第389話 パーンと乾いた音

「ただいまぁ!」

「ママぁ!」



 私の声を聞き飛び出してきたジョージ。

 階段を転げ落ちそうな勢いであり慌てて行こうとすると、ウィルがひょいっと持ち上げてくれた。

 腕の中でバタバタと暴れまくっている。



「ただいま、ジョージ」



 近くに行くと大人しくなり両手を広げている。

 抱けということなのだろう。

 しょうがないとウィルからジョージを受け取ろうとすると、今度はひょいっとジョージアに抱きかかえられた。

 私に抱かれると思ってご機嫌だったのに、いきなりジョージアが出てきたことに怒って大泣きをする。



「あぁーほら、あとで、ママのところ行ってもいいから、ちょっとパパのところに

 いような?な?」



 必死に宥めるが、どんどん泣き声のボリュームは大きくなる。

 ジョージアの慰めなどいらないということなのか、不機嫌極まりない。

 私が頭を撫でると、少し落ち着いたのか、泣き声が小さくなる。



「お部屋に行くまでは、パパに抱っこしてもらってね!

 その後は、ママのところにおいで!」



 微笑みかけると、さっきまで泣いていたジョージは、スンっとして泣き止んでしまった。



「すっげぇ、煩いんだけど……」



 ノクトに担がれていたライズが、ジョージの泣き声で起きたらしい。



「失礼な人ね?」



 フンっとライズから顔を背け、ナタリーは私の隣にやってくる。



「大きくなりましたね?アンジェラ様はどうです?」

「アンジーの方が大きいかな……もう、アンナと中身が同じなのか、よたよたと

 歩いてはこけて危なっかしいんだよね」

「そうなのです?この子は、あの方の?」

「あぁ……ソフィアの子どもだよ」



 ジョージアは、苦笑いをしながらナタリーと話している。

 なかなか見ない光景に、私達はじっと見つめていた。



「親子っぽいね!」

「アンナリーゼ様?」

「あぁ、私より親子っぽいなって……

 私、子どもをほったらかしで好き放題、領地を回っているから……それで」

「何をおっしゃいますか?アンナ様をずっと待ってらっしゃいましたよ!」



 デリアがアンジェラを抱え、連れてきてくれた。



「ママん……」



 手を伸ばしてきたので、その手を取り優しく握ると嬉しそうにアンジェラが笑う。



「玄関で話しているのも何ですから……執務室へ向かいましょうか?」

「この人数だと、応接室の方がよろしいかと」



 ディルの提案で応接室へと向かう。



「デリア、悪いのだけど、外してくれるかしら?」



 かしこまりましたと、アンジェラをソファに座らせディルと共に出ていく。

 回りを見渡せば、ジョージア、ウィル、ナタリー、セバス、ノクト、パルマ、ライズがいて、私の両脇にはアンジェラとジョージが膝の上の陣取り合戦をしているところだった。


 パルマがさっと動き、集まっている人数分の飲み物を用意していく。

 ライズも一応執事見習いではあるので、パルマを手伝うのが一般的に考えられるが、そんな素振りは全くない。

 むしろ、いい席に座り、みなから痛い視線をもらっている。



「パルマを手伝いには行かないのかしら?」

「僕がですか?」

「そうね。お茶を入れられないなら、せめて配る補佐をするとか……考えられる

 ことはいくらでもあると思うんだけど?」



 私の提案にそうですかと頷き、重い腰を浮かせる。

 その様子を見て、ため息が漏れてしまった。

 興味ないなら興味ないで、構わない。ただ、みなの仕事を増やすようなことだけはしてくれるなと視線を送っていると、ライズの後ろにナタリーが立った。



「あなた、お名前は?」

「ライズですけど……?」



 お客であるナタリーになんていう態度なんだろうと、叱ろうと口を開きかけた瞬間、パーンと乾いた音がする。



「お客様に対して、なんていう態度なのです?」



 ライズは、叩かれた頬を抑えながら、ナタリーを睨んだ。

 更にそこから反対側を軽快な音をさせる。



「いってぇな!何するんだ!」

「まだ、ぶちたりませんか?」



 ナタリーは右手を高々あげ、もう1発打とうとしている。

 ライズは、両頬を手で守って目を閉じた。



「がら空きですわね!」



 優しい声とは裏腹に、ライズの腹に膝蹴りが絶妙に入った。

 カハッと体内の空気を全て吐いて腹を抑えて崩れ落ちる。



「皇太子だったのですよね?

 それならなおのこと、頬を平手うちされるのと体をがら空きにさせることの

 どちらが危険かわかりませんか?

 あと、目を閉じたらダメですよ。もし、私が刃物を持っていたとしたら……

 死んでいたかもしれないですわよ?

 あなた、アンナリーゼ様の元にこれて安泰だと思っているのでしょうけど、

 アンナリーゼ様って、命狙われることもあるし、今日、公がハニーローズの

 存在を明らかにしたのです。

 賢い者なら手を出さないでしょうけど、バカな者なら手に入れたくなるわ!

 残念ながら、安寧はないと思った方がいいでしょう!

 あと、アンナリーゼ様のお手を煩わせるようなら、とっとと死になさい。

 隣国へ送り届けて差し上げるわ!」



 腹を抱えて折れていたライズの肩に片足で上体を起こさせ、腕を組んで見下しているナタリーにみなが一同頷いた。

 ナタリーを怒らせてはダメだと……同意がとれた瞬間であった。



「そ……そんなこと!」

「言い訳はいりません、あなたができる精一杯を積み重ねていけばイイだけの

 こと。働かないなら、のうのうとご飯が食べられると思わないことね!

 皇太子として甘やかされていたのかもしれないけど、アンバー領で、それは

 許されない。領主自ら汚物やゴミだらけの町に繰り出して掃除をしているのよ!

 あなたも、それくらいの気概はなくて?」



 ナタリーの言葉にぐぅの根も出なかったようで、足をどけられると床にペタンと突っ伏した。

 大丈夫か?とノクトがライズに近寄るが、その手を払いのけしばらく何も言わなかった。

 どうする?とこちらに視線を送ってきたので、首を横にしてそのままにしておくことにする。

 ナタリーに言われたこと、悔しければ、自分でなんとかするだろう。

 その手伝いくらいなら私も出来るけど、本人が心を決めない限りどうしようもない。

 私達では、ライズの心に沿えるような言葉をかけてやることが出来なかったのだ。

 ナタリーが多少荒療治的にぶったり蹴ったりしてしまったが、どの方向に向かうのかわからずとも、今の状態を見れば、なんとかする気持ちになるんじゃないだろうか?



 それぞれの前に飲み物を配っていくパルマ。

 位の高い順にと言ってあったので、ウィルから始まって、ナタリー、セバスで終わる。

 次に家主である、ジョージアと私に配られた。

 最後にノクトと自分の分、ライズの分を配っていた。


 その様子をほんの少しだけ顔を上げ、チラッとライズは見ていた。

 なので、ライズに向けの教育を兼ね、パルマに何故その順番なのかと問う。

 今更なんだ?と訝しむパルマであったが、難なく答える。



「この中で1番上の爵位はアンナリーゼ様、ジョージア様の公爵ですが、家主で

 あるため後に配ります。

 次に爵位の位が高いのがウィル様の伯爵位、ナタリー様は子爵家の令嬢、

 セバス様は男爵位ですのでこの順に配りました。

 その後、アンナリーゼ様、ジョージア様に配った後、同じテーブルにつくことを

 許されているノクトや私、ライズの分とさせていただきました。

 よろしかったですか?」

「えぇ、いいわ!よく勉強しているわね!」



 パルマに笑いかけると、たいしたことではありませんと返ってきた。

 これが、以外とできない侍従がいる。

 うちの侍従達はディルの教育の元、そういう人材はいないのだが……よそにいくとわりとよくいるのだ。

 爵位で貴族を表すのだから、順位と言うのを重んじられる。

 それができないと、メイドから侍女へと昇格することは難しかったりもするのだ。



「パルマ、たまにこうやって質問してもいいかしら?」

「えぇ、構いませんよ!僕も、久しぶりの執事業務ですから、忘れてしまっている

 こともあるかもしれないので、助かります!」



 パルマのことだから、何か感じたのだろう。

 同列の人材を並べると難しい教育も、出来る人を見せながらの教育ならなんとか受入れ

 やすいのではないだろうか?


 私たちは、これでライズの成長が促せるなら……パルマに犠牲になってもらおうという話になりそうだった。

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