第261話 もう一つの選択

 公爵本宅では、小さなお客とその母親が訪れていた。

 子どもたちは、いつものように玄関ホールを横切り、ディルへ挨拶をしに来て、その後ろを母親がついて行く。




「ディル、おはようございます。アンナ様とジョー様はどちらですか?」




 ディルという執事にきちんと挨拶をしている二人を見て、リアンは驚いていた。

 兄妹には貴族として教育らしい教育は、受けさせていないからである。

 この兄妹も生きるために、ちゃんと自分たちで処世術を学んでいたのだが、母親にその姿を今まで見せないでいただけである。



 ダドリー男爵家の第三夫人であるリアンは、元々は男爵家のメイドであった。

 旦那様の暇つぶしの相手であったのだ。


 そして、ダドリー男爵には、男の子が生まれにくかった。

 レオノーラを生んだことにより、リアンは、第三夫人となったのだが、兄妹を産んだあと奥様に嫌われており夫人とは名ばかりで特に生活は改善されることはなかった。

 母子三人が、小さな倉庫の様なところへ押し込められ、食事もまともに頂くことのできない生活を続けていた。



 ある日、レオノーラが、マドレーヌの入ったかごを持って帰ってきた。

 次の日は、ミレディアが、かごにサンドイッチを持って帰ってくる。

 二日続けて食べ物を持ち帰ってきた兄妹にどこで手に入れたか確認をしたのだ。



「アンバー公爵家で頂きました。

 母上にも食べていただくようにとアンナ様が用意してくれたのです。

 一緒にいただきましょう!」



 子どもたちは無邪気に貰ったと言っているが、この前会ったアンナ様って公爵夫人よね……?

 何故、この子たちが通っているのか混乱する。



「ジョー様って言ってね、赤ちゃんがいるの!

 とっても可愛らしいの!」



 興奮気味にミレディアが話し始める。

 アンナ様に出会った次の日、初めてアンバー公爵家へ二人でこっそり行ったらしい。

 確か、旦那様の娘のソフィア様がアンバー公爵家の第二夫人としていらっしゃったはずだ。

 息子が生まれたと聞いていたから、その子と遊んできたのだろうと思ったが、アンナ様とはっきり言っている兄妹に、私は頭が痛くなってきた。



 貴族社会に疎いリアンではあるが、この公国でアンバー公爵家は、貴族の筆頭であることは知っている。

 ダドリー男爵家なぞ、貴族の裾野である。

 子どもたちが言うアンナ様とは、先日公爵夫人だと名乗ったアンナリーゼで間違いないだろう。

 アンナリーゼに先日言われたことを思い浮かべる。




「リアン、男爵と離婚しない?

 私、あなたを含めて、三人とも欲しくなったの!

 あの子たちが生き残るために私の手を取るのか、男爵たちと最後を共にするのか……

 私、男爵家を潰します!」



 リアンは、アンナによって生きるための選択を迫られていた。

 兄妹を気に入ったから、私も含めてアンナが面倒を見てくれるという。

 ただのメイドである私を欲しいと求めてくれる。

 今の生活を顧みると、公爵家の侍女という仕事を与えてくれるという破格の条件なのだ。



 レオもミアも先日、少しあっただけのアンナリーゼをどうしてかとても慕っている。



「母上、アンナ様からお手紙を預かってきたよ!

 できれば、二人で母上の説得してほしいって言われてるんだけど……

 父上と離婚して、親子三人、アンバー公爵領地で生活しないかって。

 アンナ様やジョー様、使用人たちのことは知っているけど、領地のことまでは

 知らないから、こことあまり変わらないかもしれないけど、ここにいるよりかは

 僕たちもご飯がいっぱい食べられると思うんだ。

 アンナ様は、もし、母上も含めジョー様に仕えてくれることを選択してくれたら、

 三人の衣食住?は、きちんと整えてくれると言ってたよ。

 15歳からの学園についても直接後ろ盾になれないけど、必ず通えるようにすると

 いってたし、ミアが学園を卒業するまでは庇護下?としてくれるって言ってたよ?

 僕たちは、二人ともジョー様の側にいたいんだけど……

 もし、母上がアンナ様を信じられない、このままの生活がしたいと言うなら、

 それでも構わない。

 僕たち、アンナ様のところで一緒に生活するから!」



 子どもにここまで言わせるアンナリーゼとは、どういう人物なのだろう?

 先日の発言から、あまり貴族らしく建前を言うのが得意ではなさそうだし、男爵家を潰すと言っていたから、過激な方なのだろう……

 たしか、ソフィア様は、別宅での生活を余儀なくされていると聞いているので、子どもたちが体よく騙されているような気さえする。



 レオは、ありったけの言葉で訴えかけ、自分たちの想いを私に話してくれた。

 ミアも困り顔をしながら、私の手をギュッと握っていきた。

 私も、そんなこの子たちに応えるべきだろう。



「公爵家でたくさん手厚く対応してもらっているのね……

 レオとミアが、アンバー公爵様のご子息の側に仕えたいと思っていることも、母さんは、

 知らなかったわ……

 私は……私は、男爵家にいる限り今の状況は変わることはないでしょう……

 それなら、あなたたちが生きやすいようにしてあげたい。

 ついていくわ、二人に。

 私が、重荷になってしまうかもしれないけど……

 私の様なものが、アンナ様を頼っても大丈夫かしら……?」



 涙をにじませながら、リアンは思案する。



「母上、もちろん大丈夫ですよ!

 アンナ様は、きちんと私たちの選択を受け入れてくれるよ。

 私とお兄様でお役目もきちんとこなしますから、心配いらないよ。

 それより、母上は、領地に行ったら働かないといけないとアンナ様がいってたけど、

 大丈夫?」



 心配そうにミアは、リアンを覗き込む。

 レオも同じく心配している。



「大丈夫よ!元々メイドですもの。そういう仕事なら任せておいて!

 頑張るわ!ここにいて、何もしないよりずっと未来は明るいわ!!」



 明るくふるまう私は、カラ元気なのが自分でもわかる。

 でも、前向きに考えてくれているようでよかったと兄妹は胸をなでおろしていた。



 昨夜のことを思い出す。


 ディルに先導された親子三人は、アンナとジョーがいる部屋に通される。

 昨日一昨日通された客間ではなく、応接室に通されたそうだ。




「ようこそ、リアン。

 私のわがままにも関わらず、よく来てくれました。ありがとう!」



 応接室に入ってすぐに、私はレオとミアを歓迎する。

 後ろにおずおずとついてきたリアンもにこやかに迎えた。



「先日ぶりでございます、アンナリーゼ様。本日は、お招きいただきありがとう存じます」



 緊張のためか、顔がこわばっているリアンを私は見つめている。

 ここ数日、兄妹に何かしら食べる物を持たせて帰っていたためか、初めて会ったときより多少の顔色は良くなっている。

 しっかり食事を取れていない様子は顕著であった。



「いえいえ、こちらこそ来ていただき感謝しているわ」



 挨拶はそこそこにし、ソファに座るよう促す。

 子どもたちは慣れた様子でいるが、リアンは落ち着きない様な気がする。



「では、さっそくなのだけど……

 レオ、一昨日の課題について、残りの回答を頂けるかしら?」



 リアンがここにいるのだ、私には勝算があった。

 にっこり笑うとレオが返事をくれる。



「はい、アンナ様。課題の答えですが、親子ともどもお願いしたいと存じます」

「そう、わかったわ!

 今すぐ、手配しましょう。

 リアンは、この選択に後悔しませんか?

 私の庇護下に入っていただきますが、それなりの労働の対価は必要になってきます。

 大丈夫かしら?」



 レオの回答に満足しながら、リアンの気持ちもちゃんと決まったか確認をする。



「アンナリーゼ様、お気づかいありがとう存じます。

 私は、元々メイドとして男爵家で勤めていました。

 メイドの様なお仕事であれば、喜んで働かせていただきます!」



 リアンの言葉を聞いた私は大きく頷く。



「わかりました。

 仕事ね、実はもう決めてあるのです。

 今度公爵領にとっても大事な友人を招くことになったの。

 その方のお世話をお願いしたいの!

 あとね、学校と併設に保育園を作る予定があるの。

 そこで子どもたちを見てほしいかなと……

 リアン以外にも、何名か雇うつもりだけど、子育てをしたことない新米ママさん

 とかもいるから、その人たちも教育してくれると助かるわ。

 住む場所は、しばらくは、領地の屋敷でその後、保育園なのだけど、大丈夫かしら?」



 すでに仕事を決めていたことを言うとリアンに驚ろかれる。



「あの……アンナリーゼ様。

 大変ありがたいお言葉なのですが、その仕事、私で務まるでしょうか……?」



 不安げに尋ねてくるリアンに私は微笑む。



「大丈夫ですよ!

 リアンが、子ども好きなのはリサーチ済みですからね!

 しっかり躾けてください。

 あっ!躾と評して、暴力はダメだからね!

 レオやミアと同等の愛情を注いであげてほしいの!

 予定では、その保育園の子たちを、学校に通わせるつもりでいるのよ!

 将来ジョーの側近としてあてがう子もいるのでしっかり教育してくださいね!」



 その話をしただけで、リアンは、重要な役をつけられたような気持になり、背筋が伸びているようだ。



「あと、申し訳ないんだけど、レオとミアはこちらで預からせてほしいのだけど?

 ジョーの競争相手として常に向上心のある兄妹がいるとうちの子も頑張れるから、

 ダメかしら?」



 レオとミアは、私の提案を聞き、リアンの顔をみて誇らしげにしている。



「お手数をかけますが、よろしくお願いします。

 厚かまし話ですが、将来学園で学ぶことができるとお聞きしています。

 それも本当でしょうか……子どもの幸せを願わずにはいられないので……」

「厚かましいなんてとんでもないよ!

 こちらが、頼んでいるのですもの。

 もちろん、学園への入学は全力で支援させてもらうわ!

 もろもろのことについては、旦那様が動いてくれるので詳細はわかりかねるのですが、

 きっと大丈夫です。

 変なことしようものなら締めますので!」



 ほほほと笑う。

 そんな私を見て、リアンは何かを悟ったようでキランと目が光った。




「離婚については、申し訳ないけど、男爵様に伝えるところまで、リアンがして頂戴。

 後々のことは、こちらで手を打つから心配は無用です。

 リアン、私は、あなたが必要です。

 兄妹含めて、私たち親子に力をかしていただけませんか?」



 優しく協力要請をすれば、嫌とはいえないだろう。

 私は、今、リアンが欲しい言葉をきちんと言えただろうか?

 この決断をしてくれたということが、信頼してくれたという答えだろう。

 私は完全勝利までのカウントダウンを進めて行くことになった。

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