第464話 できないなら、帰りなさい。

 私の堪忍袋の緒が切れかかっている。

 掌には、刺さっている爪の痛みなんて、何も感じなかった。

 それより、怒りに任せ握った拳で、綺麗に作ってある顔を殴ってしまいたい衝動をぐっと抑える。



「できないのですか?公妃様、どれかわからないのであれば、私が特別に教えて

 差し上げますわ!

 まずは、そのドレス。私の元で働いてくれているカラマス子爵家令嬢ナタリーが

 デザインしたものですわね!布地は、コーコナ領で採られる綿花から出来た布に

 蚕から作られた絹糸で出来たレース。

 そのドレスを作りあげたのは、コーコナ領で貴族のドレス専門に作っているかなり

 高度な裁縫技術を持つ女性たちの一品。

 耳、首、手首を飾るのは、トワイス国出身であり、ローズディアで今をときめく

 宝飾職人ティアの作品。たぶん、下着も、コーコナ領のものでしょう。肌に添い

 その質感も柔らかく摩擦が少ない。そこの侍女さん、違いますか?」



 私が公妃ではなく、後ろに控える侍女にニコリと笑えば、カタカタと増えるえている。

 領地での出来事は、基本的に情報共有してくれているので、見たらわかるのだ。

 領主をやっていて思うことは、領地で出来たものを他領で見れることが嬉しい。

 だから、ちゃんと、自領のものをなるべく多く覚えるようにしている。



「アンナリーゼ?何故、私がそのようなことに従わないといけないのです?私は、

 この国の公妃。あなたより、上位者ですから、従う必要はなくてよ!」

「公妃様、ここがどこだかわかっていますか?

 ここは、私が治める私の領地であり、私が全ての決まりだからです。できない

 なら、帰りなさい。

 公妃様は、我が領地には不必要なもの。何をなさりに来たのか知りませんが、

 今日は、ハニーローズの誕生祭です。領民がとても楽しみにしている今日という

 日を邪魔しないでくださいますか?それとも、私に何かお望みで?わざわざ、私と

 同じ場所に降りて来なくても、もう少ししたら、私がそちらの場所へ伺ったのに……」



 バサッとセンスを広げると顔を半分隠し、妖しく笑う。

 公妃は、そんな私の顔を見て仰け反る。

 そんなに、怖がらなくても、とってくいはしない。



「わた……私は、この前のことをしゃ……」

「あの噂の謝罪ならアンバーの領地ではなく、公が開く社交場でお願いしますわ。

 こそこそとしているだなんて、公妃様らしくありませんものね!」



 あの噂とは、ハニーアンバー店を潰すとかできもしないことを言ったことだ。

 こちらもそれ相応の対応として、公女であったトワイス国王太子妃シルキーや第三妃メアリー、公爵夫人イリアや義姉エリザベスに協力を仰ぎ、少々灸をすえてあげたのだが、どうも反省はしてくれたらしい。

 と、いうか、公がかなり困っているというのが正解だろう。


 シルキーからの抗議の手紙がたくさん来ると、こちらにも手紙が来ていたから、謝ってこいと公が命令を出したのだろうが、逆効果に感じる。

 むしろ、こんな日に来てもらうと、邪魔の何物でもない。これは、公への抗議文を贈るべきであろう。

 領民が楽しみにしている年に数回のお祭りに水をさすようなことをして!と……



「私、できることなら、今日のことも謝罪をしていただきたいですわ!

 私の民をバカにするのは、許せませんもの。アンバー公爵家は、いつだって公妃様

 からお言葉に耳を傾けますわ!公妃様はどうですか?ご自身の出身である公爵

 領で、民の声に耳を傾けた方がいいのではないですかねぇ?おほほ……」



 何か言いたげしているが、唇を噛んでいるので言えないのだろう。

 私は立ち上がって公妃の近くまで行くと見上げている。



「公妃様、唇を噛んでしまうと、せっかくの美しいお顔が台無しですわ!

 とっても、美しいんですから……」

「アンナリーゼ……」

「それと、今後も何かありましたら、公の方へ抗議をあげさせていただきますね!

 私、言っておきますが、公とは何にも関係ありませんから。ただの治政者同士、

 思うところがあるだけで、お互い治政者として手本とし合っているだけです。

 この領地の繁栄は、我が領地だけで収まることはありません。ローズディア全体

 の底上げになる事業。だからこそ、公も私たちアンバーに力を化してくれている

 のです。

 そこのところ、間違えないでください。言っておきますが、公になんて全くの興味

 もありませんから!興味があるとか思われるほうが、迷惑です!」



 ニコニコっと笑うと、公妃が後ろに下がる。

 そんな怖いものでも見たみたいな顔はやめてほしいなと、ウィルの方をみると呆れてますと顔に書いてあった。

 そんな、褒めなくていいですよと言う意味を込めて微笑むと違うからと咳払いされた。



「公妃様、せっかくですから……誕生日会に参加されるといいですよ!服ならお貸

 ししますし、自分の肌で領民を感じることは、必要です。公もこっそり出かけて

 いるのは知りませんか?治めるものとして、どんなことに困っているかちゃんと

 耳を傾けていますよ」

「いいえ、結構よ!こんなところまできたのに……」



 そういって肩を落とすが、別に私が招待したわけでもないのだ。

 こんな日に来る方が無粋であるし、謝罪するなら大勢の目がある中でしてほしい。

 公妃のせいでしなくてもいい苦労もしたし、出費もしたのだ。

 きっちり取り返したいところではあるが、とりあえず、領地から早く出て行ってほしい……その気持ちでいっぱいだ。



「では、社交の場でお会いできることを楽しみにしておりますわ!

 デリア、公妃様がお帰りよ!玄関まで見送ってあげてちょうだい!」



 私は、その場で淑女の礼をとり、公妃を追い出してやる。



「はぁ……疲れた」

「見てるこっちの方が疲れるわ!」

「ごめんって!でも、ホントにこんな日にわざわざ来なくてもよくない?」

「確かにな……謝罪に来たって言ってたな。公に何か言われたのか?」

「たぶんね?でも、領地でするべきことではないわ!多くのものに自分の恥を悔い

 改めるところは、見せて欲しいものね!お金も労力もかかっていることだし!」

「姫さん、こと金になると怖いよな?」

「お金は、この領地で1番必要なものなのよ!仕方ないじゃない!」



 さて、食堂で塩をもらってくるわ!と立ち上がると、ウィルもついてきた。



「塩って何するの?」

「邪気を払うのよ!もぅ、悪い気置いていかれた気分だわ!」



 ぷりぷりとしながら、玄関に塩をまくのであった。

 その様子を見ていた領民が多数いた。何か悪いことが続いたら、玄関に塩をまく風習がアンバー領に根付くそんな出来事であった。

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