第309話 どんくさいお嬢さん

 行きは大変だったが、帰りは殿下のおかげで私は何もせず歩くだけでよっかたので楽だった。

 私と殿下とよくわからない女とで、シルキーの部屋にまた滑り込んだ。


 部屋に入ると、寝ているシルキー以外に中に人がいる気配がする。

 カーテンを少し開き、窓際に佇んでいたお仕着せの侍女に私は話しかけた。



「お待たせ!」

「おかえりなさい」

「こっちは、何事もなさそうね?」

「えぇ、廊下を誰だかが怒り狂って歩いて行った以外は特に何も。

 あとは、シルキー様の侍女が隣の部屋で眠っているけど、睡眠薬を飲まされたのか、全然起きない

 くらいかしら?」



 私はその怒り狂っていたであろう人物に心当たりがあったので、ご愁傷様と呟いておく。

 王太子妃が生死の淵にいるから、殿下に会いにきたのでしょうけど、殿下の想い人であると有名な他国にいるはずの私に夜這いを邪魔されるとは思ってもみなかっただろう。

 悪いね!と思っても悪びれる気はさらさらなかった。



「シルキー様も安らかに眠ってらっしゃるわ!」

「そう、それなら、安心ね!来てくれてありがとう、エリザベス」

「どういたしまして!

 アンナがこっちに帰ってきたから、また、何かしでかすんじゃないかと思って、ヒヤヒヤしてた

 ケド……何事もなさそうでよかったわ!」

「エリザベス、しでかした後で悪かったわね!」

「何をしたの!?サシャに関わること?」



 私の一言で、取り乱し始めるエリザベス。

 そして、私の服装を見たため、頭痛がするわ……と頭を押さえている。



「かもしれないケド、殿下の蒔いた種としておきましょう!」

「ちょ……ちょっと待て!アンナが言い出したんだぞ?キスを……太ももに……」

「私、キスマークをつけろとは言ってませんよ?」

「確かに……」

「アンナ……?それは……どういうことかしら?」



 あっ!エリザベスご立腹。

 こういうことは、意外と潔癖な義姉がふつふつと怒っているのがわかる。

 兄なら……またか……くらいで済むのだが、それでは終わりそうにない雰囲気だったので、殿下の後ろにさっと隠れる。



「ひ……必要だったの!第二妃から殿下の貞操を守るために?」



 ん?守るために……?私は殿下の後ろで頭を捻った。

 あれ……大二妃って殿下の奥さんだ……なんとなく、張り合っちゃったけど、私部外者だと思い至る。



「て、思ったけど……私、殿下貞操を守る必要なんてなかったのね。

 一応、第二妃も殿下の奥さんなわけだし」

「いや……俺は助かった……ぞ?

 あやつがどんびくほどのキスをするとは、こっちがビックリ驚いたが……」

「殿下、それ以上、素直にいろいろと言わない方がいいですよ?エリザベスのお説教が長くなります」

「何?そういうことはもっと早くに……」

「ほら……」



 ニッコリ満面笑顔のエリザベス。

 うん、メッチャ怒ってるって顔してる。



 あぁ、うちの義姉もデリアに負けじと劣らず怖いのをすっかり忘れていた。

 謝ったら、なんとかなるだろうか?

 ならないかもしれないが、殿下の横に並び、殿下の後頭部に手を当て、ペコっと二人で頭を下げてごめんなさい!と謝る。

 いや、謝ったところで……許してもらえるわけではなく、そこに二人とも座りなさいと叱られる。



 もちろん事情聴取から始まり……イロイロ諸々……エリザベスの顔が赤くなったり青くなったり、なんだか10分くらいの事情聴取のおかげでせっかく気分がよかったのにクタクタになっていた。

 チラッと殿下を見ると、あれは……殿下の部屋でやり取りした話の内容は……詳しく説明しないでおこうということになり、視線を交わす。

 だって……エリザベスが卒倒しそうだ。

 一応、私……夫がいる身で、殿下も妃が二人いる身である。

 なので、しぃーっと、黙っておくことにした。

 第二妃と張り合っていたわけだから、第二妃が噂として広める可能性もあるが、きっと、おバカでない限り、私に負けたので誰にも言わないだろうと踏んでいる。



 何はともあれ、シルキーを無事に守れたので、よかったね!とエリザベスに笑いかけると、家に帰ってからお義母様に伝えておきますと言っている。

 これまたお説教か……?と殿下に笑われるけど、うちの母はきっとこう言うだろう。



「あら、殿下の心をまだ弄んでいるの?私の娘だけあって、なかなかやるわね!」



 妖しく笑うだけだ。

 なので、怖くない……決して……怖くない!

 むしろ、それを聞いた父の方が取り乱すことは必然。


 ジョージアに対して云々というより、私に対して、殿下は何してくれてるんだ!というようにきっと陛下に直訴に行くだろう。



「エリザベス、私の両親に言わない方がいいよ!」

「叱られるのが、嫌だからですか?」

「私、両親には叱られないもの。叱られるのは、殿下とお兄様になるから」

「なんで俺が……被害者だ!」

「被害者って、加害者でもあります!それに、うちの父のことは知ってるでしょ?殿下も」

「あぁ、俺は、回りまわって、この年になっても陛下から叱られるわけか……」



 殿下は、うんざりという顔をしている。

 そして、何故サシャが叱られるのかわからないとエリザベスは考えているが、私のしでかしたことは9割兄が叱られる。

 私が何かしでかすのは必然で、それを管理するのが兄の仕事だからだ。

 まさに今回も目を離した兄が悪いということにしておこう。

 そして、ジョーだけ連れて早々に帰ると心に決めておく。



「それで、何故、サシャの妻がこの部屋におるのだ?」

「殿下に荷物を届けにいくのに見張りが必要だったからですよ。

 誰かがシルキー様を見ていないと、また、誰か来たら困ると思いまして」

「なるほど。準備がよいな?」



 私の話に殿下は感心しているが、本来、殿下が信頼できるものをもっとシルキー様につけるべきである。

 例えば、私のようなとんでもじゃじゃ馬な侍女とか……自分で言ってて悲しいけど。



「普通ですよ!殿下は、もう少し気をつけた方がいいです。

 シルキー様にも、もっと目を向けて差し上げてください!

 側にいればいいってわけではないのですよ!公女様だったのです。

 私と違って、ちゃんと、きっちり、守って差し上げなければならないのですよ!」



 わかっていますか?と殿下をなじると、落ち込んだようにくぐもった声で返事をしている。

 私なら、守らなくても勝手に敵を壊滅させてしまうだろう。

 そういう教育を両親からしてもらったからだ。

 シルキー様は、公女であり多少はねっかえり気質はあっても、可愛らしいものだ。

 見知らぬ土地で王太子妃として殿下を支えているのだから、もっともっと、殿下は大事にするべきだ。



「夜も空けてきましたから、エリザベスはお兄様と交代してください。

 お兄様とパルマを殿下の執務室に呼んでおいてくださいね!」




 そんな話をしていると、部屋の扉がノックされる。

 誰だろう?と私は、扉を開けにいくとナイフを持ったお嬢様さんが、私向けて飛び込んできた。

 内開きの扉だったことを幸に、私は扉の後ろに体を引き、そのまま体重をかけて扉を全開にした。



「お粗末な二人目ですか?」



 刺さったと思ったのだろうお嬢さんは、ナイフに手応えのなかったのでつんめりその場で転んでしまった。



「な……何事だ!」

「殿下、うるさい!」

「アンナのほうが……」



 私は殿下を怒鳴りつけ、転んだお嬢さんの背中にどかっと馬乗りになるところだった。

 それに驚いて、お嬢さんは暴れ始める。



 ナイフをブンブンと滅茶苦茶に振りますので危なくて仕方がない。



「殿下、そこの花瓶取ってくれる?」

「はっ?」

「早く!」



 殿下は、言われた通り、私に花瓶を投げてくるので、うまく受け取りその花瓶でお嬢さんの後頭部を軽く殴った。



「なっ!」

「アンナ!」



 私の行動を見て殿下とエリザベスは、慌てふためいたが……とりあえず、これでこのお嬢さんは動かないだろう。

 気絶したお嬢さんからナイフを奪い、お仕着せの両袖をビリビリっと破く。

 実は、私、一人目の訪問者でお仕着せの半分くらいを縄やなんやに使ってしまっているので、淑女らしからぬ、大盤振る舞いで絶賛肌を見せているわけだ。

 今、破った袖で、猿ぐつわを作り二人目にもしっかり噛ませておく。



 手際よく作業していると、なんとも言えない雰囲気を出してくる殿下とエリザベス。



「エリザベス、袖かスカートの裾が欲しいのだけど……?」

「い……嫌よ!」



 淑女らしい彼女からの非難めいた声に殿下も納得というふうに頷く。

 上目使いしておねだりしてもスカートの裾はくれないらしい。



 エリザベスさん、ちょっと待ってよ!と、心の中で叫ぶが、声には出さない。

 怯えているのだ……淑女として、ダメなことをするのに抵抗があるようだ。

 生粋のお嬢様に、少しウンザリした。


 縛っておかないといけない私の下にいる鈍臭いお嬢さんにも目をやって欲しいのだ。

 じゃないと、まず、三人目が来たときに対処ができない。

 殿下が対応してくれるならいざ知らず、できないのに、私のやり方に文句言って欲しくない。

 若干のいら立ちが声に乗っかってしまった。



「早くして!」



 苛立たしげに声を荒げると、じゃあと渋々寄ってきてくれれる。

 最初から、そうしておいてほしいものだ。

 私だって、したくてしているわけではないのだから……



 スカートのすそを10㎝くらい切り、違和感がそれほどない程度に抑えた。



「ありがとう、エリザベス。あとは、縛るだけだから、もういいよ!」



 そういって、私は、お嬢さんの体に、今作ったばかりの縄をくくる。

 どうか、破れませんように……遠慮して、これでも少な目にしたのだ。

 エリザベス、そんな生娘のような顔はしないでほしい……これは、兄に怒られるかなぁ?と想像をしながら、もくもくと縛りあげていく。



 殿下はそれを見ながら、自分は何もできないのだなと呟いていたが、何もできなないんじゃなくて、何もしてこなかったんだと、さっきのいら立ちのはけ口として怒ってしまったのであった。

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