第353話 傅かせるための条件

 私と公世子、ノクトにトッポしかいない執務室で、沈黙の中、口を開いたのは公世子であった。



「アンバー公爵として、アンナリーゼは、どうすれば俺についてくれる?」



 率直に聞かれることは、嫌いじゃない。

 それに、アンナリーゼ個人ではなく、アンバー公爵として私を扱ったことにも好感はもてた。

 普段なら、好感を持ったら何かしら答えるが、今日の私は首を横に振るだけで、公世子の問には答えなかった。



「私が公世子様の後ろ盾となることを考えなくはないと言っただけです。

 こちらにきてからも、相当お世話になってますからね!

 アンバー公爵として私に言えることは、今のところ何もありません。

 ただ、公世子様の後ろ盾になってくれというなら、例え命令だったとしても

 丁重にお断りします!」

「何か、見返りが必要か?」

「まぁ、それもくれると言うなら嬉しいですけど、私が公世子様から欲しい答えとは

 異なります」

「欲しい答え?」

「はい、私が欲しい答えを公世子様が用意してくれてて初めて交渉の場に立ち

 ましょう!」

「それは……」

「もちろん、教えませんよ!少し考えればわかることです。

 私がというより、アンバー公爵として、欲しい答えですからね?」



 そういうと椅子に深く腰掛け、公世子は考え始めた。

 何事かをブツブツと呟き始めている。あれは違うこれも違うと言っているということは、何かしら考えがあるのだろう。

 答えが出るまでは、公世子をほっておくことにした。



 私が、アンバー公爵として欲しい答えは、現在の公のこの体制に大ナタを振ったタイミングで近いうちに自身が公へとなるという答え。

 今現在、公は健在であるのだが、だんだん貴族も代替わりをしていっている。

 今回の断罪や処罰で、貴族の方も相当数が若返ったり、順位を入れ替えたりとなる寸法だ。

 その若返った貴族が領地運営を全てをうまく回していけるはずはないのだが、そこを支えるのは各々がやることなので知ったことではない。

 でも、その貴族たちを導くものとして、若い公が立ってほしい。

 後に公となると、今の公世子ならどうしても公という椅子から命令を出すだけになってしまうことが考えられる。

 そうではなく、領地を治める若い領主や城で働く者たちと一緒に公世子も成長していってほしいのだ。

 苦労するのであれば、一人より二人と支え合える国作りを求めている。

 アンバーのようなことが起こらないよう、より領主たちに近い立場で公世子や妃、国に仕える者たちの国営を望んでいる。

 その答えを公世子は導いてくれるだろうか?

 にっこり笑いかけると、降参というふうに両手をあげているが……公世子なら、私の欲しい答えはくれるだろう。



「一晩くれ……」

「仕方がないですね?わかりました、しっかり一晩考えてくださいね!

 でも、一晩で足りますか?」



 私は演技でわざとため息をついて見せた。

 公世子もそれがわかっているのか、苦笑いで応えてくれ、話を続けることにした。



「それで、話を戻そう。そなた10年の間に国内を整えろって言っていたが、

 10年後に何かあるのか?」

「何も。ただ、国内情勢くらい公世子様には10年で掌握してほしいと思っただけ

 ですよ!」



 あっけらかんと言えば、そうかと少しホッとしたような顔をしている公世子。

 でも、10年後というのは……私がこの世からいなくなっているかもしれないのだが……それは、公世子だとしても身内でもないのだから言う必要もないだろう。



「トッポ、こちらに……」



 私に呼ばれ、部屋の隅で大人しく待っていてくれた文官のトッポがこちらまでやってくる。

 手に持っていた大量の資料を携えて。



「公世子様にお渡ししてちょうだい!」



 私の指示通り、公世子の執務机の上に大量の資料が置かれた。

 それは、どれもこれも私や友人たちが調べたものをまとめてある書類であった。

 こういうものを私は嬉々として作りたいわけではないのだけど……貴族や高官たちを黙らせるには、こういう地道な作業がどうしても必要になる。

 小さな汚職から大きな裏取引、そして、公世子暗殺計画などをかき集めるのに、日夜業務をこなしつつ、みなが私のために作り上げてくれている。



「今回は薄いからまだ大丈夫ですね!」

「あぁ、薄いな?」

「あと、これが……30冊くらいあるので、頑張って読んでくださいね!」

「30冊?」

「えぇ、これはさっきの公爵について調べてあるものです。

 他にも罪の減刑を求めている貴族や高官などの分もあるので30冊です。

 みんな、忙しいのに仕事してくれているんですからね!感謝してくれないと

 困ります!」

「ちなみに聞くが……アンナリーゼの元に行けば、文官はこれくらいのことは

 できて当たり前になってしまうのか?」

「これくらいが、どれほどのものかは知りませんけど……公世子様がベッドで

 遊んでいる間に、簡単なものなら調べられますよ!みんな、優秀ですからね!」



 えっへんと胸を張ってやると、ちょっと頭が痛くなってきたとこめかみのあたりをグリグリしている公世子。



「アンナリーゼ」

「なんですか?」

「年に数人、そなたの元で文官を働かしてくれないか?」

「嫌ですよ!アンバーの内情筒抜けじゃないですか!」

「受け入れたとしても、そんなへまはしないだろ?」

「しませんけど、いりません!」

「頼む!文官を……若い文官を鍛えてくれ!

 俺の情報源になる文官が欲しいのだ……」

「お断りします!自分でそれくらい育ててください!」

「わかった!では、セバスを返してもらうとしよう!」

「じゃあ、セバスは、国の文官を辞めてもらいます!

 私、セバスやウィルを養うくらいのお金ならもっていますから!」



 実際は、今の給金の半分くらいしか出せない。

 でも、そうだったとしても、二人は何も言わないだろう。

 領地に来てお金の使うところがないと、ぼやいていたくらいだ。

 たぶん、アンバー領内なら、ちょっとした屋敷ならもう建てられるくらいのお金は二人とあるはずだ。



「アンナリーゼが持っているもの……すべて欲しいな。

 なんで、公家の政略結婚を断ったんだ?ジョージアがそんなにいいのか?」

「そんなにいいですよ!」

「別居してたのに?」

「うるさいですね!私は、帰ってきてくれると信じて待っていましたし、

 公世子様には言われたくはないです」

「俺は……それも仕事だからな……」

「いたずらに、子どもは増やさない方がいいですよ!ダドリー男爵のこともあり

 ますから」

「あれは……善処します」



 はぁ……とため息をついて、ボソッと呟く。



「後ろ盾の話……やっぱりなかったことにしようかな?」

「いえ、アンナリーゼさん、その話は前向きにご検討ください!」



 聞こえていたのか、公世子は私の話に合わせてくる。



「一晩お待ちしてますので、じっくり考えてください。私、疲れたのでそろそろ

 帰ります。もうね……通い妻なんて、不名誉な噂まで流れているのですよ!

 どうしてくれるのですか?」

「噂は俺のせいじゃないだろ?」

「公世子様のせいです!もう、本当に疲れたので帰ります!

 私、これでも妊婦なんですからね!お兄様も殿下も公世子様も私を働かせすぎ

 です!明日はお話だけ、聞きに来ますから、そのつもりで……では……」



 まだ、引き留めようとする公世子は無視し、それだけ言って私とノクト、トッポは執務室を後にする。

 今日は、本当に疲れたのだ……帰ってゆっくりるすることにした。

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