第233話 屋敷にて
エールとの会話を切り上げ、ナタリーに促されて、城の正門へ行くとウィルとセバスが待っていてくれた。
怒り気味のナタリーを見て、二人はギョッとして、さらに私へ視線を送ってくる。
何したんだ?と二人から視線で訴えられたが、私は素知らぬ顔でほらほらエスコートしてよとウィルに手を伸ばす。
仕方ないと小さくため息をついてから、ウィルは私の手を取ってくれた。
正門に馬車が到着し、二人ずつ乗り込む。
私は、行きと同様ウィルと乗ることになる。
馬車の外を見ると雪がちらついてきた。
「珍しいわね?
ローズディアでは、雪は降らないと聞いていたのに……」
「降らないんじゃなくて、積もらないが正解」
「そうなの?」
「そうなの。
山間部からときたま雲が流れてくるんだ」
ウィルは、馬車の窓の中から、向こうらへんと指をさしている。
「俺の故郷の方が山でそこからな!」
「へぇーじゃあ、今晩は、とても、冷えそうね?」
「あぁ、あったかくして寝ないと風邪ひくぜ?」
馬車の中も、木製であるため、結構冷える。
私は、両方の腕をさすりながら、ブルブルっと震えた。
「今も十分寒いけどね……」
「確かに、姫さん薄着だな。
ほら、貸してやるよ」
中隊長の制服を脱いで、震える私にかけてくれる。
ウィルの香水の匂いが、ほんのりするのと同時に、今まで着ていただけあって、制服自体に熱があり暖かった。
まるで、ウィルに包まれているようだ。
「ありがとう。
ウィルは、大丈夫?」
「あぁ、姫さんとこの屋敷まで少しの間だから、大丈夫。
ほら、前も合わせておかないと寒いだろ?」
ウィルが狭い馬車の中で、制服の前を合わせてくれる。
制服は、私にはダボっととても大きかった。
ウィルは、出会ったときから背も高かったけど、今では、学生の頃に比べると体に厚みも出てきた。
私も背は高い方なのだけど、それでも大きな制服はなんだか、来ているのがくすぐったい気持ちになる。
私は、屋敷に着くまで、かけてくれたぶかぶかの制服を見ていた。
「お茶飲んでく?」
「あぁ、飲んでく」
ちょうど、本宅に着いたので、馬車から降ろしてもらい後ろにいたセバスとナタリーにも声をかける。
その頃には、玄関へディルが迎えに出てきてくれたため、お茶の用意を頼む。
御者は、寒空にいるのも可哀想だったので、二台とも帰した。
私達は、いつものように私の私室へ歩いていく。
部屋に入るなり目に着いたのは、ジョーがハイハイをして扉の前まで来てちょこんと座っていた。
ウィルの足音を聞きつけたようだ。
なんとも……
私は、座っているジョーを抱き上げ、ソファに座るとそれぞれ定位置に座ってくれる。
ディルが、熱い紅茶と手紙を持ってきてくれた。
冷えた体に、熱い紅茶を流し込むと体の中からあったまってくる。
ほぅ……と息をはくと、さっきまでの夜会の喧騒からやっと離れられたという感覚になった。
それぞれの夜会での報告を聞くことになったのだが、ディルにもらった手紙を先に開けることにした。
デリアからの手紙であった。
至急アンバーへ戻られたしという一文から始まり、4日後の朝には、動きそうだと言う内容が書かれていた。
出された日付を見て、私たちは驚く。
明日の朝のことをさしているのだ。
とにかく、慌てた。
いや、デリアのことだから、私達がいかなくても上手に対応はしてくれるだろう。
ただ、公爵夫人という肩書は、あったほうがデリアも動きやすいし、想定する相手側もこちらの言い分を聞いてくれる。
しなくてもいい苦労は、なるべく取り除いてしまった方が、楽なのだ。
貴族相手、ましてや、筆頭公爵家相手に喧嘩を売ろうとする庶民はいないだろう。
そんなことをすれば、すぐ、首と胴体が離れることだってあるのだ。
私は、そんなことは……しないけどね。
でも、念のため、どんなことにも対応できるアンバー公爵夫人の肩書が必要だった。
「ディル!」
「なんでしょうか?」
「今から火急の用事で領地へ行きます!
上着と馬車出してくれるかしら?」
「俺、御者やるから、馬車だけ貸してくれる?」
ディルが馬車の用意をするために部屋を出ていく。
側にいた侍女が、さっと動いてくれ、毛皮のコートを持ってきてくれた。
夜会用にドレスを着たままだったのが、幸いしたのかそのまま出かけることにした。
「ウィルは、悪いんだけど……」
「あぁ、大丈夫。気にするなって!
こういうときのためのもんだと思ってるから」
「ありがとう!
セバスとナタリーは、ジョーとここに残って!」
不満そうにしているセバスにニコッと笑いかけ、ジョーを頼むと渡すとわかりましたと言ってくれた。
セバスも一緒に行きたかったのだろう。
しかし、今回は大捕物なのだ。
頭より体力を使うのであるから、仕方がない。
「行きましょうか!」
ウィルを伴ってアンバー領へデリアを迎えにまず向かい、その後、隣町の貸金庫屋まで急ぐのである。
私が、ドレスを着ているので、馬車で行くしかない。
それに、ドレスを着ていないと……アンバー公爵夫人として、認識してもらえないこともある。
この前のように……
明日の朝までに、私達は、間に合うだろうか……?
いや、間に合わせるしかないのだ!!
ディルが玄関で馬車の用意と私の愛剣を持って待っていてくれる。
こちらもと渡されたのは、ディルにもらったナイフで宝飾してもらった筆頭執事のディルからの贈り物であった。
アンバー公爵家のものだとわかるように家紋とアンバー入りのものだ。
馬車の中には、私1人乗り、御者台にウィルが乗ってくれる。
外は、雪がちらついて、肌を突き刺すような寒さだ。
「ウィル様、こちらを」
ディルは、ウィルに厚手のコートと手袋、マフラーを手渡している。
「雪もちらついていますので、お気をつけて行ってらっしゃいませ!」
帰ってきたばかりの私とウィルは、大捕物のため領地へと赴く。
まずは、デリアを拾ってこないといけないのだ。
「間に合え、間に合え!」
「心配しなくても大丈夫だ!
舌噛まないようにしっかり口は閉じておいてくれ!
じゃあ、行ってくる!」
ウィルが、ディルに対して手を上げると馬の手綱がしなる。
パシンと音が鳴ったかと思うと、そこからは、夜道にとんでもなく猛スピードで馬車一台が、領地目指して走って行くのであった。
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