第203話 あれって……

「ねぇ……?

 そういえば、領地を回っているときに、あちこちで、葡萄の木を見かけたんだけど、

 あれって食べられる葡萄なの?」

「あぁ、あれは、酒用の葡萄らしいですよ。

 昔、と言っても数年前くらいまでですけど、アンバー領で作っていたお酒の原材料

 らしいです。

 全く、需要がなくてやめたとか」




 たわわになっている葡萄の木をたくさん領地のあちこちで見かけた。

 ただし、葡萄畑は、とても荒れていたのだ。




「それって、復活できないかしら?

 アンバー領地内で需要がないだけで、他にはあるかもしれないし……

 昔の製法とか残っているかしら?」

「それなら、アンバーにも最後の酒蔵がありますよ!

 何年も前に辞めてしまったけど、手法なら誰かわかるでしょう!」




 ブランデーの産地ではあるアンバー領。

 父にもあげたが、今の主流は、ブランデーやウイスキーのような蒸留酒というお酒が一般的となっている。

 葡萄で作る果実酒は、私がデビューしてから社交界でも見かけたことがなかった。

 だからこそ、チャンスがあるのではないかと思う。




 まずは、作ってみないとわからないので、出来上がったとしても売り出せるのは、再来年の話だ。




「今の葡萄で、果実酒を作ると、きっと美味しくないわよね?」

「そうですね……

 畑も荒れていますし……」

「葡萄……結構なってたのよね。

 でも、栄養は、周りの草木に取られてそうだし、作るとしても来年ってことに

 なりそうね?」




 はぁあと、ため息が出てくる。




「食べてみましょうか!

 美味しければ……何か他のものにできないか考えてもいいし!」

「食べるんですか?

 果実酒になる葡萄は、渋みがきつくて美味しくないって聞きますよ?」




 ニコライに言われればそうかと思うが……食べてみたいという興味が、むくむくっと湧いてくる。




「ニコライ、諦めた方がいいよ!

 あのアンナリーゼ様の目、見てみろよ!」

「あぁ……あれは、何を言っても無駄だな」

「明日にも、行って食べそうだね!」

「人をつまみ食いばかりしているような口ぶりやめてくれない?

 葡萄畑の近くに行くから仕方ないじゃない!」




 私は、ニッコリ笑う。




「同じ場所で他にも何か作れると良いのだけど……何かないかしらね?」

「アンナリーゼ様、酒蔵に葡萄酒なら貯蔵してありますよ!

 それを売り出すっていうのは、どうですか?」

「そうなの?」

「はい、私、実は、その……葡萄酒が好きで……

 たまに、商人のよしみでこっそり売ってもらっているのです!」




 白状したのは、ユービスである。




「あぁー!いた!愛飲者!他にもいるんじゃない?」

「多分、いると思いますよ!

 安くてそれ程質に拘らない庶民であれば、今年の葡萄でも十分なものはできると

 私は思いますよ!」

「それって……作る人のプライドを傷つけない?」

「プライドを持って作るのは来年してもらえばいい話です。

 今年は、手入れも兼ねて、領地への資金を作るために私たちが作ればいいのです!

 アンナリーゼ様、人手は、あるでしょ?」

「ふふ……お掃除隊ね!」




 私とユービスは、悪い顔をして笑う。




「そのお酒は、まず、お掃除隊の人たちに振る舞ってあげてもいいしね!

 試しってことで、それもしちゃいましょうか?」

「はい!ぜひお願いします!」

「そうすると、葡萄酒の宣伝も必要ね……30本くらいできるかしら?」

「交渉してきます!」




 ユービスは、よっぽど葡萄酒の復活が嬉しいのか嬉々として動いてくれるようだ。




「葡萄酒は、なかなか身近すぎて思いつきませんでした!

 そうか……他領へ売ればよかったんですね。

 今、蒸留酒が主流ですからね……敬遠していたのですよ……」

「ビルやテクトでも、敬遠していたのね。

 でも、今回は、私が宣伝してくるから、大丈夫!

 上位貴族から流行らせれば、きっと……うまくいくはず!

 ユービス、用意するものは、最上級のものでなくていいわ!

 中間より少し高級なものがいい!

 利き酒は、あなたに任せるし!」

「アンナリーゼ様は、飲まれないのですか?」

「私、下戸なの……残念ながらね!」




 一同驚いているが、呑めないものは仕方がない。




「アンナリーゼ様、何故、最上級のものにされないのですか?

 貴族へ渡すためのものですよね?」

「テクトの質問は、当然だけど、商人としては不合格ね!

 ニコライ、答えられるかしら?」

「はい、もちろんです!

 テクト様、アンナリーゼ様は、ランクを落としておいしいものをといった理由は、

 これより高いものもあるんですよと宣伝するためです。

 貴族は、お金を使うことがステータス。

 今飲んだものより、金額の高いものは、さぞおいしいだろうと思い、高いものを

 わざわざ買ってくれるのです。

 たとえ、ランクが下のものの方がおいしかったとしても……

 貴族とは、そういうものなのです」

「そういうこと。

 貴族っておもしろいことに、お金を使うことで見栄を張りたいのよ。

 ない袖でも振ってくれるってこと!」




 私の考えをニコライが見事に答えてくれたおかげで、ニコライの株も上がったが、私の考えがニコライにまで行きわたっていることに私とビルは満足して頷く。




「なるほど、貴族のプライドをうまく利用した考えですな!」

「そうね!

 私は、わざわざおいしい葡萄酒を提供しているんだもの。

 高ければおいしいかっていうとそうでもないこともあるのよ!って話だけ。

 アンバーのお酒なら……どの値段のものでもおいしいと思うけどね!

 それに、領地から入るお金がたくさんあった方がいいし。

 高級葡萄酒の取り分は、売値の3割欲しいのだけど、どうかしら?

 もちろん、原材料と手間暇賃はちゃんと払ってね!」




 テクトとビル、ユービスにニッコリ笑いかける。

 3人の笑顔は、引きつっている。




「恐れ入りました……」

「先に取り分を言われますと……反論のしようがありませんな……」

「いやはや、まったく……」




 3人の商人たちは、私の提案をのむしかないと応えてくれるのであった。

 そのとき、ウィルが帰ってきた。

 後ろにディルを連れて……

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