第320話 でかした!

 イチアの掛け声で、早速コンテストの話になろうとしていた。



「私、さっきの瓶を作ってくれる職人を連れてきているのよ。

 せっかくここまで連れてきたから、1つは仕事してほしいのよね!

 コンテストはするけど、この瓶に関しては、こんな瓶で売りたいんだけどって

 蒸留酒の酒蔵に交渉してきてくれると嬉しいわ!」



 ニコライにお願いすると頷いてくれている。

 あとは、これと同じものか、新作を……ラズにお願いするのだが、それもニコライに任せてしまおうと考えた。



「こんな見事なもの、さぞ、むっつりなんでしょうな?」

「テクト……どうなのかしらね?

 それ、作ったの私と変わらないくらいの年の女の子だし」

「はい?

 この見事なものを作ったのが、アンナリーゼ様と年の近い女の子ですと?」

「そう、その父親がグラスを作る職人で、その娘が将来、名を残せるくらい

 売れるんだって作ったものなの。

 ちなみに、私に認められたかったって言ってたんだけど……」

「アンナリーゼ様?」

「何かしら……?」

「その職人って今、どこにいます?会わせてください」

「いいけど、その前に他のも見て!そこの木箱に入っているのが、全部そうだから」

「んじゃ、俺、持ってくるわ!」



 そういってウィルが立つとノクトも手伝うと一緒に運んでくれる。

 机の上に置いてもらい、ひとつずつ机に並べていく。

 私が工房で見たすべての瓶である。

 ひとつ置くごとに、この場に集まる友人や従者や領民の感嘆が漏れてくる。

 いや、私も本当にすごいと一目見て思ったからこそ、ラズを連れ帰ってきたんだ。



「これ、この瓶、いいですね!フラスコみたいで、ヨハン教授とか好きそうです。

 こっちは……雫型なので、『赤い涙』のボトルとかにしたいですね。

 あぁ、これは、さっきの裸体の別バージョンですか?」



 ビルが、目を輝かせている。25個あるガラス瓶は、全て違う形をしていた。

 ラズに聞いたところ、同じものは作れるということだったので、みんなにも紹介したのである。



「あと、アンバーに伝わるすりガラスの技術を学びたいとこの職人は言っていた

 のよね。だから、まぁ……交渉は任せてもいいかしら?」

「はい、お任せください!私どもが……いえ、私が!」

「父さん、それは、僕にやらせてくれ!父さんはもう引退したんだから、それは、

 僕の仕事だ!」

「そうね、それは、ニコライに任せましょう!」



 そんなぁ……とビルは泣きそうな顔で私を見てくるが、ビルにはビルの仕事があるのだ。

 ニコライの経験のため、ここは引き下がってもらいたい。



「ニコライ、職人は、後で紹介するわ!お願いしたいこともあるから、一緒に来て

 ちょうだい」



 畏まりましたと返事はしているが、ガラス瓶に夢中で、耳に入っていないようだ。



「他にも報告があるかしら?なければ、私から報告があるのだけど……?」

「もう、共有の分は、ないぜ?他、あるか?」

「いえ、もうありません」

「じゃあ、私からの報告ね!」



 みんなにそれぞれの席に座り直すよう促して、私も指定の席に座った。



「何個か報告が。

 1つ目は、ハニーアンバー2号店の出店場所を決めてきたわ。

 トワイス国王都の一等地で3階建てのビルね!商人なら知っているかしら?

 老舗のドレスや宝飾を売っていたお店」

「あの大通りの交差点のあたりにあるところですか?かなり、大きなお店だと

 思いますが……」

「うん、そこをもらってきた。考えているのが、1階はアンバーの商品を売るお店。

 2階が店主たちが生活していたらしくってかまどとか水回りがあるから、喫茶。

 3階を従業員や店主の住居としたいんだけど、どうかしら?」

「どうかしらって……そんな場所を手に入れるのにすごいお金がかかったんじゃ

 ないですか?」

「そこは、なんとでもなるわ!ていうか、殿下にもらってきたの。

 あと、トワイス国王族御用達看板をもらってきた!」

「でかした!アンナよ、御用達の看板は、店以上に大きな収穫だな!」



 でっしょぉ!っと、私はでんと胸を張る。

 決して無い胸ではない。



「しかし、よくこの短期間でそれだけのことができたな?」

「トワイス国の王子様は、姫さんの幼馴染で姫さんが王子様想われ人だからな。

 なんか、それをいいことに脅してきた!とかいわないよな?」

「ウィル、言葉が悪いわ!脅してなんてないもの。お願いしてきただけ!王太子妃

 の命と引き換えに!」



 一斉におでこに手をやったり、首を横に振ったり、呆れたりし始めた。



「あのね!こういうことも必要なのよ!私たち、まだ、どん底にいるのだから、

 強かでないとダメなの!

 ノクトだって、恩を売って来いって言ったじゃない!最大限の恩を売ってきた

 んだからね!!!

 人として、どうなの?って思っているかもしれないけど、そういう駆け引きも

 これからもっと必要になることもある。

 指をくわえて待っているだけじゃ何もアンバーには恩恵はないのよ!

 動かなきゃ!!」



 私の言っていることも一理あるとノクトが呟けば、商人たちは何も言わずに頷いている。

 金勘定だけで損得をすれば、必ず儲かるわけでもない。

 儲からないことをしてでも、次に繋がる何かをつかめれば、得を、それも最上級の得をすることだってあるのだ。



「あと、隠しておけないから、先にみんなには言っておくわ!

 私、近いうちにある貴族を一族郎党断罪する予定があるの。

 アンバー家や領地を荒らしたうえに、私の子どもの命さえ奪おうとしたから。

 血に染まった私の手でも、みんなは握ってくれるのかしら?」



 私は、みんなを見回す。

 机の上で握りこぶしを作っていた私の手をウィルが優しくくるんでくれる。



「当たり前だ。血に染まったとしても、それが自分自身の欲のためでない限り、

 俺は他の誰が離したとしても姫さんの手を握り続けるぜ!」

「今更ですよ!僕は、アンナリーゼ様がいたからここにいるんだって言ったじゃ

 ないですか!」

「まっ!俺もイチアも当の昔から他人の血でべっとべとだがな!」



 貴族であるウィルは近衛中隊長である限りは、人の生き死にを握る存在だ。

 セバスにしたって、国の文官であるからして立場は、ウィルと然程変わらない。

 前線に出るか出ないかの差くらいしかないだろう。

 ノクトとイチアは、元々インゼロ帝国の連勝の将軍と軍師である。

 すでに他人の血で、拭えない程真っ赤になっていることだろう。

 商人たちは、真っ当なことをして生きてきている。だから、この話は、少し考えてしまったようだ。

 人の生き死にに関わるようなことは、盗賊に襲われるくらいのときにしかないからだ。

 完全に悪と名がつけば断罪も致し方ないという考えだろう。

 ただ、今回は……完全に悪なのかは判断にかける部分も多いだろう。

 荒んだアンバーとどのような関係があったのかは、知らせていないからだ。



「僕は、アンナリーゼ様と一緒にアンバーの改革を進めたいです。

 もう、二度と他領から蔑まれるのはごめんだ。

 すでに、アンバー領はたくさんの人が災害や食料不足でなくなっているん

 だから、その人たちの分も生きるためなら……力は必要だと思う。

 血に染まっているって言ったって、アンナリーゼ様は、何も変わらないでしょ?

 むやみやたらと、人を傷つける人でないことを僕は知っていますし、出来る限り

 命を守る人だってことも知っています。だから……その手を握らせてください!」



 ニコライは、立ち上がりウィルの上から私の手を握る。

 それをみた元商人たちも頷いている。


 これで、よかったのだろうか?

 いつか、離れていってしまうかもしれないけど……今は、一緒に未来あるアンバーへの改革を進めるために手を取ってくれるという。



「ありがとう。近いうちに、その日は来るから……

 そのときは、私、汚れちゃうけど……いいかな?」



 見回すとみんなが、頷いてくれる。

 公爵としての責務でもある。

 アンバーの家を地を貶めたダドリー男爵と一族を粛清する日は、もうそんなに遠い未来ではないはずだった。



「そんなことより、まずは、王太子からかっぱらってきた、店と王族御用達看板の

 ことを喜ぼうぜ!

 トワイスでの商売もやりやすくなったんだ。

 公爵として、でかい役割を果たしたんだ、でかした!な」



 ノクトに褒めてもらい、なんだか涙がポロポロと出てくる。

 握っている手の上にあるウィルとニコライの体温を感じ、感極まってしまったのだ。



「あと2つ報告……」



 泣きべそをかきながら、私はむにゃむにゃとしゃべり始める。



「王太子からの長期的な資金援助と、王太子妃の生んだ第一王子をジョーの

 お婿さん候補として将来ジョーが望んだらくれって、言ってきた!」

「姫さん……でかしすぎじゃないか!」



 握ってくれている手とは反対の手で、ウィルは私の頭を撫でる。

 褒められるのが久しぶりなのと、緊張の毎日だったこともあって、私はさらに泣いてしまった。


 ただ、それを咎める人もなく、私が泣き止むまでそっと見守ってくれるのであった。



 私は、殿下が書面にしてくれた約束状を目の前に置き、確認してもらう。

 さっき報告したことが、殿下の字で書かれている。

 殿下の字は、学生の頃の友人たちが鑑定し、公印をみなで確認した。

 私は、向こうでの城に残す公文書もきちんと確認してきたので、大丈夫だろう。

 ひとつひとつ、前に進んでいる。

 そんな気持ちにさせてくれるのであった。

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