第463話 早く帰って来てください!

 私は子どもや友人たちとそぞろ歩いていた。

 デリアが、私を慌てて迎えにきてくれる。



「……はぁはぁ……アンナ……様……今すぐ……屋敷に帰ってきてください!あの、

 あの方から、連絡って来ていましたか……?」

「あの方って誰?」



 よっぽど慌てて来たのだろう、芋屋のおばさんが水をくれデリアに渡す。

 それを乱暴に飲み、一息し息を整えた。

 普段なら、これくらいでは一糸乱れないデリアの慌てように、身構える。



「今すぐ、戻ってください。公妃様がおいでです!」

「えっ?公妃様?なんで?ここ、アンバー領だよね?」

「えぇ、正真正銘アンバー領ですよ!公妃様がいらっしゃいましたから、今すぐ

 戻って着替えてください!そのまま出るとか言ったらどうなるか……」

「……あっ……はい、お願いします」



 私はデリアに手を取られ駆けだす。



「ウィル!ついてきて!私の護衛!アンジェラ、どうしよう?」

「おっさん!お嬢頼む!」

「ノクトぉー!お願いね!」



 私はデリアに続いて屋敷へ行くと、さっと公爵仕様へと変貌をするため、着ていた服を脱いだ。

 たぶん、ウィルも慌てて、中隊長の制服に着替えてくれているはずだ。



「アンナ様、目つぶっていてくださいね!」



 そう言ったかと思えば、一瞬で顔ができてしまった。

 その後、青紫のドレスに袖を通す。私の二つ名である、『青紫の薔薇』になぞってあるドレスである。

 青薔薇たちをつけてもらい、公爵アンナリーゼが完成した。

 ちょうど、そのころに扉がノックされる。



「どうぞ!」

「姫さん、準備どう?って、はっや!」

「デリアにかかれば、あっという間よ!」

「姫さんが威張ることじゃないからな?」




 そうね……と、肩を落とすと、その肩を叩かれ、今すぐ客間へ向かうようデリアに促された。

 今、ここで1番位が高い侍従はデリアであるので、全てデリアにかかっている。



「ごめんね……」

「いいえ、想定外ですから……仕方がありません」

「公妃様って、一人で来たの?」

「はい、公はおいでではありませんでしたよ?」



 私は、大きくため息をついた。

 公妃と話すことなんて、これっぽっちもないのだ。

 なのに、一体何をしに来たのだろう……今日は、子どもたちの誕生日で、領地が湧いているというのに、いらぬ客に私は怒りさえ覚える。

 カレン夫婦なら、私は大歓迎でも敵対する公妃は願い下げであった。



 コンコンとデリアがノックをし扉を開ける。

 愚痴を言っていたのか、こんなときまでと思いたくなるようないでだちに、私はイラっとする。



「公妃様、ご機嫌麗しく……遅くなってしまい申し訳ございません」

「本当ね、私がわざわざ、こんな田舎に着て差し上げたのに、何の準備もされて

 いないだなんて、アンバー領はたいしたことがありませんね?」



 相手が公妃でなければ、今すぐ胸ぐら掴んで玄関から投げ飛ばしていただろう。

 私はドレスの裾をギュっと握って我慢して、微笑みを深くする。

 デリアも同じくだったようだが……お茶を頼むことにした。



「デリア、お茶を」

「失礼いたしました」



 デリアが、紅茶を私と公妃の前に置いている間に、説明をすることにした。

 本当は、公妃になんて、この紅茶を飲ませたくなんてなかったが、仕方ない。



「こちら、アンバー領で採られた最高級茶葉でいれました紅茶になります」



 両方の前に置かれたのを見計らって、紅茶を一口飲む。

 更に、目の前に置かれたクッキーを1枚食べる。それを確認した公妃は、紅茶を飲み始めた。



「まぁ、これはとっても香り高く美味しい紅茶ですこと!こんなの公都で飲んだこと

 ありませんわ!早速、公にお願いして注文していただかないと……」

「……売りませんよ?」

「えっ?」

「いえ、なんでもございません。この紅茶の茶葉は、生産量が少ないので、買い占め

 られてしまうと困ります。トワイスの王室やエルドアのにも卸させていただいて

 いますので……」

「では、ローズディアにも卸しなさい。公が私のために言い値で買い取ってくださるわ!」

「公妃様は、ご存じありませんか?この紅茶は、既に公の元へ卸しております。

 公がどのように飲まれているかは知りませんが、一定数以上の納品はお断りして

 おりますので、公へ融通してもらえないか、公都に帰ってからお尋ねください」



 そう、わかったわとやけに素直にいう公妃に、私は少し驚いた。

 この紅茶をかなり気に入ったようで、手に入れたいと強く思っているようだ。

 でも、これ以上、公に売るつもりはないので、揉めるならそっちで揉めてほしい。



「それにしても、この騒ぎは一体何?みっともなく騒いでいて、やだわ!」

「今日は、ハニーローズの誕生日ですから、領地のみなが祝ってくれているのです。

 今年は他領の方も参加くださいましたので、賑やかになりました。

 とても、ハニーローズもこのお祭りを喜んでいますわ!」

「へぇーさすが田舎ね。子どもの誕生日を領民が祝うだなんて。笑いが止まらないわ!」

「何故です?公子の誕生日を祝ってくれる国民はいらっしゃいませんか?健やかに

 育っていく公子にみなが明るい未来を期待しているのです」

「そ……そんなこと、知らないわよ!私も公子なんて、城の外に出ることはない

 ですもの。田舎育ちの侯爵令嬢には、お似合いなのかもしれないわね!」



 ホホホと笑う公妃に、私はだんだん腹が立ってくる。ぎゅっとぎゅっと拳を握り怒りをやり過ごす。

 ただ、それも限界値を越えている。



「それで、一体、今日、祝いの日に何をなさりに来られたのですか?」

「なぁにぃ?そんな、急かさなくっても。こんな珍しい祭りをみてあげているん

 だから、ふふふ、貧乏人のすることは、オカシイはね!」

「アンナリーゼ様」



 ウィルが私の浮いたお尻に気づいたのか、声をかけてくれる。

 目の前にいる公妃は、貧乏人と蔑むが、アンバー領はもっと酷い有様であった。

 ここまで持ち直したのは、領民一人一人が努力した結果だ。

 これから、改革を進め、もっともっとこの領地を魅力があり、みなが胸をはって誇れる領地にするために、それぞれが頑張っている最中であるにも関わらず、それをわからないバカな公妃が私の領民を笑う。

 もう、我慢がならなかった。私は、このアンバーへ嫁いでまだ5年とたっていない。

 それでも、私は公爵として夫人として領主として一領民として、この領地も領民も愛している。

 なのに、なのに、なのに!



「公妃様、今、身に着けているものの中でアンバー領やコーコナ領、更に私たちに

 賛同してくれている領地のものがどれかわかりますか?

 この領地と関わりのあるもの、全て脱いでください。今、着ているもの身に着け

 ているものの殆どは、この領地で、領民が大切に作っているもの。

 さぁ、全て、その全てを一切合切置いていってください!かかった代金は私が

 支払いますから!」



 私の見立てでは、来ているドレスはナタリーのデザインであった。作っているのはコーコナ領でナタリーが囲っていた女性たちが、ひと針ひと針丁寧に縫っている。

 その布は、手塩にかけて作った綿花や蚕から作られたもの。それを布にしていく。

 顔回り、腕回りを飾る宝石は、ティアが作った者である。特殊な方法で作るものは、一目見ればわかる。

 公国一の宝飾職人と名高いティアの価値は、今うなぎ上りでみなが欲しがる。

 公妃も漏れずということだろう。



「な……何を言っているの?」

「何って、公妃様が蔑んでいる領民が、この領地のために立ち上がってくれた人たち

 がひとつひとつ着る誰かのためにと丁寧に作ったものです。その価値もわからず、

 身に着けていいものではありません!

 まずは、ドレスから。そのピアスも髪飾りも指輪もネックレスもですわね!

 この公国で、私の息のかからないものなんて今ではすくないのです。ご存じあり

 ませんか?」



 私は、もう限界である。

 目の前にいるだけで、殴り飛ばしてしまいたくなるほど、拳は堅く結ばれ、掌に爪が刺さっていた。

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