第310話 王太子妃の目覚め

「ジルベスターもアンナリーゼもうるさいのじゃ!」



 さっきまですやすやと眠っていたはずのシルキーも私たちが騒いでいたことにより、目が覚めたようで不機嫌そうな声が聞こえてきた。

 毒のせいで体力が低下し、自分で起き上がることもできずにいるのがもどかしそうな雰囲気を醸していたので、明るい調子で私はシルキーに話しかける。



「おはようございます!ご気分はどうですか?」

「おはようなのじゃ!昨日、アンナリーゼが来ている夢を見ていたのかと思ってたら、朝から声が聞こえたから、夢じゃなかったのかと嬉しい!!アンナリーゼ、起こしてたもう!」



 はいはいと言って、私はシルキーを抱き起こす。

 未だ体は冷たく肌の色も良くなったが、昨日よりいくらかマシな顔になっているような気がする。


 私は後ろから抱きしめるような格好でシルキーを支える。



「昨日、何か飲ませてくれたのかのぉ?カラダが、昨日より少し楽になった」



 やったね!万能解毒剤は、シルキーの症状に効いたみたいだ。

 私は、シルキーの言葉を聞き嬉しくなった。

 たぶん、それを聞いている殿下も私と同じであろう。



「解毒剤を飲ませました」

「解毒剤?わらわは、毒を飲んでいたのかえ?」

「恐らくは、そうだと思います。未だ手足は冷たく変色しているので、まだ、油断はできません」




 シルキーは、小さい体を私に預けて浅く息をする。

 本人も言ったように、少し良くなったのか、幾分か息もしやすそうにしている。



「シルキー様、今日もお薬飲むんですよ?」

「嫌なのじゃ!薬は……嫌いじゃ!」

「昨日飲んでいたじゃないですか?甘いジュースみたいなものですから飲みましょうね!

 まずはお食事にしましょう。食べられそうですか?」



 シルキーは顔を渋くいがめ、薬は嫌じゃな……と抵抗の意志を見せている。

 そんなこともできるようになったのなら、やはり解毒剤は効いているのだろう。

 昨日は、それすらできていなかったのだから。



「うーん、まだ……何も食べとうない……」

「では、スープだけいただきましょう。

 暖かいものを体に入れるのも、毒に打ち勝つためには必要ですからね?

 エリザベス、お願いがあるんだけど……」



 行ってくるわと言葉を残して、シルキーの侍女の部屋に入る。

 そこで、侍女を起こしているんだろう。

 わりときつめのエリザベスの声が微かに聞こえてきた。

 あぁ、男の子を育ててるんだもんね……小さいとはいえ、兄と違い活発そうな子たちだから、あぁなるのか……?大人しく可憐な花のようであったエリザベスは、母になったのだなと変な感慨をうける。

 シルキーも聞こえていたのが、叱られている侍女が心配そうにソワソワとしていた。



「大丈夫ですよ。エリザベスは、とっても優しい義姉ですから……

 ただ、ちょっと、今さっきまでストレスに思うことがたくさんあったくらいで……」

「それで、わらわの侍女に当たられたらたまったものじゃないぞ?」

「そうですね……でも、本来、シルキー様を守る侍女が睡眠薬を盛られているというのは問題がありますよ……?

 そこに転がっているの、見えますか?」

「あれはなんじゃ?」

「シルキー様を狙った刺客ですよ。ただ、素人っぽいんですよね……ナイフの扱いとか動きが。

 まぁ、王族の刺殺未遂なので、ただじゃすまないことは、本人たちもわかっているでしょう」



 その二人の女を見て私はいうと、そうか……だけ呟いてシルキーは俯いてしまった。


 小さく可愛らしいシルキーをギュっと抱きしめる。

 体が冷たいので、私の体温を分けてあげられたらいいなという思いであった。



「なぁ、アンナリーゼ?」

「なんです?シルキー様」

「そなたは、意外と大胆なのじゃな?」



 視線の先は、私の太もも。

 着替える暇がなかったため、侍女のお仕着せ……しかも、破いたり裂いたりしているので見るからにボロで、肌がむき出しになっている。

 さらに、殿下がつけたあれを見つけたようだった。

 そこをシルキーにそっと優しく撫でられる。



「これは、ジョージアがつけたのかえ?なかなか……欲のある男じゃな?」



 私は、殿下のほうを見た。

 それ、つけたの、殿下ですからね……?



 元々、言おうと思っていたので、シルキーに謝ることにする。



「シルキー様」

「なんじゃ?」

「それつけたの、殿下です」

「はぁ?ジルベスターがつけたのか?なんとまぁ……この節操なし!って……そなたは、アンナリーゼが想い人だから仕方がないのか……?」



 シルキーは、私の太ももを撫でながらため息をつき、さらに俯いていく。

 それを見て殿下が口を開きかけたが、それをとめ、私が話すことにした。



「シルキー様、いいわけって聞いてくださいますか?」

「うむ、アンナリーゼの言い訳なら聞くぞ!ジルベスターのは、聞いてやらん!」



 ちょっと怒ったような拗ねたような言い方だが、そこから殿下への愛情が垣間みえる。



「私、シルキー様の護衛をするために、殿下と一晩同じ部屋で過ごしていることになっています。

 それは、シルキー様のところに刺客が押し入りやすくするためだったんですけど、ちょっと突発的にいろいろと物事が絡みまして……」

「アンナリーゼが、ドレスでなく破れたお仕着せを着ているのは、そのせいか?」

「そうですね……殿下の部屋にドレスやらなんやら、脱いできましたから。

 そのあとすぐからこの部屋でそこの一人と対峙したのですけどね……

 その刺客を連れて殿下の部屋に行ったら、第二妃が素っ裸で……」

「アンナ!」

「ほぅ……ジルベスター?それは、わらわは是非、どうなっていたのかそなたの口から聞きたいのぉ?」



 おぉ?シルキー様が怒ってる?声音が一気に冷えたものになっていく。

 第二妃との折り合いは良くないと聞いていたが……まさにそのようだ。

 殿下、気の毒にね……ガンバレ!とシルキーの後ろから無言の応援をしておくと、何か私に言いたそうにしている。

 ご愁傷さまです!と、ニコっと笑っておく。

 それにしても、笑えてくるのは、殿下もジョージアも一緒で、妻に一睨みされておどおどしているということだ。

 そして、何も言わない殿下にしびれを切らしたのか、シルキーが何か言おうと体を少しだけ私から起こした。



「ジルベスター、わらわたちは、政略結婚じゃ。そなたが、誰を見ていようと、誰を想っていてもよい。

 わらわを想ってくれるなら、それはとても嬉しいことじゃがな!

 ただ、わらわには、わらわが想う者がおるのじゃ……

 だから、そなたが誰を側に置こうとそなたを責めるつもりはない。

 もちろん、ジルベスターのこともわらわは愛しておるのも本当じゃ。

 とってつけたようじゃが、嘘偽りなく想うておる」



 ふぅ……と息苦しくなってきたのか、シルキーはひと休憩入れ、すっと息を整えてまた、話始める。



「ジルベスターにわらわだけを想ってほしというのは、ただの我儘なのじゃ……

 だから、報告さえくれれば、好きにしてよい。

 子どもの有無も今後政治的にも問題がある場合があるからのぉ。

 わらわもジルベスターもアンナリーゼも含め、自身の幸せだけのための婚姻ではなかろう。

 国を背負い、国どおしの安寧のための政略結婚でもあるのじゃ。

 縛り付けて自身の幸せをないがしろにする必要はないと思うておる。

 その点、アンナリーゼは、兄上から効く限りでは、ジョージアとうまくいっているようで何よりじゃ!」



 殿下に向かって話していたシルキーは、私の方を見てニコリと笑う。

 私より2つ年下のシルキーは、少しだけ幼さを残しながらすでに国の頂上付近で政治的に戦っている。

 ほけほけとしている殿下とは、雲泥の差ほどの成長速度である。

 私が知る幼すぎるシルキーはなりを潜め、少し背伸びをしながらも必死な姿で王太子妃という重責を担っているのだ。

 この小さな体は、とても大きく思える。



「ときに、ジルベスターよ!相手がアンナリーゼなら……わらわは大いに浮気を許そうぞ?

 そのかわり、デートはわらわも連れて行ってたもう!

 わらわも、アンナリーゼと一緒にデートしたいし一緒にいたいのじゃ!」



 あ……あれ?今の今まで、重責云々思っていたが、話がおかしな方向へと向かうのを感じた。



「シルキーは、いつもながらアンナのことばかりだな?」

「アンナリーゼが、素敵だからしかたないのじゃ!」

「ふふっ、シルキー様、たまには殿下も構って差し上げてください。

 でないと、私宛の殿下からの手紙は、愚痴ばかりになりそうです。

 それに、私、ジョージア様とジョーで手一杯で、殿下と浮気なんてとても無理です!」



 私は目の前にあるシルキーの髪を撫でると、そうかえ?アンナリーゼなら……なんて言っているので、笑ってしまう。

 それよりも、もっとシルキーが生きたいと思えるような約束をしよう。



「シルキー様、元気になったら、ジルアート様と一緒に、私の治めるアンバー領に遊びに来てください!

 とっても素敵に生まれ変わったアンバーをシルキー様にも見せたいですわ!

 もちろん、殿下は、トワイスでお留守番ですけどね!」

「そうか!ジルベスターは留守番か!それは、楽しそうじゃ!」



 さっきまでと違い、うきうきとした弾む声となり約束じゃぞ?と小指を出してきた。

 約束ですね!とその小指に私の小指をそっと絡ませてやると、恋人との約束を楽しみにしている女の子のような可愛らしい顔をして微笑むのである。



「アンナは、老若男女問わず誰彼問わず、心を奪っていくのだな……」



 殿下の言いようがよくわからず、ん?と小首をかしげると、もうよいとため息をつかれてしまうのであった。

 確かに、ジョージアにもウィルたち友人からも言われているが……自覚がないので、言われたことを理解できないでいる。

 まぁ、好かれることは悪い気はしないので、満面の笑みで絡めた小指を眺めているシルキーを見て微笑むのであった。

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