第388話 早いお戻りで!

 私たちは、貴族向けの戴冠式が終わった後、すぐには帰らず公の執務室へ案内された。

 たぶん、さっきのことで話をしないといけないと思ったのだろう。

 今回の件について……ライズについては、前公とディルの父であるこの国の一番偉い執事が私に押し付けてきたことなので、公は知らないはずである。

 それをいきなり戴冠式の最中に言われれば、心中穏やかではないだろう。

 まぁ、興味を引くためには、こういう遊び心も大事だと私は思っているのだが……


 執務室は、公世子のときより幾分か広かった。

 ただ、私達夫婦に随行の侍従四人にウィル、ナタリー、セバスが入り、宰相までいるとなると意外と狭く感じる。

 まぁ、その要因としてガタイのいいノクトとウィルがいるからなのだが、圧迫感がある。



「姫さんさ、さっき言ってたのって、そいつのこと?」



 ウィルが親指で指した人物こそ厄介ごとの大本であるライズであった。



「そいつとは、失礼だぞ!伯爵のくせに!」

「伯爵のくせにって、ライズ、あなた、今爵位も何にもない私の侍従だよね?

 伯爵位のウィルに対して、その態度はダメね!

 ノクト!どうやって合格にしたの?全然ダメじゃない!」

「あぁ、それは……その」

「視線を外さないでくれる?」



 私がノクトを睨むと、視線を外して私の方を見ない。



「アンナリーゼ様、私も知らない方です。ご紹介していただけますか?」



 ナタリーの淑女然とシナシナとした女性らしい所作に、ライズは気を良くしたのか胸を張って自己紹介しようとした。

 ノクトに視線を送り、口をチャックと合図を送ったらライズの口を抑え、暴れ出したことをいいことに意識をかってくれた。



「うるさいわね……もぅ……本当にそれ、皇族なのかしら……教育がなって

 ないわ!」



 みながどの口でいうかというふうに見てくるのだが、私は皇族でも王族でもない。

 ただの侯爵令嬢であっただけなので、みながこちらを見てため息をつく理由がわからなかった。



「アンナリーゼ様、言いにくいのですが、それは……人の振り見て我が振り直せと

 申しまして……その……」

「セバスチャン、それ以上言っても無駄だぞ?アンナは、これだから侯爵令嬢から

 公国1位の公爵位まで持つことになったんだから……

 この性格でなければ、このたぬきとキツネの化かしあいしている上級貴族と渡り

 合うことができないさ」

「ジョージア様、私、そこまでは……」

「いやぁ……姫さん、自分が思っている以上にあれだぞ?」

「あれって何よ!ウィル、言ってみなさいよ!」



 笑いあっていると扉が開く。

 ぐったり疲れ切った顔で公が部屋に入ってくる。



「早いお戻りで!」

「あぁ、ってなんだこの人数……って、戴冠式もこんな感じだったな。

 悪いけど、座らせてくれ……」



 ソファにくたっと倒れ込む。



「ナタリー膝を貸してあげて!」



 一度は嫌な顔をしたナタリーも渋々ウィルと場所を入れ替わり、公の頭を乗せてあげている。



「あぁ……いい。生き返る……」

「殴ってもいいですか?」

「いいけど、一応一国の公だからね……それなりに力加減は必要よ!」

「そなたら、物騒だぞ!」



 なんのこと?とナタリーと顔を見合わせて小首を傾げているとため息が聞こえてきた。




「それで、さっきの何だったんだ?」

「そこに転がっているのわかります?」

「あぁー足だけ見える」

「それね、インゼロ帝国の皇太子」



 事情を知らぬみなが叫ぶ。

 ナタリーなんて驚きすぎて、公を落としてしまった。



「いたたたた……」



 落とされた公はでこと鼻をさすりながら床からむくりと起きた。



「公、申し訳ありません。大丈夫でしたか?」

「あぁ、大事ない。もう一度膝枕してくれれば……」

「はぁ……」



 ナタリーはどうぞともう一度座り直し、そこにまた寝転ぶ。

 こんな姿を公妃が見たら……怒り狂うどころではないだろう。

 まぁ、いっか……叱られるのは、公だし、いいやと思って、話を続ける。



「前公から預かっているのは、インゼロ帝国の皇太子。

 知らぬ間に、ディルに押し付けてきたわけですけど……まぁ、何も出来ない!

 私の従属することになったんだけど、さっきの見たでしょ?

 手に負えないのよ……言葉一つ怪しいし、同じく侍従に入った子の方がどんなに

 いいか。

 言葉も態度も剣術も何も出来ない。向上心もなくて……もう、手に負えない。

 なので、迷惑料をください!今、思いつかないので、ツケでいいですよ!」



 ニッコリ笑うと、公もニッコリ笑う。



「俺のあずかり知らぬことだから、勝手にすればいいさ。

 皇太子?俺に言われても困る。ツケられたら溜まったもんじゃないわ!」

「そうですか……わかりました!」

「ん、わかってくれたらよい!あぁ、膝枕最高!」

「ナタリー落としても構わないわよ!行きましょ!」



 そういうと、ナタリーは一言も発せず、すっくと立つ。

 もちろん膝枕されていた公はまたもや転がり落ちた。



「いたたたた…………」

「では、公、ごきげんよう!」



 ニッコリ笑って執務室を出ようとした。



「ま……待て!」

「待てと言われて、待つとは限りませんよ?」

「何を考えている?」

「何も?」

「いいや、そなた、今、何か浮かんでいるだろ?言ってみろ?」

「何も考えてないですよ?ねぇ?ジョージア様?」



 甘えるように腕を組み執務室から出ようとしたところで、声質の変わる公。



「わかった。ツケでも何でもしておけ……」



 ニッコリ笑顔を張り付けて振り返り、いそいそとジョージアを伴ってソファに戻る。



「では、紙とペンを!」

「こちらで……」



 優秀な執事であるディルがすっと差し出してくれたところにサラサラっと書く。

 皇太子をとはかけないので、ライズと言う名前を明記し、預かっている迷惑料として、今度アンバー領で困りごとがあったら、支援すると誓うと書き入れ、アンバー公爵アンナリーゼと記入する。

 はいっと公にペンを渡し、記入してと紙の上をトントンと叩く。

 すると、ササっと書いてくれ、印までついてくれた。



 それを渡してくれ確認をする。



「ありがとうございます!これで、一安心ですね!」



 微笑むとウンザリした顔を公が向けてくる。

 宰相が隣に来て耳打ちして、驚いていた。

 何かしら?とそちらを観察していると、宰相に渡された書類を確認したかと思えば、こちらに差し出してくる。



「ほら、これないと困るだろ?」

「なんですか?」

「領地名の改名承認だ。あと、領主を明記してある。連名にした方がいいか悩んだ

 が、アンナリーゼの名だけにしておいた。

 どうせ、そなたの好きなようにするのだろう?」

「好きなようにはしませんよ!そんなことしたら、領民が困るじゃないですか!

 ダドリー男爵もいい領地運営してたので、そこを引き継ぎつつ目を付けたものを

 伸ばすその方向で考えてますよ!」

「それは、なんだ?俺に手の置えないものじゃ……」



 すっくと立ってドレスを見せる。

 何事だ?と公は見ているが、まさにこれを全面的に支援していくことを考えているので紹介する。



「領地名は、確か、コーコナと言ったな?それで?ドレス?」

「コーコナは、繭って意味です」

「繭?」



 訝しむ公にさらにドレスを広げた。



「このドレス、コーコナの絹糸と綿花で出来たドレスなのです。肌触りもよく、

 着心地もいい。

 今までは、領地内だけの流通で注目を浴びていなかったんですけどね?

 コーコナ領で繭や綿花を原料に服を服って行こうと思ってます。

 アンバー領で培った技術をもってすれば、売れるかと……折しも、ハニー

 アンバー店も開店させますからね!」

「あぁ、あの店な!で、広告塔か?」

「そうですよ!私とジョージア様とナタリーが来ているドレスがコーコナの布で

 作られています!素敵でしょ?」

「確かに、見たことないと思っていたんだよな……」



 しげしげと眺めていると、私の前にジョージアが、公の目の前をナタリーが手を翳した。



「ちょっと、僕の奥さん見すぎじゃないですか?」

「ちょっと、私のアンナリーゼ様見すぎじゃないですか?」



 同時に発せられたジョージアとナタリーの声が被ってしまって、笑ってしまう。



「アンナリーゼを見てたわけじゃなくて……ドレスをだな?」

「いいえ、やらしい目でアンナリーゼ様を見ないでください!」

「大体、アンナとの密会とかずっと黙認してたけど……多すぎますよ?

 僕の奥さんなんですから……」

「いや、その、大体、アンナリーゼが来るから……」

「その度に口説いてたんですよね?」

「あぁ……その度に振られている……」



 項垂れる公を見て、誰ともわず笑いだした。


 私もジョージアの後ろかひょこっと顔を出してしょんぼりしている公を見て笑ってしまった。

 こんな平和な日々は、久しぶりで、私の友人たちがみな集まっていることに嬉しく思ってしまい、みなを見回し微笑んでしまった。

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