第304話 アンバー公爵でございます

 兄に連れられ、トワイスのお城へと向かう。

 一応、兄は殿下付きの役職持ちになっているのでお城に入るのは顔パスである。

 それでも、馬車の中の確認は必要なので、馬車の中を門兵が覗いた。



「あっ!アンナリーゼ様ではありませんか?

 お久しぶりです!こちらに帰ってきていらしたのですね?」

「えぇ、久しぶりね!いつも私をこそっと通してくれてありがとう!」

「いえいえ、僕たちもアンナリーゼ様に会うのが楽しみで、門兵の順番を取り合いしたもんですよ!」



 目の前の門兵は、お城に通う私を顔パスで通してくれていた人だった。

 まぁ、陛下か殿下からおふれは回っていたのだろうが、1番顔を合わせていた門兵だったので、このタイミングで顔を合わせられることが嬉しかった。



「どうぞ、何も問題はございません!」



 門兵にお礼を言い、正面玄関に馬車を付けてもらった。

 今、お昼を過ぎたばかりで、城の中は政務やなんやで文官たちが歩き回っている。

 活気あるお城に一歩足を踏み入れると、まるでお城の夜会にでも行くような気分だ。

 なんせ、着ているドレスも正装をしているのであるからして……かなり豪勢で見栄えある青紫薔薇のドレスだった。



「アンナ……そのドレス、夜会にでも行くようなものですごいな?」

「えぇ、ナタリーが私のために作ってくれたのです。

 私の二つ名の通り、青紫薔薇をあしらっているのですよ!

 こういったところでは、きちんとした服装で行ってもらわないと困るとナタリーにもデリアにも

 叱られていますから……

 私自体がアンバー領の広告塔だから、目立ちなさいということらしいです。

 目立っているかしら?」

「あぁ……目立っているぞ?みんな、アンナを見てる」

「お兄様、しっかりエスコートしてくださいね!

 悪目立ちしたいわけでは、決してないので!

 できれば、お兄様でなく、ハリーにエスコートされたいそんな気分です……」

「悪かったね……ヘンリーは今忙しいから、僕で我慢して。

 それに、僕もエリザベスに相当鍛えてもらったんだから……ダンスじゃなければお役はいくらでも

 できるよ!」



 そういって、兄は私をそっとエスコートしてくれる。

 うん、確かに……トワイスを出る前よりだいぶ良くなっている。

 エリザベス義姉が頑張った証拠だと、頷いた。




 ◇◆◇◆◇




「殿下、こんなときに長らく休暇をいただきまして、大変申し訳ございませんでした」



 深々と殿下に頭を下げる兄。

 私は妹として来ているのであれば、兄に倣うのが正解だろう。

 ただし、私は今、青紫薔薇のドレスを着ている。

 すなわち、アンバー公爵として、トワイス国の王太子の前にいるのである。

 兄に倣うこともせず横に立ちっぱなしである殿下を見つめていた。


 殿下は、見るからに疲れていた。

 シルキー様を大事にしていることは、兄からもハリーからの手紙も知らされていた。

 だから、何もできずにいる今が、辛いのだろう。

 こちらも見ないまま、兄に返事をしていた。



「殿下、お久しぶりでございます。アンナリーゼが、殿下に拝謁させていただきます」



 次の瞬間、はじかれたように殿下はこっちを見た。

 トワイスにいるはずもない、私がいることに驚いている。



「なぜ、アンナが……サシャ……呼んでくれたのか?」

「えぇ、兄に呼ばれて来ました。

 殿下、シルキー様に会わせてください!」

「あぁ、構わない……一緒に……と、そなた、えらく豪奢なドレスだな?」

「私、今日は、殿下とシルキー様の友人として来ただけのではありません。

 ローズディア公国アンバー公爵として、シルキー様を助けにきました!」



 ニッコリ、殿下に向けて笑うと殿下は仰け反った。

 まぁ、そうだろう……また、えらいことになっているのか……?と頭を抱えている。

 お疲れのところごめんね……私も売れる恩は最大限に売ってこいって言われているのから……しっかりちゃっかり最高高値で私の恩を買ってもらうしかない。



「アンナ……公爵ってどういうことだ?冗談だよな?」

「いえ、私がアンバー公爵でこざいます。先日拝命いたしました。

 それは……後でよくないですか?

 私、シルキー様には、毒が盛られていると思うのです。だから、その解毒薬を持ってきました。

 今から、私は、トワイス国王太子に対し、アンバー公爵として、私ができうる限りの最大限の恩を

 売ろうと思うのですけど、殿下は、最高値で私の恩を買ってくださいますか?」



 ポカンとする兄。

 頭に手をやり押さえている殿下。

 見覚えある光景が懐かしい。

 いつもなら、ここにハリーもいて、アンナ!と叱ってくれていただろう……



「そなた……相変わらずだな?」

「えぇ、相変わらずですし、あの頃よりずっと強かになりましたよ?

 アンバー領民の命を預かる立場になりましたから!」

「わかった、いい値で買ってやる!」

「で……殿下!妹の戯言……」



 今さっき、アンバー公爵としてって言ったばかりなのに、妹の戯言というか……この兄は。

 せっかく褒めてあげようと思っていたのに、まだまだ、兄は社交界の最上位の礼儀作法にまで届いていないようで残念だ。

 キッと睨んだあと、私は兄に見せたことのないような笑みを浮かべる。

 それを見た兄は、怖いものを見たかのように固まってしまった。



 夜会で咲くどの華よりも華麗に、人を寄せ付けない程美しく妖艶に禍々しく毒華のように微笑む。



「フレイゼン侯爵、言葉が過ぎます。

 公爵である私が、何故、このような場所で戯言など言わなければならないのです?

 先ほども言ったはずです。アンバー公爵として、シルキー様を助けにきたと。

 そこをはき違えてはいけません。

 私は、貴方の妹であるのは事実ですが、ローズディアを代表する公爵。

 公や公世子様の次に上位者に当たるのですよ?

 少しくらい、上位者である私を敬い畏れてもいいと思うのですけど!」

「あ……いや、その……アンナ……悪かった」

「悪かった?悪かったでいいのですか?国交問題に発展させましょうか?」

「アンナ、さすがにそれは困るから、やめてくれ!」



 次は、王太子を睨む。

 ぐっと言って息を飲んでいる。



「殿下、私を諫めるのでなく、まず、フレイゼン侯爵を窘めることが先決です。

 そのあと、私のご機嫌取りをするのがセオリーだと思いますけど?いかがですか?」

「あぁ、そうであるな。さ……フレイゼン侯爵、まずは、アンバー公爵に謝罪を」

「はい……殿下。アンバー公爵様、大変、失礼なことを申しました。申し訳ございません……」



 私は、お得意のナタリーのセンスをバサッと開く。

 その様子を二人が固唾を飲んで見ている。



 そのセンスで顔を隠し、ふぅと息を吐いたのち、また、公爵の顔になる。



「謝罪、受け取りましたわ。

 これに懲りたら、お兄様も上位者への対応を少し考えた方がよろしくてよ!」



 兄に向けて笑いかけると……アンナって怖いんだね……と呟いている。

 どういうわけか殿下も頷いているんだが……殿下は、私より上位者になるのだから、怖がる必要はないのになぁとぼやく。



「アンナ、向こうでもそんな感じなのか?」

「そんな感じと言いますと?」

「いや……そのなっていうか……ジョージア殿が気の毒っていうか……」

「どういう意味ですか!ジョージア様には、優しいですよ!私。

 友人たちとも変わらず楽しく執務をしていますよ!」

「友人たちと執務……?それなら、いいのだが……」

「で、アンナ、殿下にどんな恩を売るつもりできたんだ?」

「決まっているじゃないですか!万能解毒剤をお渡しします」



 兄が持たされていた箱を指さし、あれですよ!っと微笑む。

 そこそこの大きな箱だったので、殿下も頷いている。



「見返りは?」

「ハニーアンバー店の後ろ盾をお願いします」

「ハニーアンバー店?なんだ?」

「私のお店です。ありますよね?確か王室御用達の看板。

 あれ、ください!あと、出資してください!それも、長期的にたくさん」

「御用達は……」

「ください。シルキー様の命に比べたら、御用達の看板くらいなんですか?

 殿下からしたら、ただの看板でしょ?

 ハリーに言えばいいですか?私からお手紙書いて送っておきましょうか?

 これ、置いたらすぐ帰らないといけないので……

 私、領地改革しないといけないので、意外と忙しいのです。

 でも、シルキー様のために、妊婦で、今、あんまり遠出しちゃいけない体をおしてまで来ているん

 ですからね!看板のひとつくらい、やっすいもんじゃないですか!

 ちなみに、ハニーアンバーは私のお店って言いましたけど、実際は、公爵が後ろ盾しているお店です。

 いわば、公爵領全体が1つの商店ですからね!

 看板くれたら、欲しいものはなるべくいい品質のものを安く提供させていただきますよ!

 例えば、葡萄酒とか、あるいは、この解毒剤とか。

 どうですか?今なら、破格の値段だと思うんですけどね……?

 なんせ、発足して1ヶ月も経ってない新参ものですし、他には流していない情報なので、今なら懇意に

 するのもしやすいと思いますよ!」



 殿下も兄も私にあっけに取られてポカンとしていた。

 うん、最大限の恩ってどうやって売ればいいのかわからなかったから……とりあえず、お店の宣伝と王家御用達看板をくれるように言ってみたのだが……どうだろう?

 ポカンとした殿下を眺めていると、暗かった殿下が笑いだす。それも、腹を抱えて。

 まぁ、多少、殿下の心は少し軽くできただろうか?



「……ははははは……アンナは、ちっとも変ってないな!

 さっきの雰囲気のときは、ヒヤヒヤしたが……おかえり、アンナ!」

「……ただいま?殿下」



 よくわからないが、おかえりって言われたのでただいまと返しておいた。

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