第196話 初めて訪れた私の農場

 10の町と村があるアンバー領。

 その中でも、最奥にある村に訪れた。


 どこもかしこも目を覆いたくなるような町や村であったのだが、ここだけはこざっぱりとしていてとても綺麗な村であった。




「この村は、アンナリーゼ様の紅茶農場とジョージア様が好きなお酒を作っているところですよ。

 なので、他のところに比べると、生活はとても楽だと思います」




 見れば、わかる。



 一目瞭然で、全く違うからだ。




「先に農場へ行ってくれますか?」

「もちろんよ!

 連れて行ってくれる?」




 ニコライの案内で、農場があるところまで馬を引いて歩いていく。

 村を歩けば、嫌な臭いもせず、ゴミや汚物もちゃんと処理されているようだ。

 私は、あちらこちら見ていく。




「姫さん、ここは綺麗だな。

 まぁ、これが普通だと思うんだけど……」

「ここの村は、規模も大きくないんですが、ほとんどがアンナリーゼ様の農場で

 働く村民ですから、生活するお金には困っていないです。

 水がきれいなところですから、お酒もおいしいものができて高級酒として

 売っているのですよ。

 だから、大人たちがめいっぱい働き、子供たちが家の手伝いをしています。

 買い付けの人もくるから、綺麗にしないと売れないと父が提言しました。

 貴族の農場に相応しい村にしなければ、見放されると脅しを込めて言ったらしいですよ。

 見事に、その脅しは効いているようで……」




 ニコライの説明は、なるほどと思わせる。

 汚い店で、わざわざ商品を買いたいと思う人がいるだろうか?

 どんなに高くても、綺麗なお店に入っていってしまう。

 それは、人間の心理であり商売の極意の一つだ。




 見事にそれが当てはまっている。




「そろそろ着きますね!

 こんにちは!マーラ商会のニコライですけど、村長さんいらっしゃいますか?」




 何度も買い付けに来ているので、顔なじみのニコライを見て村長のいる部屋に一同は通される。




「初めまして!

 アンナリーゼ・トロン・アンバーです!」




 ドアを開けて、村長の前に並んだ一同の中、一人、前に出て挨拶をする。




「普通、貴族から名乗らないぞ?」




 ウィルの一言に呆れかえっている一同。

 確かにそうなのだが……こういうことは、訪れた方からしても構わないと思う。

 その方が、向こうもわかりやすいし!




「いいのよ!」

「いや、ここは普通は、顔なじみのですね?

 ニコライが紹介して初めて名乗るんですよ!アンナリーゼ様」




 セバスにも叱られる。

 貴族とは、本当に不自由なものだと思ってしまう。

 外に出たときぐらい好きにさせてほしい!

 ボソッと言ったら、横で聞いていたウィルが、真面目に回答してくる。




「一番爵位の上のものがそれじゃ、示しがつかないだろ……」




 そう言われてしまえば、そうなので、すみません……としょぼくれる。

 全く、じゃじゃ馬は、親になってもじゃじゃ馬なんだなとウィルは零していた。

 なので、ニッコリしながら、ウィルの足を踵で踏んでやる。




「……どうも、お初にお目にかかります、この農場長をさせていただいてます

 ヒルメと申します。

 アンナリーゼ様の大変ありがたいご厚意のおかげでこの村は、助かっております」




 村長も務めているというヒルメは、私たちをとても歓迎してくれた。




「姫さん、ご厚意って何?

 さっきも言ってた姫さんの農場ってそもそもなんなの?」



 それに答えてくれたのは、ニコライだった。




「この農場、端から端までアンナリーゼ様のものです。

 まだ、学生の頃に全てお買い上げいただきました。

 そこで村の人を雇って紅茶を栽培しているんですよ!」




 ニコライの『お買い上げ』に驚くウィルとセバスとパルマ。




「ちょ……ちょっと、姫さん?

 買ったの?ここ、全部?村丸ごと?」

「失礼ね!村丸ごとは、アンバー領の領地だから買えないわよ!」




 それでも、学生の頃にというのに驚きは隠せないようだ。




「ここには、生茶葉を茶葉にする施設も包装から梱包する施設まで整っているのです」

「いつもウィルたち出してる紅茶は、ここの紅茶よ?」

「とても香りの良い紅茶ですよね!

 公都でもなかなか味わえない物だったのでどこのかと思ってましたけど……

 確か結婚式のときにいただきましたね!」

「よく、そんなの覚えてるな!」




 私とウィルとセバス、それにニコライの4人が、ぽんぽん話をしていくので、ヒルメは目を白黒しながら聞いている。




「大丈夫ですか?」




 セバスがヒルメに尋ねると大丈夫だと答えていた。




「ヒルメさん、それで、農場をアンナリーゼ様に見せてもらおうと思ってきたんだけど、

 今大丈夫かな?」

「大丈夫ですとも!

 今、ちょうど息子夫婦が農場にいるので声かけてください。

 よかったら他のところの見学もしていってくれるとみんな喜びます!」




 村長の息子夫婦がいるという農場の一角へ行くことになり、ニコライに続いて歩く。




「ニコライは、農場にも来たことがあるの?」

「はい、茶葉を仕入れるときは、大体、寄っていきます!

 アンナリーゼ様が手配してくれた肥料とか色々な話を聞いて次のシーズンに

 より良いものを提供するようにと、皆が努力しているんですよ!」




 私は、その話が聞けてとても嬉しく思う。

 アンバーへ嫁ぐことは決まっていたための先行投資ではあったが、この村全体でより良い品質のものへと研究もしっかりしてくれていると聞けば、嬉しくないはずもない。




 何か、アンバー領全体で誇れるものがあれば、荒んだことにはならないだろう。

 ここは、規模は小さいが、一つの成功例だ。

 これは、大事にしないといけないと思う。




 ずらっと並ぶ茶木は、端が見えない程並んでいる。




「おーい!フレッドいるか!!」

「おぅ!ニコライか!!」




 茶木の間から顔を出した青年が、村長の息子のフレッドだ。

 今度は、大人しくニコライに紹介されるまで待っている。




「フレッド、マロン!」

「ニコライ!久しぶりね!」




 日に焼けた青年と可愛らしい女の子が、こちらにやってくる。




「久しぶり!

 今日は、お前たちの念願の人を連れてきたぞ!」

「まさか……!?」

「そのまさかだ!

 アンナリーゼ様、こちら村長の息子のフレッドと妻のマロンです。

 フレッド、マロン、この方が、アンナリーゼ様だ!」




 紹介されたのでもういいだろうと口を開きかけるとセバスに服を引っ張られる。

 向こうが先に挨拶するべきだそうだ。




「初めて?おめに……かかりますぅ?」




 敬語など言いなれていないフレッドのたどたどしい挨拶に思わず笑ってしまう。




「ふふ……いつもの話し言葉でいいわ!

 ここは、王宮でも屋敷でもない、茶畑だもの!」




 そういって笑うと心得たとばかりにフレッドは挨拶してくれる。




「村長の息子のフレッドだ。

 こっちは、妻のマロン。

 会えて嬉しいよ!」

「アンナリーゼ・トロン・アンバーよ!

 私も二人に会えて嬉しいわ!」




 手を差し出すと、先ほどまで土いじりをしていて汚いから……と言われたが、お構いなしに私はフレッドとマロンの手を取った。




「変わった貴族だな?」

「よく言われるわ!

 あと、じゃじゃ馬とも!」




 すると、緊張があった二人に笑みがこぼれる。

 そのあとは、農場を一通り回って説明をしてもらい、今年の成果や色々試していることなど聞いて、加工施設や梱包施設など回った。




 なかなか有意義な時間を過ごすことができた。

 そうだな、ここにお兄様がいれば、もっと楽しい時間になっただろう。

 こういうの大好きだからな……そう思うと笑みがこぼれた。




「今日は、ご機嫌だな?」

「そうでもないよ?」




 馬上のウィルと並んでいる。




「帰ったら、情報整理ね……

 この二日大変だったけど、アンバー領の視察にこれてよかったわ!

 じゃないと課題も見えないまま変な改革をするところだったもの!」

「あぁ、俺もこれてよかったよ!

 後は、あの三人がどういう計画を立てるかだよな!」

「ウィルは手伝わないの?」

「俺がいても仕方ないだろ?

 学校の勉強ができても、実務はセバスには及ばなし、せいぜいできるとしたら

 現場監督くらいだよ!」




 そんな風に苦笑いしているが、本当は、混ざりたいのではないかと思う。




「ウィルの知恵も貸してくれると嬉しいな……

 やっぱり、実務をするセバス、動かすニコライ、考えるパルマを仕切る役が必要でしょ?

 私じゃ、それは、無理だと思うから……」

「姫さんは、何するんだ?」

「私?無理難題を押し付ける仕事!」

「そりゃいいな!

 すでにやってることだし、向いてるわ!」




 でっしょぉ!!っと、笑うとウィルも大仰に笑ってくれる。

 日が暮れるまでの束の間の楽しい時間であった。




 屋敷に帰ったら、エリックが帰ってきているはずだし、公都にある管理簿も来ているはずだ。

 これから明後日に向けてが、私達のとても過酷な時間となるだろう。

 よしがんばるぞ!と気合十分に屋敷に帰るのであった。

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