑女の礼を取る。

 さすがに、もう疲れたので下がりたい。



「夜もだいぶ深まってまいりましたし、公も明日5時起きで文官見習いをしないと

 いけないですから……お暇させていただきますわ!」

「ま……待て!」

「まだ、何かありますか?」

「いや、その……」

「迷惑料の件に関しては、後日連絡いたしますので、他に何もないかと思いますよ?」



 さすがに疲れたから帰らせてとは言えず、もう話すことはないということにした。

 公もそれがわかっているのか、それ以上は何も言わない。



「個人的な話でしたら、公都にいる間でしたら、屋敷でお聞きしますよ?昼間は

 少々出かける予定ですからいませんけど……」

「それは、ジョージアとか?」

「いろいろです。領地に活かせるものはないかと、少々違う領地にも足を伸ばす予定

 ですから……」



 わかったと謎の納得の後、私は謁見から解放される。時計を見れば、3時をとうに過ぎており、ぐったりだ。

 馬車に乗り込み、ウィルが馬で並走し護衛についてくれる。

 アンバーの屋敷はすぐだが、今日はやたらと長く感じた。


 ジョージア様は、まだ、起きて待っていてくれるだろうか?


 ぼんやりしながら、馬車に揺られ、屋敷についた頃には眠ってしまっていたようだった。

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