第474話 10人の魔法使いⅡ

 廊下から聞こえる足音からすると……女の人らしい。

 ハイヒールを履いているのか、少し響く踵の音に私は少しだけうきうきとして気持ちになった。

 今、クレアが調理場へ行こうとしてイチアによって窘められ戻ってきて目の前にいるが……この領地に女性が増えるのは嬉しい。

 執務室もほぼ男性が並び、とてもじゃないけど……華がない。

 言わないけど……ガタイのいいおじさんを始め、なんとも目に優しくない。

 たまには、領地で女性たちときゃっきゃしたくても、できないので諦めていたが、フレイゼンからの受入れで女性が増えるのは、正直嬉しかった。



「この音は……、リアノですわね?」

「足音で、誰だかわかるの?クレア」

「えぇ、もちろんですとも。リアノは、とても変わりものでして、男ですがハイ

 ヒールを好んで履いているのです。そうそう、ハニーアンバー店の服もたいそう

 気に入っていて……」



 そうこうしているうちに、執務室の前でピタリと足音が止まった。

 コンコンと扉をノックされるので、少し緊張の面持ちだ。

 どうぞ、入ってきて!と言うと、扉がガチャっと開いた。

 スルッと入ってきた足は、とても綺麗な足で確かにハイヒールを履いている。

 中に入って来たのは、少々?ガタイのいい女性が、ハニーアンバー店のワンピースにツバの大きな帽子をかぶっているというふうな容貌。

 私の前まで、カツカツと踵を鳴らし来たとき、見上げると顔が見え目が合った。

 ニカっと笑うその顔は、紛れもなく男性である。



「はじめまして、アンナリーゼ様」



 そう言ってツバの大きな帽子を取った。



「は……はじめまして!ようこそアンバー領へ!」

「私、アンバー領へ来れるのを指折り数えてましたの!1232日も数えてしまい

 ましたわ!」

「えっと……あの……」



 ギャップに頭がついていかない私そっちのけで、話し始めた女装男性に私はどうしたら?とクレアに目配せしたが、我関せずという顔で見向きもしてくれなかった。

 イチアなんて、もう遠くに視線をやっていて聞こえませんよと言う感じだ。



「あ……あの、領地へ来てくれて、ありがとう。あの、まず、落ち着いて、話を

 しましょう。自己紹介してくれるかしら?」

「これはこれは、私、アンバー領にこれたことを喜びすぎてすっかり忘れてしまい

 ましたわ!

 リアノーフラと申します。リアノかリアちゃんと呼んでくださいませ!」

「えぇ……わかったわ!リアノ!」

「アンナリーゼ様には、初めてお会いしますけど……とっても可愛らしい人なの

 ですね!領主様、これから私の力を存分にお使いください!」

「えぇ……ありがとう!」



 さすがのわたしも、リアノには呆気にとられてしまい、目を白黒させてしまう。



「せっかくだから、そちらの席にかけてくれる?」



 わかりましたとクレアとリアノが座り、イチアもウィルの席に座った。



「今日は、あと1人来る予定になっているのだけど……先にリアノの話を聞いても

 いいかしら?」

「えぇ、なんでも聞いてちょうだい!」

「こら、アンナリーゼ様は貴族。言葉遣いに気をつけなさい!」

「あぁ……公の場でなければ、別に構わないよ?」

「さすが、アンナリーゼ様。フレイゼン様の娘って感じね!」



 はぁ……とため息をつきたくなるのをぐっとこらえる。



「話がそれちゃったじゃない、クレアちゃん!」

「その、クレアちゃんっていうのやめて欲しいのだけど?」

「いいじゃない!私とクレアちゃんの仲じゃない!」

「そんな仲は何もありません。赤の他人です。それより、アンナリーゼ様からの

 質問に早く、答えるべきね!この変態!」

「変態って失礼ね!私は、これに誇りを持っているのよ!」



 クレアとリアノのやり取りをじっと見ていると、イチアが耳打ちしてきた。



「アンナリーゼ様、本当に、大丈夫なのですか?」

「えぇ、父が吟味した人選ですからね!私は信じてる。父を信じているわ!」



 大事なことなので2回言おう。父を信じていると……目の前で繰り広げられる話を聞いていれば……疑いたくなるのだが……厄介払いしたかっただけではないと信じたい。

 実際、クレアについては実績を知っている。あのハリーと食べたトマトを改良していたのは、この人物であろう。

 さて、この目の前のヘンテコなお兄さんは、一体何者なのだろう……



「それくらいでいいかしら?私も執務があるから……リアノは何の専攻をしていた

 のかしら?」

「私は、土木工事を主に指揮したり、設計図を描いたりしていますわ!」

「カノタの師匠ってこと?」

「えぇ、そういうことです。あの子、元気にしていますか?」

「……も……」



 師匠!と執務室の扉が開かれ驚いてお尻がぽんっと浮かんでしまった。

 今、まさに話をしようとしていたところだったカノタが部屋に入ってきたのだ。



「あら、カノタ!あらあらあら!日にやけちゃって、ここも筋肉質に……あぁ、

 いい男になったわね!いらっしゃい!」



 そういうとおもむろにリアノが立ち上がると、カノタが飛びついた。

 女性の服着たガタイのいいお兄さんに、可愛らしいがそこそこ逞しいカノタが抱きつくというなんとも言えないことになっていて、ますます私はついていけなくなる。



「カノタ……リアノの隣に座りなさい。再会の挨拶はあとにしてくれるかしら?」

「わかりました。失礼しました」

「えぇ、大丈夫よ……」



 私は、すでにぐったりした。なんか、このメンバー二人目も結構な濃い人物である。



「カノタの師匠ってことは、リアノは、土木関係で……そうね……この話は、

 カノタとまず、話したほうがいいかしら?」

「アンナリーゼ様も混ぜて話された方がいいと思いますよ?」

「でも、数日では、無理でしょ?」

「そんなに急ぎませんから……帰ってきてからでも大丈夫です」



 イチアが唯一冷静に判断してくれるので、私は、意識を手放したかった。



「まぁ、カノタがアンナリーゼ様に何か任されていることは知っていてよ!それを

 見るのよね?」

「まだ、出来上がっていないんじゃなかった?」

「そうです……作業もあるので……なかなか、そちらの方のことも進めていると

 難しく」

「じゃあ、早速、今晩にも見せてちょうだい。そして、作業場へ私も出るわ!その方

 が、要領も得ているものが、指揮をとった方がいいでしょ?」

「確かに……明日の朝、リアノとカノタ、ピューレを集めて話し合いましょう。

 リリーもいた方がいいかしら?」

「お願いします!リリーさんがいると……なんというか、一体感が違うんですよね?」

「わかったわ!リリーにも話をつけて置きましょう」

「そのリリーっていうのは、女の子なの?現場になんて、危なくない?」

「男性ですよ!リリーって皆に呼ばれている、元アンバー警備隊の一員よ!

 だから、まとめあげることは、うまいのよ!」



 へぇーっと興味ありげに口角をあげるリアノに私は釘をさすべきだろうか……

 この笑みは何を考えているのだろう……少し怖くなったが、もう何も言わないでおこうとそっとしておく。


 リリー何か被害があったとしても……自分でなんとかしてちょうだい。

 でも、リアノもよく見れば程よい筋肉である。現場にも出ているということだったので……腕っぷしは、どっちも同じくらい強いのではないか……なんて、リリーのことをこっそり心配するのであった。

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