第332話 楽園に降り立った招かざるものⅥ

 セバスとの話を終え、今の貴族の情報を手に入れた。

 公世子やジョージアでは、太刀打ちできないことが分かっただけでも収穫であろう。

 だからこそ、公世子は私に相談に来たのではないかとセバスとの話で考えた。


 次に呼ぶのはノクトである。

 イチアの方は、セバスに任せてしまってもいいだろう。

 最初の頃は、イチアもノクトにずっとくっついて行動をとっていたが、適材適所で働いてくれと言ったら、イチアはセバスについてくれていることが多い。

 おかげで、セバスの成長が促されているわけで、とてもありがたい。

 年の頃はまだ30半ばというのに……知識量だけでなくその応用力は、戦場で磨かれたものなのだろうか、とてもじゃないが、マネはできない。

 ただ、セバスやパルマに私は期待しているのだ、イチアを超える存在になれると。

 両人ともイチアからたくさんのことをしっかり学んでいってほしい。



「呼んだか?アンナよ!」

「呼んだよ!屋敷に居てくれてよかった!」

「あぁ、今日明日は、ちょっとこっちにいようかと思ってたところだ。

 で、何の用だ?朝から騒がしかったみたいだけど……」



 朝も早くからきた公世子のことをさしているのだろう。

 インゼロ帝国の皇弟でもあるノクトは、公世子に対して非常識なとぶつくさと言いたそうだが、このおじさんも早起きらしいので、まぁいいっかと今回はなったらしい。



「あぁ、うん、公世子様がね、来てたから。しばらく滞在することになって

 いるわ。

 それでね、公世子様との話し合いの後、数日後には公都へ行くことになるから、

 ノクトに一緒に行ってほしいのよ!予定、空けておいてくれるかしら?」

「なんだ?ウィルを連れて行かないのか?姫さんのためなら、どこにでもーって

 言ってるやつを置いていくって……」

「うん、今回は置いていく。

 私の手は汚れてもいいけど……ウィルには、友人には……そんな私をできれば、

 まだ、見せたくない」

「わがままだな。で、俺には汚れたアンナを見せてくれるってわけか?

 皮肉なもんだな?俺が従者じゃなければ、ウィルを連れて行っただろうに」



 私は、ノクトの言葉に曖昧に笑うだけにした。

 執務室のいつもの席にノクトは座り、こちらに体を向けてくる。



「それで、俺はついて行くだけでいいのか?誰かの首を刎ねるとかしなくていい

 わけか?」

「必要があれば、私が刎ねるわよ!従者である前にノクトは、私にとってまだどう

 扱っていい相手なのかはかりかねているのよ。確かに献身的に領地改革を

 手伝ってくれているのもわかっているの、わかっているんだけど……」

「それで、いいさ。敵国の将軍を従者になったから信用しましたって言われたら、

 それはそれで、俺がアンナリーゼの頭を疑うわ!

 敵国の将軍だったんだ、いつ、寝首を掻かれてもって不安はあって当然だしな。

 それを考えたら、よく一緒に生活していると思うぞ?」

「うん、そこまでは……考えてない。

 私に絶対の自信があるわけではないけど、人を見る目は持っているとは思ってる。

 ノクトの掌の上で踊らされないようにだけは、いつも気を付けているつもり

 だけど……そこまで、ノクトのことを信用していないわけではないから……

 まだ、信じ切れていないというのが正しいかしら?

 信用していないと、私の副官なんて任せないわよ!」



 私のその言葉で不敵に笑うノクト。



「まぁ、そんなもんでいいさ。

 いずれ、俺もイチアも是非とも紫の薔薇……いや、アメジストをもらいたいと

 話してるところだ。

 あれが、アンナにとっての信用の証であり、ウィルたちにとっての名誉だって話

 だからな。その一員に加えてもらえるような働きはするさ!」

「うん、お願いね!」

「で、領地はウィルが守るのか。確かに、ウィルがいれば、安心ではあるな。

 旦那はどうするんだ?」

「ジョージア様は、私と入れ替えに領地に来てもらうつもり。

 ジョーと一緒にウィルに守ってもらう予定よ!」

「あれだな……?守られるはずのご婦人が勇ましく渦中に飛び込んで行って、

 守る側の旦那はアンナに守られてぬくぬくとしているってことか?」

「端的に言えばね?

 でも、私が守られる夫人だとは、ノクトも思っていないでしょ?」

「当然、剣を握って最前線で指示飛ばして、戦っている姿しか想像ができん。

 旦那は、どっちかっていうと深窓の令嬢的なはかなさがあるから、子どもを

 抱いてアンナの帰りを待っているのが似合うな。

 まぁ、それは、俺としては情けない奴だと評価するがな!」



 厳しい評価ねと笑うと、小さい頃から戦場に送り込まれていたと返されたら何とも言えない。

 ジョージアはどう考えたって、大事に大事に育てられてきたであろうことは、性格を考えてもわかる。

 私は……まぁ、好きに周りを巻き込みながら生きてきたから……いいのだと、自分だけ棚に上げておくことにした。



「で、いつ頃だ?」

「まだ何も……

 予想だけど、公世子様が公都に帰って一週間後くらいには、捕縛になるんじゃない

 かしら?

 そのあと、申し開きがあって……だからね、順調にいって2週間後が、刑執行ね。

 私も公世子様が帰ったら、すぐ追いかけて公都に向かう予定よ!」

「わかった。ここ2,3日ゆっくりしようと思っていたが、仕事を片付けてくる。

 あと、領地に残るものへ、注意喚起はしっかりしておけ!何があるかわからない

 からな。ウィルとイチアが残れば、危険なこともないだろうがな」

「うん、心配はしていないけど、心にとめておいて起こる事件と何も知らされず

 起こる事件では、慌て度合いが違うから……

 ここを立つ前にみなを集めて注意喚起するわ!

 まだ、領地の警備隊がどうも機能していないのよね……リリーに頼んで、

 お掃除隊にフォローしてもらうわ!」

「それが、いいだろう。貴族同士の喧嘩だ。

 アンナの方が爵位は上でも舐めてかかっている奴も出てくるだろう。

 今回のことは、アンバーへの今後の影響を考えておくといい」

「わかったわ!私がアンバーにいる限り、二度とこんな状況にさせたりしない

 から、絶対、選択を間違えたりしないわ!」



 あぁとノクトは頷く。

 それに応えるように私も頷く。



「ノクト、あなたがいてくれて、やっぱりよかったって思えるわね!

 老獪な上級貴族が私に反論できないようにするには、何をすれば効果的

 かしら?」

「一番見栄えがするのは、刑執行だが……公世子と連名でするのであれば、

 アンナの手をわざわざ血で染める必要もない。

 公世子の隣で、ただ、男爵を見つめつつけたらいいんじゃないか?死んだ後は、

 興味が失せたとばかりにすぐにその場から去ればいい。

 最後をみることは、初めてなら、視界に焼き付くだろう。

 でも、それは、アンナ。自分の身にも起こることだと目に焼き付けておいて損は

 ないだろう」

「ノクトも残っているの?最初に殺した敵兵って……」

「顔はもう何十年も前のことだから、忘れた。ただ、手に残る感触は、一生

 消えないな」



 そっか……と呟くと、小さい子にでもするかのように私の頭をワシャワシャと撫でる。



「もぅ!」

「俺の手、怖いか?」

「いいえ!私も、そっち側に行くのだもの。全くよ!」

「ふん、一丁前にもう覚悟ができているようだな!」

「覚悟なんて、ずっと前から、してたわ。

 予定より10年早くなっただけで、私は、第二夫人であるソフィアを殺すことに

 なるのは知っていたのよ。だから、覚悟はずっと前からできていたの。

 いざ、当日になれば、震えているかもしれないけどね。

 ついでに、言っておくわ。死ぬ覚悟も出来ている。

 どうしても、この運命からは、逃れられそうにないのよね……」



 ん?と眉間に皺を寄せて、ノクトは聞きたそうにしたが、私は首を横に振ってこれ以上は話さないという意思をみせた。

 ノクトはその意思を尊重してくれてか、それ以上は聞こうとしないでくれたのだった。

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