第321話 コロンとりんご

 ノクトからでかした!と言葉をかけられ上機嫌である私は、先日連れてきたガラス職人と作ってもらいたいものがあったので話をすることにした。

 最近友人になったカレンが、ジョーの誕生日祝いをくれたので、お祝い返しをすることにしたのだ。

 何がいいか考えたが、やはりカレンが気に入っている葡萄酒がいいだろうと思い、赤い涙をプレゼントすることにしのだが、せっかくなので何か変わったものにしたいと考えていたところである。

 特別なものがいいし、どうせならカレンが驚いたり喜んでくれる方がいい。

 なので、職人に私のイメージするものができないか聞きにきたのである。

 ついでと言っちゃ怒られるが、今後の交渉に対応してもらうためニコライも連れてきた。



「ラズ!」

「アンナリーゼ様!こんにちは!」

「うん、こんにちは!」



 ガラス職人の見習いであるラズは、挨拶をしてくるので私も返す。



 どうかされました?と尋ねてくれるので、私は持っていた紙をヒラヒラとする。

 すると、弾かれたようにその紙を私から受け取り、中を確認している。



「それ、作れるかしら?」

「これって、器の中にガラスの飾りを入れるってことですか?」

「そう。どうかしら?」

「やってみないととなんとも……でも、おもしろい発想ですね!

 作ってみたいです!」



 私が書いた杜撰なデザイン画を見ながら、ラズの口角が上がっているのが見える。

 なんだか、見た目や喜び方が完全に宝飾職人であるティアにしか見えない。

 姉妹でないだろうかと思えるほど、思考回路が似通っているのだ。



「じゃあ、とりあえず、ひとつだけ発注するわ!

 贈り物にするつもりだから、丁寧にお願いしてもいいかしら?」

「はい、大丈夫ですよ!私、難しそうなことの方が楽しみですし、早く、

 アンナリーゼ様に認めてもらわないといけないのですから、杜撰なことは絶対

 しません!

 贈り物なら、なおのこと……アンナリーゼ様から贈られる方への気持ちも籠り

 ますから、大切に大切に作らせていただきます!」



 とても楽しそうにしているラズを見て、これは、意外と早いうちに出来るかもしれないと私はほくそ笑む。

 だって、すでにお尻のあたりがソワソワとしているのを感じる。

 早速、取り掛かりそうな勢いだ。

 ただし、今、ラズ達親子が使えるガラス工房がまだ用意できていなかった。

 お掃除隊がまさに準備をしてくれているのだが、それを伝えておくことにした。



「ラズ、工房については、今、領地に使ってないガラス工房があるらしいの。

 そこを今お掃除隊が片付けているから、作業はそこでお願いしてもいい

 かしら?」

「ありがとうございます!工房まで用意してもらって、絶対使うに決まってます!

 言ってくれれば、父と一緒に片付けに行ったのに!」

「うーん、そう?今回は、私が無理言って、トワイスからわざわざきてもらったん

 だから、それくらいのお世話はさせてちょうだい。

 次からは、自分たちで仕事は勝ち取ってほしいの。

 用意しているガラス工房って、結構、町外れなんだよね。それでもいいかな?」

「全っ然、全く、気にしないです!ガラスを作れることが私も父も第一なので!

 どこにあろうと全く関係ありません!

 アンナリーゼ様も好きなことしてるときって、ほんっとうに幸せでしょ?」

「確かに!」



 私は、ラズの幸せそうな笑顔につられて、一緒に笑ってしまう。



「あと……これから、私の注文の窓口になる商人を紹介するわね!」

「どちらさまですか?」

「ティアの夫でハニーアンバー店の商人のニコライって言うの

 まだ、お店自体はこれから立ち上げていくんだけどね、協力してくれると

 助かるわ!」



 ニコライは商人らしい笑顔を張り付けて、ラズに挨拶する。

 ラズは、若干引きながらニコライのその挨拶を受けていた。



「ハニーアンバーにて商いを総括させていただいています、ニコライ・マーラと

 申します。

 妻のティアとは知り合いだとアンナリーゼ様からは聞いているのですが、

 アンナリーゼ様の商会でもあるハニーアンバーともども、今度もどうぞよろしく

 お願いいたします」

「こちらこそ。ティアの旦那さん……」

「よろしければ、ニコライと呼んでいただければ……」

「そ……それは、考えておくわ!」



 ニコライの握手を手の先だけちょこっと握って、ラズは顔をプイっと明後日の方向へ向けてしまった。

 商人ってだけで、初対面の職人には警戒されるのね。

 まぁ、職人の利益考えずに簒奪みたいなやり方をする商人も多いから、ラズの反応は正しいのだろう。

 そんな様子を見ながら、私は、ラズに関わらず、ニコライがアンバー領の職人たちの信用を早急に勝ち取ってくれることを祈るばかりだ。



 私とラズは、そのあと、私の描いた図を元に話し合うことにした。

 なかなかおもしろい案だったらしく、ラズは目を輝かせて私の草案に細かなことを書き加えていく。

 センスの塊なのか、ラズの絵もとても素晴らしい。

 当たり前だが職人は、頭の中に構図を作る人とティアやラズのように紙に起こす人に別れるらしい。

 ラズもなるべく、紙に残すようにしているらしいが、基本的に頭の中の構図通りに作ることが多いと言っている。

 特殊な加工技術のいるようなもので、他の人にもきちんと技術を残したいのであれば、ちゃんと紙に書きおこす必要があるそうで、ラズも字は書けるらしい。

 今回のは、私が描いた拙い絵を頼りに、ラズが作りやすいように描き直しているところだ。



「このりんごって丸い方がいいですか?コロンとした感じ?」

「そう思っているけど、ラズに任せるわ!あと、瓶の底にアンバー領地の紋章を

 入れてほしいの。可能かしら?」

「わかりました!では、早速って……まだ、工房がないんでした……」



 勢い余って立ち上がったものの、工房がないことに肩を落としラズは座り直す。

 やはり、すぐにでも手を付けたいと思ってくれているようだ。

 構図を繁々と見ているラズは、何か思いついたようでうんうんと頷いている。



「これ、贈り物にするのですよね?」

「えぇ、そうね!」

「では、父が作るグラスも一緒に化粧箱の中に入れていただけると嬉しいの

 ですが……」

「それ、いいわね!では、夫婦で楽しんで欲しいから2つのグラスを用意して

 もらえるかしら?」



 ラズの提案を了承し、まず、材料や手間賃などの話をする。

 ティアと同じで、完全に職人気質であるのか、ニコライの説明も上の空だ。



「ニコライ、何度説明してもたぶん、ラズの頭に入ってないわ」

「やっぱり、ティアと一緒ですか?それなら、アンナリーゼ様、予算を決めて

 ください。

 こちらから、これだけの予算におさまるように指示しますから、それで出来

 上がるように親子で話し合ってもらいましょう。

 まぁ、父親の方がしっかりしてそうですからね!」



 どういうことだと、ラズはニコライを睨んでいたが、私もティアを知っているので、なんとなくティアとラズの共通点は想像がついた。

 せっかく丹精込めて作ったものを全部あげるなんて、正気の沙汰ではないだろう。

 もらう私もなんだが、その分の今後は支援はするつもりだ。

 ラズも価格の交渉とかはちゃんと勉強しないと痛い目にあうのになって思ってしまったが、ニコライのようなしっかりしたが旦那さんの存在が必要になるだろう。

 そこは、親子で話し合って決めてもらったらいいだけの話なので私は口をださないでおいたほうがいい。



 3日後、執務室へ急に訪れ、目の下にクマを作って笑うラズの手には出来たてほやほやの例の瓶が握られているのだった。

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