第331話 楽園に降り立った招かざるものⅤ

 公世子を領地視察へ出かけるように促し、とりあえず、ウィルを案内役としてつけ公世子に屋敷から退散してもらった。

 どうせなら、アンバーが誇れる蒸留酒の酒蔵を案内したらどうかと提案したら、お酒好きな公世子はさすがにその提案に食いついてくれた。

 ついでに、王都で買ったあのガラス瓶に蒸留酒を入れてもらえないか頼んでくれと手紙と例の瓶を持たせてウィルに渡しておく。

 きっと、ウィルなら……私のお願いもなんとでもしてくれるだろう。

 さすがにあれを持って、私が持ってウロウロとしてたら……何かは言われるだろう。

 裸体のお姉さん……見た目はいいんだけど……それだけに。



 いってらっしゃいと見送れば、後はこちらの泊る準備を整えるようデリアに支持をする。

 数日泊まるという話なので、侍女も必要だと思い、せっかく帰ってきたばかりのデリアを公世子につけることにした。

 デリアも公世子のことは知っているので、嫌そうな顔はしていないが、多分、心の中では、舌打ちくらいはしているんじゃないかと読み取れない表情を読み取ろうとする。

 デリアなら、侍女として申し分なく大丈夫だろう。

 もし、万が一、何かあったら……公世子くらいなら、捻り潰してしまうだろうし。

 あれ?私より、デリアの方が物騒だったり……しないよね?

 チラッとデリアを見たが、どうしました?と聞かれたので、何もないと首を横に振っておく。


 公世子にきちんと先に注意はしておいたほうがいいかなと、帰ってきたらまず、この屋敷での注意から始めようと心のメモをとったのである。




 ◆◇◆◇◆




 夕方まで公世子に対しての時間ができたことで、まず、私はセバスを執務室に呼んだ。



「ごめんね、仕事してたのに」

「公世子様がきてらっしゃるって聞いたので、対応も含めて何かしらあると思って

 いたから大丈夫ですよ!今呼ばれたのって、例の件ですよね?」

「まだ、公世子様からは、何も聞いてないけど……ここまでわざわざ足を運んで

 くれたということは、そろそろ公世子様の方でも下調べがついたんだと思う。

 私が提出した資料の他に何かセバスの方で握っている情報はあるかしら?」

「特に、これと言ってはないですね。あのとき、調べるだけのことはしました

 から。でも、これだけは……ダドリー男爵は、公国の上位貴族に対して、

 相当お金をばらまいているようで、何かと上位貴族に味方が多いみたいですね。

 公世子様が今回裁くと聞いてますが、かなりの反発があることはこちらでの

 話し合いで予想されています。

 明確な人や断罪に対して、強い動機を持った人物が必須かと。

 公世子様だけでは、断罪するにもなんだかぼやけてしまい、このままでは、

 うやむやになってしまいます」



 セバスの言うことはもちろんだろう。

 公世子だけだと断罪の理由がボケてしまうのであれば、旗印はジョージアになるなのだろうか……?

 アンバー領地を長年食い物にされていたのだから。

 ただ、ジョージアが旗印になることは、それ以上に難しい。

 ジョージアの第二夫人が、当の男爵の娘であるのだから……舅を断罪するのかと反発が起きるだろう。

 それでも、構わないのだが……まだ、公爵としては年若すぎるジョージアでは、老獪な上位貴族たちとの攻防に耐えられるとはとても思えない。

 問題は、山積みのように見える。


 ただ、ここで一つ、私という存在を忘れないでほしい。

 嫉妬に狂った公爵夫人もとい、公爵アンナリーゼが実は狂っていなくて、領地に引っ込んだ理由が、領地運営に対し何らかの不正や横領、ありとあらゆるものを公表したとなると、雲行きは変わる。

 たかだか、元侯爵家令嬢ではあるが、今は公国の中で3番目の権力者となっている上にトワイス国をバックにつけていることになっているらしい。

 あのトワイス国でのおいたは、公都で一部の上層部の人間が知っていることとなっている。

 元々、私が王妃候補でもあったので、あの殿下の部屋での出来事自体は、それほど不思議な話でもない。

 ちなみに、もし、本当に殿下が私を望めば、私は離婚してトワイス国の玉座に座ることもあり得ないこともないのだ。

 私は、御免こうむりたい上にその器ではないから、メアリーにシルキーを押し付けて帰ってきたわけなのだが……

 何かあれば、友好国のトワイス国の王太子が動くかもしれないというのも上層部では囁かれているのは事実だ。


 さらに、あれも思わぬ布石となってしまっている。

 ローズディア公国の城を闊歩した敵国インゼロ帝国連勝の将軍ノクト。

 引き連れて歩いていたのが、ジョージアなのか私なのかははっきりさせていないが……アンバー公爵家の従者として城を練り歩いたのは、まだ記憶に新しい。

 今では、元将軍なわけだが……本人、辞めたと言っているわけだし、クワ持って畑耕してるし、鞄背負ってニコライと仕入れに行ったりハニーアンバー店のために自分の足を使って西に東にと私の代わりに出歩いてくれているのだ。

 それでも、ローズディア公国の貴族にしたら、将軍ノクトなのである。

 そんな物騒なものをアンバーで飼っていることも、貴族間で今は知れ渡ってるのである。



 それに、ダドリー男爵たちは、男爵がばらまいているお金で繋がっていて、キナ臭い話が多いのも事実ではあるはずだ。

 表面化すれば、芋づる式にその上位貴族たちも罰せられる。

 なんたって、公世子暗殺の話もちらほらと仄暗いところからは聞こえてきている。

 それも第三妃が男の子を生んだあかつきにはという条件があるのだが……今のところ、公からも公妃からも私からも第三妃になる予定の公爵令嬢には近寄るな!と、口酸っぱく言ってあったのだ。

 もし、何事かあったら……敵対している上位貴族じゃなく、私が公世子を血祭りにあげてやる!と公世子には手紙を送ってある。

 相当美人で、公世子好みの令嬢だと聞いているのだが……また、これが深窓の令嬢らしい。

 ふーん、私を口説いておいて、結局、そういう好みなのね!へぇーって言い合いした記憶もあるが、別に私は公世子に選ばれたかったわけではないので、痛い目にあえばいいんだ!とも思っている。

 公世子が痛い目にあうのは、自業自得なのでどうでもいいが……反撃できない程、こちらに被害が出ることをわかっているのかいないのか、頭がいいはずなので大丈夫だと思いたい。



「それは、大丈夫よ!私が、断罪の裁可に加わることになっているの。

 だから、その日、私は公都に向かうわ!

 ダドリー男爵の首が飛ぶのも、ソフィアが毒を飲むのもちゃんとこの目を通して

 記憶するわ。

 政敵は、確実に仕留めておいたところを見ないと……いつ、自分の首に刃が

 向けられているかわからないもの」



 そうは言っても、『予知夢』で見た未来は変わっているはずなのに、いまだ、私は自分が死ぬ未来を見続けている。

 これには、何かしら抜け道があって、私の死へと繋がっているのだろう。

 ソフィアに毒がきかないとか……ありえないこともない。

 私と同じように、体に毒の体制をつけさせていれば、死なないこともあるのだ。

 ただ、ソフィアの母親と今の第一夫人の仲を考えても、ソフィアに毒の耐性を付けさせるとは考えにくい。



「わかった。その日、ウィルも一緒に向かわせるかい?」

「いいえ、ウィルはこちらでジョーとジョージア様を守らせる。

 ジョージア様をこちらに呼び寄せるつもりよ。

 死ぬ事実がわかっていたとしても、最後を見取らせるつもりはないから。

 連れていくのは、ノクトと向こうにいる筆頭執事のディルを連れていく。

 道中のことも考えて、デリアも一緒にかしら?こっちの守りは、イチアに任せて

 もいいかしらね?」

「わかった、それは、イチアに僕から伝えておくよ。

 アンナリーゼ様、今回の件、終わったら一度ゆっくり過ごしてはどうですか?

 こっちに視察に来て以降、たまに休養は挟みますけど……働きすぎです」

「ありがとう!でも、大丈夫よ!」

「体に負担はありませんか?」

「うん、デリアを側に戻したのは、私を管理させるためだし……今、やらないと

 いけないことが多すぎるのはわかっているつもりよ!でも、大丈夫だよ。

 みんながいてくれるから、私の仕事なんてほんの少ししかないから!

 それより、みんなちゃんと寝てる?大丈夫?」

「僕たちは大丈夫だよ!ちゃんと城の就業規則に則って仕事をすることにして

 いるからね!」




 ん?私の知らない事実を言われ、きょとんとしている。



「報告漏れてたね……

 僕たち、アンナリーゼ様がいない間にしっかり仕事をしようとして、張り切り

 すぎてダウンしちゃったんだ……

 だから、城の就業規則を用いて、休むことも仕事のひとつとしてとらえて、

 働きすぎないようにしているんだよ」

「そうだったの……ごめんね、そこまで、気が回らなくて……」



 ふっと笑うセバス。

 なんだか、とても頼もしく感じる。



「アンナリーゼ様が考えることじゃなくて、これは、僕が考えないといけないこと

 だから、謝る必要はないよ。

 僕は、アンナリーゼ様に、みんなが働きやすいように、もっと提案をしないと

 いけない立場なんだから!失念していたのは、僕の方の落ち度なんだ。

 だから、少しだけやり方を変えさせてもらっている。

 それだけは、覚えておいて!」



 ありがとうとお礼をいうと、いつものセバスであった。

 こうやって見ると、セバスの成長も著しい。

 城で文官として働いていたこともあるが、領地で子どもへの先生やら、イチアからの指導や提案など、私が知るセバスの比でないくらい、しっかり仕事をこなしてくれている。


 そういえば、人事評価をして公に提出しないといけないのであったことを思い出した。

 そこに書くのは、ウィルとセバスの成長をぎっしり書くことを誓う。

 ノクトとイチアを手に入れたことは、やはり、領地にとって、近くで働くものにとって大きく影響を与えたようだ。それは、とてもいい影響のようで私もホッとするのであった。

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