第236話 大物取

「アンナ様、できました」




 馬車の中でデリアに衣装や化粧、髪型を整えてもらい、私は、公爵夫人として体裁を整えた。



 揺れる馬車の中でも、全くもって完璧に作り上げてくれるデリアには感謝しかない。




「それで、どうするのですか?」

「とりあえず、現場を押さえましょう。

 夜会からそのまま来たからアンバーの秘宝もあるし、アンバー公爵家に刃向かうことは、

 流石に信用第一といえど、しないでしょう?」

「かしこまりました。

 私は後ろに控えさせていただきますね。

 御用向きがありましたら、何なりと申し付けください」




 何でもできるようになったデリアは、とても優秀な人材だ。

 私一人が従者としておくにはもったいないほどになったが、手放すつもりはさらさらない。

 一人満足気に、デリアに向かって頷くが、何に頷いたのかわかっていないデリアは、不思議そうにこちらを見つめ返してくるだけだった。




「姫さん、着いたようだぜ!

 とりあえず、降りてくれ!馬車をどこかに置いてこないといけない」

「わかったわ。デリア、先に行くわよ!」




 ウィルに手を添えてもらい、馬車から降り立つ。

 ただでさえ、貴族紋のついた馬車が道に止まったのだ。

 道ゆく人々が、ドレスを纏った私に注目する。



 街とは言え、ここは地方領地である。

 こんな豪奢なドレスや毛皮のコートを羽織って入れば、お金持ちや貴族だと認識されて当たり前なのだ。





「さてと、行きましょうか!」




 後ろを私の剣を携えたデリアが歩き、私は、ただただ優雅に貸金庫屋まで歩く。

 アンバー領地の運営資金を横領したネズミ取りをするために、信用度最高ランクの貸金庫屋に殴り込みだ。

 実際は、公爵家の偉功を借りるのだが、そんなにうまく行くとは思ってない。

 貴族だからと言って言うことを聞くようなものなら、信用度最高ランクなんて言われることはないだろう。




 デリアに扉を開いてもらい店の中に入る。




「いらっしゃいませ……」




 店にいた全員が、私を見て驚いていた。

 その中で、サッと動けたのは、二人の店員。

 一人が私の前にきて、接客をしようとしている。

 もう一人は、きっと、店主を呼びに行ったのだろう。




「これはこれは、ご婦人。

 我が貸金庫屋へようこそいらっしゃいました。

 店主を呼びますので、こちらへどうぞ……」




 応接室へ案内してくれようとしている店員に対して、私は、言葉遮る。




「店主を待っているつもりはないわ!

 まどろっこしい!」

「大変申し訳ございません。

 御用向きは、いかがでしょうか?」

「そうね、私の領地から、お金が盗まれたの。

 そのお金を取り返しに来たのだけど、対応していただけるかしら?」




 その場にいた店員も客も凍りついたように、私を見つめている。

 もちろん、後ろに控えたデリアは、剣を持っているので、そう言うこともじさないと言う意思表示が込められているので緊張が走った。




「領地のお金ですか……?」

「そうね。

 そんなお金や金を預かっていただなんて知れ渡ったら……

 お店が大変なことになると思うのだけど……どうかしら?」




 勇敢にも私に対応してくれた店員は、だんだん顔色も悪くなる。




「あの……失礼を承知で確認させていただきたいのですが……」




 脂汗が滲んでいるのが、とても可哀想である。




「私は、アンナリーゼ・トロン・アンバー。

 アンバー公爵家第一夫人よ!」




 詰んだと思ったのだろうか?

 店員はヘナヘナっと座り込んでしまう。




「大丈夫?デリア、この方に手を貸してあげて!」

「はい、では、申し訳ございませんが、こちらを」




 渡された剣を私は受け取る。

 いつでも抜けるように利き手はあけておく。




「め……滅相もございません!

 だい……大丈夫ですから……」

「大丈夫そうじゃないから、手を貸すって言ってるのよ」





 先に椅子を持ってきたデリアが、座り込んでしまった店員をそこに座らせる。

 私……何もしていないのよね、名前名乗っただけで……私にとても怯えていて、可哀想になってきた。





「こ……このような姿で失礼いたします」

「うぅん、いいわ。で、対応してくれる?」

「店主がもうすぐ来ますので……す……少しお待ちくださいぃ!!」

「そう、わかったわ!」

「アンバー夫人を応接室へ案内して下さい……」




 誰も、私を案内なんてしたがらないだろう。

 庶民からしたら、貴族は気まぐれでめんどくさい者なのだ。

 おまけに、帯剣までしている。

 いつ不況を買って切られてもおかしくないのだから。




「姫さん、どう?話って進んでるの?」




 馬車を置いて店に入ってきたウィルを見て、また、その場が固まってしまった。

 わざわざコートを脱いで、近衛中隊長の正装で入ってきたのだ。

 白い隊服は、隊長格しか着れないので、一目でわかる。




「まだ何も」

「そう、で、俺、なんも聞いてないんだけど……ついてって捕縛でいいの?」

「そうね、捕縛でいいわ!

 こういうときこそ、権限って便利ね!」




 二人で軽い話をしていると奥から店主が大慌てで出てきた。

 店主は、私のドレスに付けていたアンバーに気付いたようで、待たせたことを平に謝ってくれる。

 別に謝って欲しいわけではない。


 ただ、アンバー領地に住み着いていたネズミの番を捕縛したいのと、領地運営のお金を返して欲しいだけなのだ。




「今日、アンバーから夫婦で、来ているものがいるわね?」

「あの……それは守秘義務で……」




 そう言われれば、逃げられると思っているあたりが、小憎らしい。




 私は、ドレスの胸のところから、1つの書状を取り出した。

 それはなんだ?と店主は目を見張る。




「これで、守秘義務はなくなるはずよ?」

「これは、領主代行権……それも、公世子様直々のものではありませんか!」

「そうね。

 あなたなら、実物も見たことあるんじゃなくて?」





 こんなこともあろうかと、公世子からの申出を受け、公世子が期間限定的にアンバー公爵の代理権を発行してくれた。

 ジョージアの発行してくれる代理権に比べれば、限定的なものになってしまうのだが、今回は、この大捕り物の場合に限り、代行権を振ることを可能としてくれているのだ。




「かしこまりました。

 今、ちょうど、清算をしているところになりますので、こちらへどうぞ」




 私を案内してくれるのは、応接室である。

 そこには三人の店員がお金を数え、それをまだかまだかと待っている男女がそわそわとその周りを歩き回っているのだ。




「おはよう!ホルンとヒラリー!」

「お……奥様!?」




 私の顔を見て驚くのと同時に顔が強張っていく。

 多分、この二人、元々は、いい人間だったのだろう。

 悪いことをしたという自覚があるのか、顔色が段々悪くなる。

 妻のヒラリーが、ホルンの服を引っ張って少し後ろに隠れてしまった。





「あの……何用でしょうか……?」




 震えるのを我慢するような声で私に問うてくるホルンに、私は何も答えずニッコリ笑う。

 それが、よほど怖かったのか、ヒラリーは、完全に隠れてしまった。




「何用かは、言わなくてもわかっているのじゃなくて?」

「…………」

「ねぇ、アンバー領地の運営資金ってそんなに齧りやすいチーズだったかしら?」

「…………」




 短剣を持っているのか、ホルンは後ろ手に利き手を回す。

 そういうのを見逃す私達では、決してない。

 ただ、抵抗するっていう意思表示をこの場にいるみなに見せたかったので私は、気づかないふりをした。

 もちろん、ウィルもデリアもだ。





「奥様……申し訳ないとは思っているが……これは、わしらの退職金変わりだ!

 渡すわけにはいかない!」




 短剣を抜き、私に向ける。




「奥様、ここを出るための馬車を用意してください。人質としてあなたを要求します。

 そして、このことは、もう忘れてください!」

「だそうよ?どうする?」




 悠長にどうする?なんて聞いていると、ホルンは、私にどんどん近づいてくる。

 侯爵令嬢は深淵の令嬢だと思っているのだろうか?

 短剣を向けられたくらいで、私は慌てふためくこともない。



 むしろ、お金を換金してた店員や店主の方が、卒倒しそうな勢いで慌てふためいている。





「どうするもこうするもなぁ?

 人質になるなら、なってもいいと思うぞ?」

「そう、じゃあ、人質になろうかしら?」

「そういうのも人生経験ってやつだよな!」




 ウイルが茶化し始めるが、向こうは、人生そのものがかかっているの必死だ。

 私達の話を聞いて、頭に血が上ったのだろう!

 剣先を私向けて飛び込んできた。



 いかにも素人らしい、突くためだけの動きだ。




「もう、我慢なりません!」





 私の後ろにいるデリアが先にキレた。

 ちょ……ちょっと、待って!!




「動かないで!」

「おぉぉぉぉぉ!!!!」




 私の頭スレスレのところから、ホルンの利き手に向かってナイフが飛ぶ。

 真後ろにいたデリアが投げたものだ。

 見事なナイフ投げであった。

 ホルンが持っていたナイフをデリアが投げたナイフで落としてしまう。





「デリア!!」

「申し訳ございません……

 でも、アンナ様に、手出しさせるわけには、参りませんので!」




 ホルンは、死角から投げられたナイフを自分の手から抜くと、そこには、血だまりができる。

 ナイフは、結構深く入ったようだ。





「奥様……大変、申し訳ございません……」




 後ろで隠れていたヒラリーが、床に手をつき、頭を下げている。





「ヒラリー!!」

「あなた、もう、もう……やめましょう……

 こんなこと、初めからするべきでは、なかったのです。

 私は、あなたと二人で余生を過ごせたらよかった。

 でも、もう、あなたと静かに余生を過ごすことは出来なさそうです」





 顔を上げたヒラリーは、涙で顔をくちゃくちゃにしている。

 その顔を見たホルンは、持っていた短剣を落とし、ヒラリーに駆け寄った。




「許してくれとは言いません。

 アンバー領の方々が苦しんでいることも承知しておりましたから……

 どうか、一思いに殺してください……」




 ヒラリーは、私に切に願う。

 ただ、仮の領主代行権には、そこまでの権限は与えられていない。




「いいえ、私は、アンバー領へお金が戻ればいいの。

 それに、あなたたちの首を刎ねるかどうかは、私が今持っている領主代行権では、

 決定が下せないの。

 だから、捕縛します。

 公都にて、ジョージア様に、裁いていただきます。

 ウィル、捕縛を、デリア、ホルンの手当てを」




 私は、ウィルとデリアに指示を出し、動かす。

 それから、店主と呼ぶ。




「店主、私と今後の話をいたしましょう」





 今の状況で冷静なのは、きっと、デリアとウィルだけだろう。

 でも、まぁ、それでいいのだ。

 さて、せっかくだから、取引いたしましょう。

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