第290話 生誕祭は3度おいしい

 あれから私たちは夜中近くまで続いた内職にげんなりしながら、領地に散っていく料理人と食材を順番に見送る。


 昨夜から移動を始めてくれている料理人たちもいて、今日というイベントを領地全体で待ち望んでくれているかのようで嬉しい。


 早いものね……もう、1年が経ったというのだ。

 色々あって、濃い1年だったなぁ……と思いにふけるが、小さかったジョーがほてほてと歩くことができるようになっていることが、何より感慨深い。


 やっぱり、レオやミアと一緒にいる時間が増えたおかげか、甘えることなく歩いたり立ったりの練習を自分でしている。

 まだ、コロンと転がってしまう日もあるのだが、それさえレオやミアが面倒を見てくれているようで、泣かなくなった。

 子どもって……子ども同士の方が、成長が早いのかしら?

 なんだか、レオやミアに取られてしまったようで少し寂しい気持ちになる。

 でも、最初に呼んでくれるのはやっぱり私で、呼ばれると嬉しい。


 ちなみに、ジョーが1番最初に話した言葉は、まんまかママであった!

 どっちかわからなかったので……やや優勢でママにしている。


 さすがにほったらかしにしてたことも多かったので……ママと呼ばれてホッとした。

 えらいぞ!とかなり褒めたら、わけもわからず喜んでいた。

 この辺は、私に似ているのだろう。

 ふむふむ。褒めて伸びる子ね!私は、ちゃんと覚えておく。


 次こそは、パパだと意気込んでいたジョージアには内緒だが、先日、ウィルとしゃべったのだ。

 領地に来てからだったので、ジョージアに極秘事項にした。


 ウィルを呼ぶその呼び方も、まぁ、舌ったらずでかわいらしい。

 ふぃりゅなのだ。

 最初、何か話したけど、何を話したのかわからなくてみなでお互いの顔を見合わせた。

 手を伸ばしてふぃりゅふぃりゅと呼んでいる先にウィルがいたので、みんながあぁと納得したのである。


 ジョージアが頑張っていたことを考えて、黙っておくことにし、パパという言葉をジョージアが来るまでに教えることにした。

 もちろん、ウィル以外がだ。

 間違っても、ウィルをパパと呼ぶと……とてもまずい気がする。



「ねぇ?ウィル」

「何、姫さん」

「うちにお婿に来る?」

「はぁ?誰の……あぁ、ジョーのか?」



 私は、ジョーを抱きながら力強く頷く。

 するとウィルは苦笑いをしながら、ジョーの頬っぺたをつついている。



「冗談は、なしにしようぜ!俺、伯爵だし、お婿って感じじゃないじゃん?」

「いや、いいと思うよ?なんせ、生まれてこの方、ずっと、ウィル大好きだし」

「言っておくけど、姫さん。俺と姫さんは同い年。

 例えば、ジョーの学園卒業後に結婚として、あと17年あるんだぜ?

 俺、40前のおっさんな?姫さんはおばさんね!」



 ん?今、私のことおばさんって言った?

 ムカっとしたので、ウィルの腕を小突く。思いっきり!



「いってっ!いてぇーよ!姫さん!それに、どう考えてもおかしいじゃん!」

「大丈夫よ!義姉のエリザベスなんて、20も離れた伯爵と爵位落としての政略結婚

 させられるところだったんだから。

 ウィルは、公爵の配偶者ってことで2つも格上げよ!」



 あぁ、そうか、格上げか……まんざらでもなさそうにしているが、断るだろう。

 私が義母で、ジョージアが義父であるのだ。

 こんなやりにくい家族があってたまるか!って話であろうし……まず、ジョージアがうんと言わないだろう。

 可愛がりすぎているので……そのうち、嫌われると思う。

 そろそろ、過剰可愛がりは、抑えるように忠告しないと、お互い可哀想なことになりかねない。



「まぁ、17年もすりゃあ、好みも変わるし、出会う人によって考え方も変わる

 から、いつまでもって話じゃないんじゃない?

 それに姫さんが、義母って最悪……一生頭上がらないじゃん。

 ジョージア様見てるからさ……さすがに俺の人生、それは嫌だわ。

 でも、ジョージア様が義父っていうのも、怖いな……

 将来の婿は、別居推進だよ!本気で。

 ジョーの婿取りは、絶対難しいと思うぜ?

 今から、王子の一人や二人、姫さんが誑し込んどいたらいいんじゃない?

 幼馴染の子どもなら、トワイスからでも来てくれるだろ?」

「そっか。それもそうだけどさ……自分で決めてほしいわ!

 じぁさ、ウィルのお嫁さんになりたい!って、もし、もしもよ?ジョーが

 言ったら、パパのお嫁さんになりたいって言ってあげてって言ってくれると

 助かる」

「あぁ、俺も助かる。そんなところ目撃されたら……ジョージア様に殺される。

 姫さんと話してるだけで……射殺されそうなんだから、俺、姫さんちの家族

 怖いよ?」



 馬鹿な話をしているとそれを聞いていたセバスとナタリー、デリアがおかしそうに笑っている。



 どこもおかしなところはなかったはずだ。

 でも、私たちの話は容易に想像できてしまったから、それを思い浮かべて笑っているのだろう。

 そして、みんなが笑っているので、ジョーも上機嫌で笑っている。



「さて、町にでましょうか?ジョー、アンバーの領地へようこそ。

 あなたの遊び場でもあるのよ!いっぱい遊ぼうね!」

「いや、いっぱい遊んだら……姫さんみたいなアホの子になるから、ダメだろ?」

「失礼ね!私は、アホ……ではあるけど、遊び担当です!」



 えっへんと胸を張ると、どういうこと?と三人が顔を見合わせている。

 私は1本ずつ指折りしながら、話を続ける。

 ジョーは、私の手をしっかり握りながら、ゆっくりほてほてバランスを取りながら歩いている。

 それに合わせるかのように私もみんなもゆっくり歩く。



「セバスが勉強を教えるでしょ?ウィルが剣術教えてくれるでしょ?ナタリーが

 淑女教育をしてくれるわけよ!」

「そして、私は、逃げる大きなアンナ様と小さなジョー様を追いかけまわして、

 執務室に縛りつけないといけないっていうことですね!」



 デリアが、三人の後ろからついてきていたようで、ウィルの後ろから声が聞こえた。

 私は、うぐっっとなりながら、そぉーっと視線を前に戻して、ジョーを抱きかかえスタスタと歩き始める。



「姫さん、デリアから逃げても無駄!逃げなきゃいいんじゃん!

 まぁ、姫さんの性格からしたら、こんなわくわくするような領地で部屋に閉じ

 こもっているなんて到底無理だろうけどさ」



 ウィルもデリアも私のことをよくわかっているようで、その言葉が、胸にささる。

 グサッと奥深くに。これは、抜けそうにない。



 まさに、そうなのだ……領地の方が、私は肌に合う。

 町娘が着るような服を着て、ふらふらと歩き回ったり、レナンテを駆って領地を走り回りたい。

 風が心地いいし、空気もいいし、人も気に入っている。

 私がこうなのだから、きっと、ジョーも一緒だろう。

 領地に来るととてもご機嫌なのだから……

 やっぱり、見た目はジョージア、中身は私に似たようだ。

 これは、容姿がずば抜けていいので、私以上のとんでもじゃじゃ馬になるに違いない。



 町に着いたら、生誕祭の準備が始まっていてあちこちで食べ物のいい匂いがする。

 まだ、小さいジョーは、この人だかりの驚いて泣いてしまった。


 おかげで、みんながこっちを見ることになり、私は領民に手を振る。

 見覚えのある私、ウィル、セバスがいることに喜び、いつの間にか領民に囲まれてしまった。

 さすがに人がたくさん寄ってきたので、ジョーは怯えているので宥める。


 私の抱いている子どもに興味があるのか覗き込んでくるので、さらに泣きわめく。



「姫さん、俺、変わるよ」



 ウィルに渡すと、背の高いウィルに肩車をしてもらっている。

 すると視線は感じるが、目線が上になったことで怖さがなくなったようでジョーの機嫌がよくなった。



「何々?アンナちゃんとウィルさんの子ども?可愛いわね?領主様の子どもも、

 今日1歳になるって言ってたから同じくらいかしら?」

「おばさん、俺、独身……」

「あぁ、そうなの?アンナちゃんの旦那だと思ってたわよ!

 ウィルってアンナちゃんに甲斐甲斐しく寄り添っているから!」



 おばさん……それ、ジョージア様がいるとき言っちゃだめよ?と心の中で呟きながら、曖昧に笑っておく。



「おばさん、それ、姫さんの旦那の前で言わない方がいいよ!」



 ウィルがおばさんにこそっと忠告している。

 まぁ、ウィルは自分の身可愛さに言っているのだろう。

 ジョージアは、領民の笑い話なら、笑って……流す……?だろう!

 あとで、ちゃんと慰めておいてあげれば……問題は起こらないはずだ。



 そして、私は、遠くまで通るように少し大きな声を出す。



「今日は、領主の子どもの誕生日を一緒に祝ってくれてありがとう!!

 領主から直接みんなに言えるといいんだけど……難しいから、お礼の気持ちで

 お菓子を配るからここに並んで並んで!!

 1人1つあるから、急がなくていいよ!

 あと、セバスからお願いごとがあるから、そっちも聞いてくれるかしら?」



 なんだなんだと、わらわらと人が寄ってきた。

 よしよし、しめたもんだね。

 私は、昨日作ったクッキーを手に持ち、準備を始める。


 私の隣に机を置き、そこにセバス、ナタリー、あとお掃除隊の字が書ける人を5人並べる。



「家族の人数を言ってちょうだい。

 私が人数分を渡すから、その後セバスたちの前に行ってくれるかしら。

 家族の人数と名前、職業など答えてほしいの。協力してくれるかしら?」

「「「いいよー!」」」

「「「何したらいいのぉ?」」」

「あと、クッキーの入っている袋は後で回収します!おいしかった味のクッキーに

 投票してね!!」



 それぞれ私の説明に応えてくれ、作業は進む。

 我ながら、1度で2度おいしい戦法はかなり好きだ!

 これで、私は生誕祭用のクッキーが配れるし、セバスとイチアは住民把握ができるし、ビルとテクトとユービスは、職業確認ができる。

 おっと、3度おいしいことになっているので、私は、ニコニコとクッキーを配るのであった。


 クッキーを配ると、誰からともなく私におめでとうと言ってくれる領民たち。

 後ろにジョーもいたため、本当に一人一人に誕生日を祝ってもらっているようで、私はとても嬉しかった。

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