第240話 決戦日

 今日は、ジョージアに領地へ赴くこと、それと領地代行権が欲しいことを報告するために筆頭執事のディルを伴って別宅へ行くことになっている。



 私は、耳元に赤く輝くルビーの薔薇をそっと指先でなでる。




「私に力を貸してちょうだい。

 ジョーが幸せをつかむために、どうか……」




 決戦日だ。

 勝利を呼ぶ石と呼ばれるルビーは、私に力を貸してくれるだろうか?




 部屋がノックされ入出の許可を出すとディルが迎えに来てくれた。




「アンナリーゼ様、そろそろ向かいましょうか?」

「えぇ、ディル。今日は、お願いね!」

「こちらこそ、どうか、ご無理だけはしないでください」




 先日、倒れたのを知っているディルに心配される。

 私は、その言葉に曖昧に笑って別宅へ向かう馬車に乗り込む。




 初めて訪れることになる別宅に緊張してしまう。




 別宅を訪ねるとあからさまに嫌な顔をした執事が、要件を訪ねてくる。

 この執事は、男爵家の元使用人であったそうだ。

 今は公爵に雇われているからと、身分を弁えず主人の第一夫人である私に対し、態度がとても悪い。


 幸いディルが先行していたため、私の前に立ち態度の悪い執事をあしらっている。

 さすがは、筆頭である。




「控えなさい!

 第一夫人であるアンナリーゼ様が、この公爵家で入れない場所はございません。

 そして、私はあなたより上位である筆頭。

 たかだか男爵家に仕えていたくらいでは、公爵家ではやっていけませんよ!

 そこをどきなさい!!」




 ディルが言い放つと苦々しそうに顔を歪め執事は、私達にしぶしぶ道をあける。




 コンコンとディルが、別宅の執務室のドアをノックすると、ジョージアのどうぞと声がかかった。


 私が行くとは、ジョージアとの約束はしていなかったため、ディルについて別宅の執務室に急きょ乗り込んだという体で部屋に入る。




「失礼します、ジョージア様。

 お約束はございませんが、私、今日はお願いが2つあってきました」




 ディルにドアの開閉をしてもらい部屋に入った私は、にっこり笑ってジョージアに挨拶をする。



 遅れて、別宅の執事も部屋に滑り込んで来たため、ディルは、そちらを睨んでいた。



 ディル……怖いよ……言葉にはせずに、心の中で呟く。

 だって、射殺せそうなくらい鋭い視線に別宅の執事は、よっぽどの鈍感でなければ、気が気じゃないはずだ。

 全く、殺気を消そうともしていないディルは、ナタリーと同様、とても怖い。




 そして、私がジョージアの顔を見れば、さすがに嫌そうにしているジョージア。

 それを隠そうともしないのは夫婦ゆえか、相手にしたくないからなのかどちらだろうと考え、後者だろうなと私は考えていた。




「アンナリーゼ、君か。一体なんの用だ?」




 イライラとしたとげのある声でジョージアは、私に話しかける。

 ニコニコと微笑みながら、お願いの前にさっきの頭の中に考えたことをぶつけてみることにする。




「ジョージア様、その嫌そうな顔は、夫婦ゆえに隠そうとしないのか、相手にしたくない

 からなのか、どちらでしょうか?」




 私にそう問い掛けられて、ジョージアは何故かはっとしている。




「あぁ……いや、そんな態度を取ってしまっていたのか……すまない。

 もし、そう感じているのであれば、夫婦ゆえであろう。

 一時でも心通わせたもの同士なのだから、他の貴族に比べれば気も緩む……」




 ふーんと私は、思いながら関心なくそうですかと答えておく。




「アンナリーゼ、話があるんだろう。座りなさい」




 変な問い掛けに焦ったのか、先ほどより口調が柔らかくなり、話を変えるために私に席を勧める。

 いつもと違う私を感じたのだろうか?

 対応が、少々違う。

 勧められた応接セットのソファにゆったり余裕があるように座って、ジョージアが同じ席に着くのを待つ。





「話しとは、一体どんなことだ?

 お金が欲しいのか、何か欲しいのであれば、ディルに頼めばいいだろう?

 俺は、領地のことで忙しいのだが……」




 席についたジョージアのトロっとした蜂蜜色の瞳をじっくり見た。

 ジョーと同じ蜂蜜色である。

 いつ見てもジョージアの瞳は、綺麗だとなと思いつつ、微笑んでみる。




「ジョージア様の瞳は、蜂蜜色で、いつ見てもとても綺麗ですね。

 私のジョーも蜂蜜色の瞳なのですよ。

 トロっとした蜂蜜色は、それはそれは美しいです。

 あなたそっくりの艶のある銀髪は、今はわけあって短く切りそろえていますが、

 年頃になれば、多くの人を引き付けるでしょう。

 私が、あなたに惹かれたように……」




 うっとりした声を出し、ジョージアにジョーの話をする。

 そういえば、ジョージアとは、ジョーの話などしたことがなかったなと今更ながら思った。私は、ジョーと毎日一緒にいるから当たり前であったが、父親そっくりの容姿で生まれた自分の娘の話など、聞いたことがなかったジョージアは困惑していた。




「…………そなたの子どもは、そなたそっくりのストロベリーピンクの髪にアメジストの

 ような瞳であると報告を受けていたが……?」




 ん?と、私は小首をかしげる。

 一体どこをどうとったら、私のジョーはそんな子になったのだろうか。

 私の子どもは、生まれてからずっと、ジョージアと瓜二つなのだ。

 少しくらい私に似てもいいのにといつも嫉妬してしまうくらいにわ。



 沈黙が続く中、途切れてしまった会話を再会させようと口を開こうとしているジョージアを私はひたすら待っていた。




「……俺は、そなたとの子どもは、そなたに似た子どもだとそなたの侍女に言われたよ。

 信じられない……そんな馬鹿なことが……アンバーの瞳だと……?」




 そういってまた、ジョージアは口を閉ざす。

 これは立ち直る、もしくは、整理するには時間がかかるなと思い、こちらからの要望を先にいうことにする。




「ジョーの話は、以上です。

 ジョーを思うなら、今さらジョーに関わらないでください。

 あなたは、ジョーも私も生まれた瞬間に捨てたのですから。

 ジョーは、正当な公爵家次期当主で間違いありませんが、それを認めるも認めないも

 ジョージア様次第です。

 あちらこちらで、ソフィアの子を正当な公爵家次期当主とおっしゃっているようですが、

 アンバーの瞳を持つものがいる今、あなたのおっしゃり様は、このローズディア公国に

 おいて許されないと思います。

 それと、お願いがあるとここに来たときに言いましたが、もうそろそろ申し上げても

 よろしいですか?」




 しっかりなさいませ!と叱り飛ばしたくなるのをぐっと我慢して話を続けることにする。私、えらい!と、心の中で褒めておく。




「私は、公爵家第一夫人でありますが、第二夫人より劣るとローズディア公国の社交界

 では噂されています。

 これもそれもジョージア様の至らない気遣いのお陰でですが……

 この噂は、まぁ、真実なので火消しはできません。

 一応、私はトワイス国侯爵家令嬢であり、この結婚は国同士の政略結婚。

 あまりこの噂、放置していると国同士での諍いに発展するようですね。

 すでに母が、公爵家をつぶしにかかっていますから……」




 少し遠いところを見るようにして話をし始めると、ジョージアは少しずつ顔が青ざめていく。

 ちなみに母は、トワイス国の華である。

 彼女が是であれば是、白であれば黒でも白になるほどの力があるのだそうだ。

 そんなバカなことって思うけど、影の軍師は伊達ではない。

 なんでだろう……うちのお母様って、『本当は女王様説』は、実際真実なのではないかと疑ってしまいたくなる。

 冗談だとは思うけど、父から聞いた話、国王でも逆らえないらしい。

 でも、父のいうことは聞くので、大事には至らないのが幸いだそうだ。

 ジョージア様もその辺の事情は、聞いているのだろうか?


 ただ、本当に潰しにかかっているわけでは、もちろんない。

 そういう噂を流し始めたらしい……と、パルマからの報告書には、書いてあった。

 真実っぽくて……ちょっと怖い話ではあるが、実際は、噂を流している程度なので気にしなくていいとのことだった。




「そこで、相談なのですが……私は、公都の本宅を離れたいと思います」




 その一言に、ジョージアの顔色は、青を通り越し白になった。




「な……何故だ!本宅では不服なのか……?

 俺の不徳の致すところは確かにあるが、それでも……実家に帰るなど……

 言わないでくれ……公爵家が……」




 すがるようにジョージアは、私に詰め寄り、左手を両手でくるむ。

 その手をそっと払い、ふふふと私はおかしそうに笑う。

 笑う私にジョージアは、ビクビクと肩を震わせ払われた手を見ている。




「大丈夫ですか?ジョージア様。

 お顔が真っ白ですわ!

 それに、私が本宅から出れば、ソフィアもさぞ喜ぶのではないですか?

 だって……私は目の上のたんこぶですもの。

 私がいるかぎり、公爵家の実権は握れませんものね。

 どれほど、今まで嫌がらせを受けていたか……

 ジョーを守るのも、本当に骨が折れるのですよ。

 いっそ、ソフィアの心臓を止めて差し上げたい程に、私とジョーの命を狙われる。

 ホント困ったお方ですわね?」




 私は、おもしろそうにふふっと笑いそこまで言うと、ガタガタとジョージアは震えだす。



 何故か。



 それはたった今聞いたジョージアとアンナリーゼの間に生まれた子どもの特徴を聞いたからだ。

 ソフィアとの子どもは1人いるが、ソフィアに似た黒髪に黒の瞳である。

 アンバー公爵家では、次期当主として育てられるのは、蜂蜜色の瞳を持つ者とローズディア公国の法律で決まっているのだ。


 その子どもを亡き者にしようとしている……それは重罪である。

 一族郎党に及ぶ罪となる。



 良くて死刑。

 悪くても死刑。



 どちらに転んでもジョージアの血を引く子ども以外は、ダドリー男爵家のみな死刑にされてしまうのだ。

 それほどに、ジョーの命は、重かった。




「私も私の母には公爵家をつぶす、それが簡単にできてしまうので、ジョージア様も

 お気をつけください」




 そういうと、縛って左側に流しているジョージアの銀髪をそっと梳く。

 私は、そのまま屈んで耳元でそっと囁く。




「ジョージア様は、どうされますか?

 このまま大人しくしていてくれますか?

 それともジョージア様は、私と離婚してハニーローズを手放しますか?

 私としては、どちらでもかまいません。

 あなたのことは、もう……愛していませんから!」




 ジョージアは私を見て、凍りついている。




「……離婚は、絶対しない。

 アンナリーゼからの条件は、無条件にのもう。

 ソフィアに関しては、私自ら監視下に置くことにする……」




 やっと絞り出した声で即決をしたジョージアにありがとう存じますとニコニコと微笑む。私の言葉で凍り付いたのは、ジョージアだけでなく別宅の執事もだったようだ。



 バタン……とドアが閉まる音がした。



 そちらを見ると、ディルが、視線で説明してくれる。




「では、とりあえず、本宅の侍従たちの給金だけください。

 給金は、みなの生活費ですからね!」




 ニコッと笑うと、ジョージアはすぐに渡してくれたので、それをディルに渡して部屋を出るのであった。

 久しぶりに交わした言葉は、実におもしろみも何にもない会話であった。

 ちょっと、脅しすぎたかしら……?

 まぁ、いいかと、ディルと共に本宅へ戻るのである。

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