第192話 柱の線

 マーラ商会に入ると、公都にあるお店と雰囲気が全く違うことに驚いた。



「アンナリーゼ様、ようこそおいでくださいました。

 公都と違うので驚かれたでしょ?」

「はい……」

「ここは、こういうところなのです。

 アンバー領から、出るために、私は商人になったのですから……」




 寂しそうに笑うビルは、いつも知っている自信に満ちた店主ではなかった。




 その原因を作っているのが、外の現状なら、私はアンバー家の者としてとても申し訳なく思う。

 あんなに生き生きしているビルを知っているだけに、心苦しい。




「店先ではなんですから、こちらにどうぞ」




 ビルに案内され3階にある一室に入る。

 そこは、キッチンやリビングらしい装いの部屋であった。

 部屋に入り、部屋をぐるっと回ると何本も横線が入っている柱を見つけた。

 ニコライの文字を見つけるに、きっとニコライの成長が書かれているのだろう。




「ここって、ビルの自宅?」

「お恥ずかしいですが、ここは私が初めて買った店兼自宅です。

 ニコライもここで生まれ、育ちましたよ!」




 私は、柱の線をなぞる。




「これ、ニコライ?」

「そうですよ!

 アンナリーゼ様は、自宅でそんなことされなかったでしょ?」

「そうね……

 そんなことをしたら、お母様に叱られるどころじゃないわ!

 お父様もきっと一緒に叱られるもの」

「アンナリーゼ様は、家族との話が出てくるということは、両親やサシャ様とも

 仲がよろしいのですね!」




 ニコライの顔を見ると、そこにいるみんなが、柔らかく笑ってくれる。




「すみません、汚いところですが……ここにおかけください。皆様も」

「そんなことないわ、大丈夫よ」




 私は、勧められたところに座る。

 部屋は、こじんまりと片付けられていて、家族の団欒を思い描くにはちょうどいい部屋だと思った。




「アンナリーゼ様、この町に来られたときの印象を聞いても構いませんか?」




 ビルのその言葉に、私は、言葉を詰まらせてしまった。

 自分が思っているより荒廃しているアンバー領地が、目を覆いたくなるほどショックではあった。

 ただ、これをどうにかしないといけないという使命に似たものも同時にわいてきた。



 ビルの質問に何も言えずにいると、ビルとニコライが微笑んでくれる。




「そのまま、思ったことを言っていただけませんか?」




 ビルの真摯な言葉に、私は、言葉を選ぶことはせず、実直に答えていく。




「まず、私は、自分が思っていたより荒廃している領地にとても驚いている。

 この町に入ったときの臭いは、ゴミや汚物……死臭ね。

 町に入る前から、入りたいとは思わなかったわ!

 あと、町を歩く人々の細いこと……

 私の半分くらいしか体重のなさそうな女性も見かけた。

 みんな目を合わせようともしないし、目が合えばほの暗い瞳を向けて

 ぼぉーっとしている。

 私を見た瞬間に、お金の無心に来たものもいるし、子供たちがスリを

 しているのも見えた。

 公都に比べて、物価も高く衛生的でなく、汚い臭いってとこかしら?」




 門から10分ほどで、マーラ商会についたが、その間に私はあちこち見て歩いていた。

 ウィルがいてくれるので周りに気を付けなければならない状況ではない。

 私は、アンバー領の今の姿をきっちり見ないといけないと思いそむけることはしないでただただ自分の中に留めていく。




「よく、目を背けずにご覧になりましたね。

 アンナリーゼ様が言われたことは、正しいです」

「あんな状態は、いつからなの?」

「ずっとですよ……

 私が生まれる前からです。

 こんなこと言えば、罰せられますかね……?」



 ハハハと空笑いするビル。

 その姿が痛々しいと思う。




「大丈夫、ここには私の友人しかいない。

 もし、ビルに何かあるようなことがあれば、友人でも私が首を撥ねるから!」




 そういって、そこかしこに座っている友人たちを見渡す。

 みんな私に向かって頷く。




「肯定のようよ!

 もっと、領地のこと話してくれる?」




 私が促すと、ビルは、ポツポツと話始めた。




「前々公爵様は、とても浪費家の方でした。

 ちょうど私が生まれた頃です。

 そのころから、徴税が高くなり、領民達は、段々生活が困窮していきました。

 うちも農家だったのですが、食扶持を減らすために生まれた子供を売ったりして

 どうにか生活をしていました。

 農家への徴税は、実入りに対して今でも厳しいものだと聞いています。



 私は、小さいながら、家族から離れるのは嫌だったので必死に農業を手伝いました。

 それでも、あるとき、ごめんねっとわずかなお金で売られてしまったのです。

 たまたま、売られた先も農家で、そこでは、年長の男の子が私のめんどうを

 みてくれました。

 文字やそろばんを教えてくれ、これができるとできないでは行きつく先が違うと

 教えてもらい必死に勉強をしました。



 そのあと、10歳になったとき、私とその兄と慕っていた男のも売られるのです。

 読み書きができるおかげで、行商人に買われ、色々な土地を回って商売のイロハを

 学びました。

 そのころ、前公爵様に代わったのです」




 私は、ビルの話に息を飲む。

 実感がわかず、おとぎ話の様だと思ってしまった。



 侯爵家の娘である私には、わからない知らない世界であった。

 エリックの出身は、庶民だが公都の住人だ。

 こんなことは、ないだろう。



 この世界で生きてきたビルとニコライ。



 この二人は、公爵や公爵夫人になる私とジョージアにどんな感情を抱いたのだろうか。

 商売相手としては、お金をたくさん落としていくのが、貴族ではある。

 でも、あまりいい感情はなかったのではないだろうか?



 私の顔は、きっと変な顔をしているだろう。

 自分でもこわばっているのが、わかる。




 そんな私をみてどう思ったのだろう?




「アンナリーゼ様、もうおやめになりますか?」

「ううん、続けてくれる。

 ここに住んでいるあなたから、話を聞いたほうが私のためよ」




 では、とビルは続けていく。




「前領主に代替わりした後も、全く変わりませんでした。

 税金は、高いまま……

 誰も、領主様には、提言することも叶わず、災害で荒れたアンバー領は、

 さらに荒れて行ったのです」

「待って!

 私、ここに来るまでにアンバー領の領地管理簿読んでたけど、

 災害の費用は、多額の費用がおりてたわ!

 それに、お義父様は、贅沢なものを買い集めるとか豪遊する人じゃなかった!

 領地のことを思っている方だったわ!

 何度も領地をめぐっては、うまくいかない領地運営に悩んでらっしゃった。


 どこに消えたの……?ものすごい額のお金なのよ!」




 私の話をどういうことですか?とビルも驚いている。




「姫さん、それって……?」

「横領ですね!アンナリーゼ様」




 ビルの話と辻褄の合わない領地管理簿。

 私は、ビルの話を信じる。

 苦労している人間が、嘘をいう必要なんてないのだ。

 実際、直されていない荒れた領地も、宛がわれたお金が使われていないと物語っている。

 でも、多額のお金を領地修繕にのために出した記録も受け取った記録も公都でアンバー領のことを勉強するために見た管理簿に記されている。




「そうね、公爵家のお財布から、ねこばばなんてやってくれるわね!」




 私とウィル、セバスは、目くばせをする。





「アンナリーゼ様、どういうことですか?

 前領主様は、私達のためにお金を出してくれていたのですか?」

「そう、記録は、そう書いてあったし、お義父様も実際話していたわ。

 でも、現地では、手付かずになっていて荒れたところは、直ってないのでしょ?」

「はい、いまだに手付かずなところもありますし……

 いつ頃だったか覚えてますか?」

「ごめんなさい……たくさん、読みすぎてしっかりと日付までは覚えていないの」




 私は、考える。

 今の私に必要なものは、何なのかと……




「パルマ、帰ったら、まず、お願いがあるんだけど……」

「なんでしょう?」

「トーマスとか言ったかしら?

 あの領地管理人。

 こちらに残る領地管理簿を借りてきてほしいの。

 あと、ニコライ、お屋敷に手紙は出せるかしら?」

「もちろんです!」

「特急で、手紙を送りたいの」

「今すぐ手配します!」




 ニコライは、私の話を聞くや否や駆けて行ってくれる。

 郵送に使う馬の手配だろう。

 人は、誰が行ってくれるだろうと思っていたが、ウィルがエリックに頼めばいいと言ってくれる。

 これほど、心強い人はいない。




「ビル、手紙を書くから紙とペンはもらえる?」

「もちろんです!」




 私は、ディルに手紙を書き始める。

 そちらにある領地管理簿と照合したい事項があるので、エリックに持たせてほしいという内容だ。

 特に他に不正があるのではないか等は、一切書かずにおいた。



 ビルに話を聞いてわかったことだ。

 今は、とにもかくにもこの領地の改善を早めることを決断しなくてはならないこと、多額の資金の行方を探し出さないといけない。



 ジョージアの代になってから、実は、支出が一気に増えた。

 その一端は、九割九分九厘ソフィアの買い物だ。

 これをなんとかしないと……いけないと思いつつ放置していた。



 このままでは、今は病気にかかっているかの状態の領地も本当、死んでしまう。

 それだけは、避けないといけないのだ。




「ビル、ジョージア様の代になってから、また支出が多くなって領民には、

 苦しい思いをさせているのかもしれないけど……

 すぐには、もう回復させることができないわ。

 一つずつ解決していきましょう!」




 ビルに対してニッコリ笑うと、ビルは曖昧に笑うだけであった。

 領主側となった私に対し、不信感もあるのだろう。

 それは、仕方がない。



 ビルやニコライのように誇れない故郷と言われるアンバーではなく、胸を張って誇れる領地にしたい。

 とにもかくにも、視察の続行は必要だと感じる。




「ビル、明日は領地の他の土地を回る予定なのだけど……

 ビル以外に、アンバーには大店とかあるかしら?

 あと、協同組合的なものはある?」

「大店はあります。

 店主たちを集めますか?」

「お願いできるかしら?

 日にちは、4日後ならあなたたちに合わせるわ!」

「かしこまりました。

 それと協同組合は、この地にはありません。

 みんな、生きるのに精いっぱいなのです!」

「そう、わかったわ!今日は、話てくれてありがとう!」




 お礼を言い、私達は町へと戻る。

 ニコライが戻ってきてくれ、領地の屋敷までの馬を確保してくれたようだ。

 パルマが、私の手紙をエリックに渡してくれるというのでお願いする。




 疑問の残るお金の使い方に私は、ただただ、胸騒ぎを感じるのであった。

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