第237話 こんなことならば……

「さて、迷惑をかけたわ!」

「……いえ……滅相もございません……」



 未だ、先ほどの捕り物に放心しているようで、その言葉は弱々しい。

 そうは言えども、店に入ってすぐに騒ぎを起こしてしまったし、この部屋はホルンの血だまりができてしまっている。

 店員は、震えあがっているし……滅相もないで終わらせるには、なんだか申し訳ない。

 ただ、ただ、私の計画に巻き込まれただけなのだから……




「こんなことなら……セバスを連れてこればよかったわ……」




 私は、独り言ちて、備え付けの椅子に座る。




「あなたも座って頂戴。本当にお話がしたいのよ」




 そういって店主を促すと、私の前に大人しく座ってくれる。




「それでね、まず、あのお金なのだけど、一部換金で一部そのまま預かってもらうことは

 可能かしら?」

「それは可能です。

 ちなみにいかほどご用意させていただいたら……」

「あの延べ棒1本でいくらなの?」

「ざっと、こんなものです」

「なら3本換金して、えーっと……後、何本……あるのかしら?」

「全部で20本預かっておりましたので、17本ありますね」

「じゃあ、そのまま、それは、貸金庫に入れておいてくれる?」

「かしこまりました。

 本日のこのお金はどうなさいますか?」

「持って帰るわ!って、私、何も持ってないのよ……

 しかも、あんなに束では持って帰れないわね。

 5束もらって後は、預かってくれる?また、もらいにくるわ!」

「では、預かり証の手続きをいたします。

 何か、身分証明となるものは、お持ちですけど……」

「これは、ダメよ!国宝だもの……

 こっちのでいいかしら?」




 私は、ディルからもらった短剣を差し出す。




「これは、見事な意匠でございますね!」

「でしょ?私お抱えの宝飾職人が作ったものよ!」

「では、こちらを預かり証とさせていただきます。

 もし、万が一ですが、ご本人様が取りに来れなくなった場合、どうなさいますか?」

「そのときは、子どもに任せることにするわ!」

「かしこまりました。

 お手数ですが、お子様のお名前をここにお願いします」




 私は、言われるがまま手続きをしていく。




「これにて、手続きは終了となります。

 お金の方もご用意できました」

「ありがとう」




 私は、一応中身を確認する。

 ちゃんと、お金は、束になって入っていた。

 その中から1束抜くと、おもむろにテーブルの上に置く。




「これは、今日迷惑をかけた迷惑料よ。

 この部屋も汚しちゃったし、そこにいた店員たちも怖い思いしたでしょ?

 お詫びとは何だけど……お店の人たちへお詫びも兼ねてもらってくれる?」

「いえ、いただけません!

 こちらには、特に被害はありませんでしたから……!」

「そうかしら?私、店先で相当揉めたわよ?

 あなたのお店は、信用第一だもの……その信用を失墜させてしまうような物言いも

 したから、もらってちょうだい」




 しばしの沈黙の後、店主は、遠慮なくいただきますとおさめてくれた。

 これで、とりあえず、この血だまりは綺麗になるだろうし、恐怖を与えてしまった店員たちにもお詫びできるだろう。

 あとは、店主が、私の渡したお金をきちんと還元してくれたらの話にはなるが、きっと、店員たちとの会話を聞いている限りでは、ちゃんと私の意図も組んでくれそうである。




 さてさて、私は、そこから大金を持って、領地へ帰ることにした。

 応急処置しかしていないホルンをヨハンに診てもらうためだ。




「こりゃ、きれいにいってますな!

 お嬢さん、だいぶ、腕上げてるんじゃないか?」

「いえ、まだまだです!」

「え?何?」




 私は、デリアとヨハンが親し気に話をしているのに違和感を覚える。

 いつの間に?と思っていると、ヨハンが私に話してくれた。




「このお嬢さん、アンナリーゼ様の妊娠中に色々勉強したいと言ってきたもので、

 知っている知識で必要そうなものを教えたんですよ。

 ナイフ投げとかは、まぁ、余分だったかなぁ?と思っていたんだが、意外と必要だった

 ということがわかったよ」

「これも、上手にしないと後の処置で本当に命を落とすこともあるそうですよ。

 おかげで、急所となるところと、どこを狙えば効果的かは覚えました!」




 なんだか……この取り合わせ、怖い。

 そんな風に思ったのは、私だけではなかったようで……ウィルがこえぇ……と呟いているのが聞こえた。

 うん、私の感覚、麻痺してない、良かった良かったと心の中で喜んでおく。



 処置が終わると、早速公都の屋敷に向かった。

 デリアは、申し訳ないが2人が抜ける分を補填するために領地に残ってもらった。

 案外、領地でもうまくやっているようで、慕ってくれる侍従が多いようだ。




 馬車に乗り込んだのは、私とホルンとヒラリー夫妻、御者にウィルが座る。




「ホルン、ジョージア様が、領地に来たって本当?」

「えぇ、いらっしゃいました。

 奥様が来ていたかと尋ねられたので、1ヶ月ほど滞在されていましたよと

 お答えしましたが……」

「そう、来ていたのね……どこか出かけたりとかはわかるかしら?」

「そこまでは……ただ、領地を回ったら帰るので、帰りは寄らないとおっしゃってました」




 領地を回るか……

 ジョージアは、今のアンバー領を見て、どう感じたんだろうか?

 昨夜は、一瞬目が合っただけだった。

 8ヶ月ぶりに見たジョージアは、私を見てとても驚いていた。

 次の瞬間には、倒れちゃったから……それ以上の情報はなかったのだけど……それは、仕方がないことだ。



 私はドレスをウィルは正装を着たままなので……どこかによることができなかった。

 仕方がないので、帰りも強行で帰るしかなく、いったり来たりでぐったりだ。




「ただいま戻りました……」

「おかえりなさいませ、アンナリーゼ様」

「うん、さすがに疲れたから、少し休むわね。

 ウィルにも客間が使えるようにしてあげて……

 もうそろそろ、連れて入ってくるから、任せてもいいかしら?」




 出迎えてくれたディルに、お願いをするとウィルを待って自室へまず戻ることにした。




「ウィル、とりあえず、部屋に来て。

 その後、少し休みなさい。

 客間を用意したから……」

「ありがと……さすがに、疲れたわ……

 ディルさん、悪いね」

「いえ、こちらこそ、当家の問題でしたのに、お手伝いいただいて申し訳なく

 思っておる次第です。

 私の監督不行き届きです」

「そんなことないわって言いたいけど、領地の人事もディルの範囲だものね。

 とりあえず、しばらく預かっておいて。

 あと、デリアがナイフ投げちゃってホルンがケガしているから、ヨハンに見てもらった

 けど、後の手当は頼むわ!」




 いきましょうとウィルをせかして、自室へと戻っていく。

 扉を開くと、ジョーの顔が見えた。

 ホッとしたと同時にヘタっと座り込んでしまう。




「姫さん、大丈夫かよ?」

「えぇ、なんだかジョーの顔を見たら安心しちゃって。

 ジョー、セバス、ナタリーただいま!」

「おかえりなさいませ、アンナリーゼ様!」

「どうでした?」

「うん、その話、今からするね!」

「その前にドレスを着替えましょう!」




 ナタリーがくたくたになっている私のドレスを見て、準備をしてくれる。

 その間にセバスがあたたかい紅茶を用意してくれ、ウィルがジョーを抱きかかえている。



 この日常が、一番落ち着く。

 ナタリーに呼ばれ、着替えが終わったころには、泥のように眠りたいくらいであったが、

 報告だけは必要であったため話始める。

 情報共有は、今後のそれぞれが動くにも必要だ。

 私から今日あったことを伝え、他の3人からも夜会での情報を提供してもらう。



 終わるころには、体が言うことをきかないくらい疲れていた。




 しょうがねぇな……そんな声が、遠くで聞こえたが、次の瞬間には、ふわふわのところで寝かせてもらったようで、私はぐっすり眠ってしまったのである。

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