第305話 解毒剤と効果

「それで、どうなんですか?くれますか?くれませんか?どっちなんですか?」



 私は、意外と必死に殿下に答えをせまる。

 私にとっては死活問題にもなりかねない話であるからだ。



「あぁ、わかった。友人であるシルキーの命を盾に取るのはどうかと思うが……」

「それは、私も思います。

 シルキー様も大切な人ですけど、私にとって、アンバー領の民も大切なんです。

 命の重さが同じなら、たくさんの命を守りたいんです。こんなことして、ごめんなさい……私……」

「いいんだ。領地を持つということは領民を、私の場合は国民をより幸せにするために決断しないと

 いけないこともわかっている。アンナの要求は、全部のもう。

 それと……これからも何かと支援はするよ」

「ありがとうございます。

 シルキー様のところへ連れて行ってください。解毒剤、たくさん持ってきたので!」



 兄に持たせていた解毒剤は、ほんの一部だ。

 これが全部必要だとは思わないけど……次のことも考えてたくさん持ってきたのだ。



「ちなみに、この万能解毒剤なんですが、トワイス国とローズディア公国、エルドア国、インゼロ帝国の

 毒なら、解毒できます。

 なので、これでシルキー様は、治るはずです」

「アンナよ?」

「なんです?」

「その解毒剤って……」

「あぁ、それはですね、私専用の解毒剤です。

 効果は、自身で確認済みですから、シルキー様が飲んだとしても大丈夫ですよ!」



 ニコニコと物騒な話をしながら、殿下にエスコートされシルキーの元まで行く。

 もちろん、兄は荷物持ちとして後ろをついてきていた。

 さっきまでエスコートもしつつ、荷物まで持っていたから大変そうだったけど、私のエスコートが無くなったぶん、頑張って持ってきてくれている。

 結構な重量なのに、ちゃんと持てるということは、多少なり鍛えているということなのだろう。



 シルキーの部屋に通されると、そこには、メアリーがいた。

 殿下が私をエスコートして部屋に入ってきたので驚いている。

 そうそう、このメアリー、『予知夢』では寵姫になる予定なのだが……もしかしたら、未来が変わるかもしれない。

 シルキーを助けられるかもしれないから……

 でも、献身的にシルキーを支えてきた彼女にも、何かしらご褒美は必要ではないかとこそっと思う。

 想い人の近くにいられるだけでいいという彼女は、とても健気だなと感心してしまうが、人間なのに欲はないのだろうかと私の汚れた心を隠し笑いかける。



 殿下のエスコートから離れ、シルキーの眠るベッドへ私は寄っていく。



「シルキー様!わかりますか?アンナリーゼです」



 毒による変色が始まっているのか、体の色が悪い。

 医者ではないので、確かではないのだが……これは、結構進行している感じがすた。



「あ……んな……りーぜ?」

「はい、アンナリーゼです。ローズディアから、シルキー様に会いに来ましたよ!」



 ニコリと笑いかけると、シルキーも笑いかけようとしてくれる。

 会いに来たというのは……本当だけど、兄に連れてこられたが正しい。

 嘘も方便というので聞き手が嬉しいと感じてくれるよう気を付けながら話を進めて行く。



「少しだけ……待っていてくださいね!」



 立とうとした瞬間、私の手を引っ張ろうとしたのか、シルキーの手がほんのわずかに動いた。

 なので、私はすぐさまその手を握る。


 冷たい。


 氷よりも冷たく、血が通っていないかのように紫色をしている。

 シルキーの手を温めるように両手でさすると、今度こそ両方の口角を上げていた。



「おこしてたも……」



 弱り切った体を、メアリーに支えながら座らせてもらうシルキー。

 その姿は、痛々しい。

 殿下も兄もさぞ胸を痛めたことだろう……私は、交渉の材料にシルキーをまたもや使ってしまった申し訳なさとうしろめたさを感じる。



「アンナリーゼ、久しぶりじゃのぉ……」

「えぇ、お久しぶりです。あっ!そういえば、シルキー様は王子様をお産みになったと聞き及んで

 いますけど、おめでとうございます」

「ありがとうなのじゃ……いつか、アンナの娘と一緒にいるのを見たいのう。

 ジョージア殿に似て美しいと兄上から聞いておる」

「えぇ、また、いつの日か領地改革が終わりましたら連れてまいりますわ!」



 ニコッと笑うと、楽しみじゃとほんのり笑い呟いている。



「シルキー様」

「なんじゃ?」

「生きたいですか?」

「そりゃもちろんじゃ。まだ、ジルを抱いておらんのじゃ……抱いてみたい」

「じゃあ、一刻も早く、よくならないといけませんね?」

「アンナリーゼ……わらわはもう……」

「諦めるなんて、シルキー様らしくありませんよ!私と一緒に病気を乗り越えてみませんか?」



 試案しているシルキー。

 ここに来るまでに殿下に聞いた話では、イロイロと試した後らしい。

 ただ、どれも効果がなくて、シルキーは生きることを諦めかけているという話だった。



「シルキー様の病気が治る魔法の薬を持ってきました。お兄様、2本ください」



 試験管に入った、無色透明な液体が揺れている。

 もう、うんざりするくらい薬を飲んで効果がなかったので、シルキーのその目も胡乱である。

 ちなみに、この解毒剤。

 毒を飲んでいなかった場合は、特に何も作用しないちょっと栄養のある水になるらしい。

 体に含まれている毒にだけ反応するようになっているので、妊婦の私が飲んでも特に問題はないということだ。



「これは、私用に作られた薬なのですけど、効果は抜群なので一度試してみませんか?

 よくわからなくて飲めないっていうなら、私も一緒に飲みます。

 あっ!先に飲みましょうかね?」



 私は試験管のふたをきゅぽんと開け、中の液体をごくごくと飲む。

 それを、殿下、シルキー、メアリー、兄が見守っている。



「ちなみに、毒は入っていませんよ!

 私、これでも妊婦なので体に悪いものは接種しませんし、これは万能薬なので移動で疲れた私には

 いいように効くようになっています」



 どうぞと試験管を差し出すと、殿下の方をチラッと見ながらシルキーはおずおずと手に取る。



「アンナ、本当に……」

「大丈夫です。私、これに何度も助けられていますから!飲んでみてください」

「うむ、アンナが言うのなら……」



 きゅぽんとふたを開け、シルキーもゴクゴクと飲み干した。

 味は、ほんのり甘い砂糖水みたいな味になっているので、比較的飲みやすいはずだ。



「どうですか?」

「甘いのだな?これなら……飲めそうじゃ」

「よかった!私、これから3日間、こちらに通いますので、1日3回これを飲んでみてください。

 もし、これに毒なの何か入れられた場合、それが何であろうと変色しますから、それは、飲まないで

 ください」

「わかったぞ。何か、体がぽかぽかするような気がする……」



 うん、それが効果の始まりだから効いているようだ。



「このお薬、たくさん持ってきたので必ず飲んでくださいね。では、少しお休みください。

 お薬のまわりが、その方がいいと私の主治医が申していますので……」

「ありがとうなのじゃ……」

「いいえ、こちらこそいつもありがとうございます」



 シルキーが眠りについたのを確認して、私たちは殿下の執務室へ移動する。



「シルキー様、だいぶ毒を飲まれていますね?」

「厳しいのか?」

「いえ、たぶん3日もあれば、解毒は可能だと思います。

 ただ、どこからの毒なのかは確認した方がいいのと、今日処方された薬を私に見せてください。

 あと、処方されている一切の薬を止めてください」

「わかった、用意させよう。それで、何を調べるのだ?」

「殿下は表立って何もしない方がいいと思います。こんなときこそ、お兄様とパルマの出番でしょ?」

「その様子だと、僕はパルマを呼べばいいのか?」



 えぇというと、兄は執務室から出ていき、パルマを学園から呼び寄せる連絡をしてくれるようだ。



「アンナ、シルキーは本当に助かるのか?」

「殿下、必ず助けましょう!毒の周りが多いですが、まだ、大丈夫です」

「そなたが来てくれて……助かった。ありがとう……なんてお礼をしたらいいのか……」

「お礼なら、シルキー様が元気になられることで十分ですよ」

「さっきとは、言うことが違うんだな?」

「さっきのを含めて、シルキー様が元気になってくれることで十分です!」



 殿下は少しホッとしたのか、柔らかく笑う。



「私、泊ってもいいですか?」

「あぁ、構わない。客間を……」

「シルキー様の部屋にです。

 大々的に来たので、もしかしたらということもありますから!」

「それは、助かる。侍女の着るような服と剣を用意しておこう」

「助かります。

 明日には、兄とパルマが揃うと思うので……とりあえず、そこから行動開始ですね。

 今朝のお薬と今まで処方された処方箋の確保だけしておいてくださいね」

「用意しておこう。そなた、薬なんてわかるのか?」

「一応、師匠がいますから、わかりますよ!

 それに、歩く図書館もありますし、司書見習いも揃う予定なのでばっちりです!」

「それは、一体何なんだ……?」

「兄とパルマのことです。最近ある人物を見て、そんな風に思ったので」



 相変わらずおかしなことをいうなと殿下は笑う。

 心配で夜も眠れない上に、王族であり王太子であるが故の激務をこなしているのだ。

 殿下の方が倒れないか、気がかりになる。



「殿下も1本飲んでおいてください!

 シルキー様が治っても、殿下が倒れたら元の子もないですからね!」

「あぁ、ありがとう、いただこう!」



 私たちと同じように試験管の中の解毒剤を飲んだ。

 私仕様になっているので、少し甘いのだが、殿下には甘すぎたようで変な顔をしているのである。

 久しぶりに会った幼馴染の変わらぬ姿に、私はホッとしたのであった。

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