第197話 大きな地図Ⅱ

 屋敷に戻ると見慣れた人が帰りを待っていてくれた。



「ディル?」

「アンナリーゼ様、おかえりなさいませ!」

「ただいま……

 それで、どうしたの?」

「アンナリーゼ様、私の話は、部屋に入ってからにいたしましょう!」




 コクコク頷くと私室へと先導してくれる。

 私の後ろにいるウィルたちも一緒に移動だ。




「まずは、ジョー様のために皆様お召し替えを。

 それから、お戻りください」




 そうだった……まず、私達は、とても汚い。

 汚いところに行っているのだから……仕方がないのだけど、ディルに面と向かってお召し替えをって言われると、なんだかちょっと切ない。




 着替え終わって部屋に戻ると、すでに大きな地図は広げられていて、領地の管理簿を皆が読んでいるところだった。




「アンナリーゼ様は、こちらに」




 促された席に座り目の前に置かれた甘い甘いはずのケーキを見て、思わず笑みが綻ぶ。

 ここしばらく食べていなかった。




 砂糖というものは、とても高い!




 私は好んで甘いお菓子やケーキを食べているけど、とてもとても高いのだ!

 なので、貧乏領地あるアンバーでは、砂糖のさの字も見てこなかった。

 蜂蜜も何気に高かったな……そう思っていた。

 日用品や食べ物の物価自体が、アンバー領はどういうわけか高いのだが、それでも甘味は、高すぎて手の届かないものであった。




「食べてもいいの?」



 ディルとケーキを私は、交互に見つめる。




「どうぞ!アンナリーゼ様のためのものですから!」




 甘いものを与えてもらったのだが、今のアンバー領のことを思うと、私はものすごく甘やかされているなと思う。



 でも、食べずにはいられない。

 とても、好きなものなだから……



 幸せいっぱいで口にほりこむと、ふんわり優しい甘さが広がる。

 疲れた体が、ホッとしたような気持ちになった。




 ひとしきり甘いケーキを堪能したところで、本題だ。





「ご指示通りこちらが管理簿です。

 あと、旦那様からこちらの屋敷に渡している金額がわかるものの写しも

 持ってきました!」

「ありがとう!

 これは、助かるわ!!」




 ディルの機転で持ってきた領地への支払いの明細を見る限り、やはりおかしな点がたくさん出てきた。




「やっぱり変ね……

 領地に出したお金と、領地で使われたお金の額が違うわ!

 三分の一もこちらに計上されていない!!」

「結構な大金だぞ?

 どこに消えたんだ?」




 私達は、顔を突き合わせて、唸るばかりだ。




「……アンナリーゼ様、これはまだ調べきれていませんが、

 今度、公世子様に第3妃を迎えることが決まったようです。

 後ろ盾は、ダドリー男爵。

 男爵家が、後ろ盾になれるほど資金が潤沢ということはありえないでしょう」

「確かに、男爵家にそんな力はないはずだわ。

 ソフィアの金遣いといい、領地の消えたお金と言い繋がっているかしら?」




 腕を組んで、私は考えるけど、いい案が思い浮かばない。




「調べるには、どうするのがいいかしら?」




 私達はお互いの顔を見比べる。

 皆、男爵には顔がばれているし、男爵家へ潜り込むことはできないだろう。




「アンナリーゼ様、今日、トーマスという領地管理者が、アンナリーゼ様のこと

 聞きに来ていました。

 どんな夫人なのかとか、どこへ出かけて行っているのかとか……」

「それ、あやしくない?」

「罠かもしれませんよ!」




 私は、唸る一方だ……




「ディル、トーマスのことは知っていて?」

「いえ、こちらに来たのも初めてのため、今日初めて会いました」




 義父やジョージアが、領地へ行ったとしても、ディルは、公都から出たことがなかった。

 公都の屋敷をまとめるのが仕事だからだ。

 ますます、私は、悩んでいく。




「そうそう、子飼のネコが拾ってきたものがありました。

 今、確認しましょうか?」

「子飼のネコって……ディルさんは、いったい何者だ?」

「アンバー公爵家筆頭執事でございますよ!ウィル様」




 もっともなことを言われ、それ以上、ウィルは追及しなかったが、ネコとはなんとなくどんなものかはわかったようだ。




「アンナリーゼ様の鳥ほど優秀ではございませんが……」




 そういって取り出したものは、トーマスからダドリー男爵への手紙であった。

 内容を確認すると、私が友人を連れて遊びに来ていること、子供は置いて行っているみたいだが、部屋に侍女らしき人がずっと付いていること、こんな何もないところを3日も遊びまわっているのはおかしいと書かれていた。




 書かれている内容を見る限り、トーマスが黒だ。

 それすら、罠に思えてしまうのだが、他にもいないか確認はしないといけない。




「ディル、明日と明後日はこちらにいられるかしら?」

「もちろんでございます!

 何かご用向きがありますか?」

「うん、ネズミ捕りしましょう!

 大きなネズミがかかるかもしれないから!

 でも、やり方は、任せるわ!

 殺さないこと、殺させないことを一番に考えて!

 死人に口無し!

 死んでしまったら、しゃべれないから、困るの」




 そういって、ディルに微笑むとかしこまりましたと丁寧にお辞儀をしてくれる。

 こちらは、ディルに任せて大丈夫だろう。




「お金の行先は、おかげで、つかめたわね!

 取り返すのは、まだまだ、先になりそうだけど……

 とりあえず、目先のことを考えましょう!」




 私達は、1日目や2日目にもしたように大きな地図の上に必要なことを書き込んでいく。

 すると、どうしてもやらないといけないこと、お金をかけないといけないこと、今後の人手についてや、どういう作業で領地の改革を進めいていくのかが整理されていき、話し合いやすくなる。


 領地出身者が、ニコライしかいないこの話し合いで十分でないことはわかっている。

 ただ、しないよりはましだ。

 明日、大店を寄せて一大討論会を開くのだから。



 商人らしい意見ももらえるだろう。

 この地を良くしたいと思ってくれている人たちだといいなと明日の話し合いに思いを馳せることにした。




 皆が解散したあと、私室には私とジョーとナタリーがいる。




「地図、真っ黒になりましたね……」

「そうね。これでも、まだまだ、足りないのよ!

 すべてを幸せにすることはできなくても、最低、食扶持くらいは確保できる

 そんな領地にはしたいわね……できることなら、潤したいのだけど!!」




 ナタリーは、同行していないのでわからないが、あの町を村を見れば目を背けたくなってしまうだろう。

 でも、領主がそれをするわけにはいかない!

 だからこそ、何か打開策が必要だった。




 うまくいくかしら……不安になる。

 うぅん、うまくいくようにするのよ!アンナリーゼ、あなたが頑張らないと誰が変革なんてするの!しっかりしなくちゃ!!

 弱気になりそうな私の心に叱咤激励を飛ばし明日の話し合いに臨むのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る