第530話 1日時間作れますか?

 私はパンっと手を叩くとみなが音の出所に戦々恐々と見てくる。その対応に、私は少々不満を覚えたが、ニコリと微笑むだけにした。



「……なんだ、アンナリーゼ。何かあるのか?その不気味な笑顔には」



 一番最初に声をかけてきたのは、公であった。私は、はいっ!っと可愛らしく答え、追加で失礼ですねと頬を膨らませると、若干引きつった顔でこちらを注意深く見つめてくる。



「公は、1日時間作れますか?」

「1日くらいなら……大丈夫だ」

「そうですか……いつぐらいなら、大丈夫です?」

「……何を企んでおる?」

「何って、文官たちの仕事ぶりを視察したら、いいかなって!どうです?変装して

 まぎれればおもしろそうじゃないですか?」

「そなたは……!」

「お城の中ですから殺される心配も少ないですし、護衛はつけなくても大丈夫で

 しょう。それに、パルマの仕事の穴を埋めるため、アンバー公爵が後ろ盾として

 1日……お休みの間体験してみてくださいよ!」

「アンナリーゼ様は、文官の仕事が公に務まると思いますか?」



 宰相の切実に首を横に振る。まぁ、パルマの仕事の穴埋めなんて、公に出来るわけがないので、私は微笑んで何のことかわからないと言い切る。

 青ざめているのは権力者でもある公なのだが、これくらいしてもいいのではないだろうか?私もたまに領民に混ざって作業したりしているのだから、出来るだろう。



「それは、やってみないとわからないですからね?社会経験を積むと思って1日だけ

 でも体験はするべきですよ!」

「アンナリーゼよ?そなたもやるか?」

「私は、領地のあれこれで忙しいのでダメですね!文官が足りないので、私も手伝

 ってはいるんですよ!殆どがセバスとイチアが上手に処理を進めてくれている

 ので、たいしたことは全然していませんし、文官になりたい領民の成長も素晴ら

 しく早いので、もうすぐ、私は、お役御免ですけどね!」



 笑顔を絶やさずに無言で圧力をかけると、わかったと渋々了承した。



「文官たちには内密に……アンナリーゼよ、推薦状を書いてくれ……さっそく、

 明日紛れ込んでくる。宰相、文官の制服を用意しておいてくれ」

「畏まりました。ご無理はなさらないでください」

「あぁ、構わない。パルマと言ったか?」

「はい、そうです」

「この引継ぎ通りにすればいいか?」

「はい、それで大丈夫です。あの、本当によろしいのですか?その、公に仕事をして

 いただいても……」

「仕方あるまい。アンナリーゼも思いつきであろうが、そなたら文官を知るいい

 機会だ。勉強不足であることは、アンナリーゼを見ても明らかだからな……

 知識も経験も全く足りないんだ。やれと言われたことは、よっぽどのことでなければ、やってみるさ」



 また、開き直ったのか、公は先程とは打って変わって少しやる気になったようだった。

 私は、応援しますわと優しく微笑むとその笑顔が1番怖いんだと公に言われてしまう。



「あの、こんな無茶な話の後ですけど……」

「なんだ?次はお願いか?可愛らしく言っても、可愛くないぞ?」

「失礼ですね!私は、十分可愛いですよ!」

「そう思っているのは、ジョージアくらいだろ?」

「それで、十分じゃないですか!それで、お願い何ですけど!」

「なんだ?何をしてほしい?何をすればいいんだ?」



 公が話に乗ってくれたので、すかさず口を開く。



「夜会で出される料理の内、貝殻を使う料理があると思うんですけど……」

「それが?」

「貝殻が欲しいのです!」

「ゴミではないか!」

「アンバーにとって、貝殻はゴミではありません!欲しいのです!」

「はぁ……それなら、まぁいいが……宰相、厨房に連絡をしておいてくれ。一体何を考えているのか

 知らぬが、とうとうゴミまで欲しがるとは……」

「失礼ですね?貝殻を焼いて粉々にすると石灰になるんですよ!畑にまいてもいいし、今進めている

 工事にも必要な材料なんですからね!そんなことも知らないんですか?」

「……んぐっ!」

「姫さん、一般的に知らない人の方が多いんじゃないか?俺も知らなかったし……でも、画期的だよ

 なぁ……コンクリートっていうの?あれがあれば、災害も防げるかもしれないんでしょ?」

「サーラー、それは、どういうことだ?近衛の半分をコーコナに送ると言っていたが、具体的に何を……」

「具体的には、分厚いコンクリートの壁を築いて、流れてくるものを止める、もしくは威力を削ぐと考え

 ています。ぶっつけ本番になるかもですからね……うまくいくか、いかないかはこれから次第ですけど……」

「なるほどな……雨の量が多いんだって?」

「通常より今現在も結構な雨量だとかですね。夏場になれば、さらに多くなる予想ですから、今回、

 土石流をなるべくと考え動いている次第です」

「何故、そのように動ける?」



 公の問いに私は小首を傾げると、公と宰相を見据えてひとつの言葉を発す。



「何故と言われましても、それが領主である私の勤めだからです。領民の命を守り育む。すると、彼らは

 領主への見返りとして、しっかり働いてくれる。その地域が潤い領地全体が繁栄し、お互いに潤った

 生活ができる。中には、厳しいところもありますが、領民とは、知らず知らずの内に、持ちつ持たれつ

 の関係に変わる。そういう領地にアンバーはなりつつあるからですよ!コーコナもそれに近き気持ちが

 育ちつつあります」



 私は公に視線を向けると、領主の顔だなと呟いていた。公は、私から見れば、まだまだ一国の主ではない。みなが大事にしてくれていた公世子時代と然程変わっていないように感じる。

 私の願いは、若い貴族と共に切磋琢磨してローズディアという国を成長させて欲しいのだが、まだまだ、理想とは程遠いようであった。

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