第191話 それなりに覚悟しておいてください

 翌朝、ウィルとエリックが演習場から、領地の屋敷へと駆けつけてくれる。

 ニコライは、実家から来てくれ、一緒に領地の屋敷にいたセバスとパルマはもう、出かける準備万端だった。




「さて、では、行きますか!」




 私は、ドレスではなくどこにでもありそうな町娘な服を着ている。

 これは、ナタリーの囲っている女の子のお手製らしいが、動きやすく機能的でなかなかいいものだった。




「今日は、どこから行きますか?」




 ニコライに尋ねられるけど、私、地図で見ただけでアンバー領のどこに何があるかわからない。

 今日は、屋敷からそれほど離れていない町まで歩いて散策予定だ。




「じゃあ、まずは、お店が立ち並ぶところこら行きましょう!

 案内してくれる?」




 ニコライについて町まで歩いているところだ。

 1時間もかからないほど歩いたところに町はあった。



 私は、町につくまでも周りを見て歩く。

 まるで、小さい子供が初めて見るものに興味を惹かれるように、ふらふらとしているのでウィルに叱られる。




「姫さん、あんまりふらふらするなよ!

 サシャ様やハリー君は、ここにはいないんだぞ!!」

「わかってるわよ!

 でも、アンバー領には、初めて行くんだもの!

 あっちもこっちもみたいわ!」




 呆れ顔をする3人とは別に、セバスも同じような反応を示してくれる。




「アンナリーゼ様!

 その気持ち、わかりますよ!

 今までは、資料でしかアンバー領は見たことなかったですからね!

 領地を踏みしめて箱庭計画を考えると胸が躍るようです!」

「わかる、わかるわ!!

 私も今、まさに、そうなのよ!

 初めての土地、空気、景色!

 なんで、あの人たちは、この心躍る気持ちがわからないのかしらね!」




 腕を組んで、街道の真ん中で憤慨すると、今度もウィルがため息をつく。




「セバスもか……

 あぁー姫さん、街道の真ん中は、通行人たちの邪魔になるからこっち来ようか?

 セバスもほら、こっち!」




 子供の引率じゃないんだから!と、セバスと二人でウィルに叱られ、しゅんとする。

 でも、楽しくて仕方ないのだ。

 夢にまで……予知夢で見ていた土地にやっとこれた喜びが、今、まさに溢れているのだから仕方ない。



 街道と言えど、道は砂利道でところどころへこんでいる。

 きっと、馬車とかの車輪がはまったりしたのだろう。




「まず、街道を石畳にするって話ありましたけど、まずは、治水工事を

 進めてからになりそうですね」




 周りを見てみると、ところどころに不自然に溜まった水があったり、水害のあった後のようなところも見て取れる。

 少し歩いただけで、目につくところは、たくさんあった。




「治水工事って……飲料水、下水、生活用水、農工業用とかに分けるってこと?

 後は……溜めるところとかかしら……?

 公都は、水回りは、綺麗だからね……アンバー領はどうかしら?」

「アンバー領は……それなりに覚悟しておいてください。

 汚物とかごみとか……町全体にありますし、浮浪者も多いので結構なものですから……」




 今、ここにいるのは、貴族の子供として育った私とウィルとセバスにパルマだ。

 4人とも綺麗なところで住んできたので、正直想像ができないでいる。

 地元が、アンバー領のニコライは、誇らしげに語れない自領のことを残念に思っているらしい。




「領地に住む者が、誇れる領地が、理想ね!

 そんな領地になる様、努力したいところではあるのだけど……

 意識改革も必要なのかしら……?」




 ニコライは、私の呟きに深く頷く。




「まずは、現状を見てください。

 それから、アンナリーゼ様が目指すところを一緒に考えさせてください。

 僕だって、生家のあるアンバー領は、誇りたいですから!」




 唯一のアンバー領出身であるニコライは、厳しい目を私に向ける。

 期待してくれているからこその厳しさなのだと、私はニコライの厳しさを受け止める。

 領地運営がうまくいかないと、きっと、住む人の気持ちも荒んでしまうんだ。

 それだけは、回避しなければならない。

 全員が幸せになれるにこしたことはないけど、一定水準に引き上げることが、領主としてやらなければならないことだと思う。



 幸せは、そのうえで成り立つのだろうから……





 町に近づくと町に入る前から、なんだかすえたようななんとも言えないような臭いがする。




「結構、臭いがするな……」




 ウィルが、嫌な顔をしている。

 私が見る限り、ニコライ以外は大体同じような顔をしているので、私もそうなのだろう。

 町の門へ入るのも憚れ、恐る恐るという足取りで中に入った。

 やはり、塀に囲われているのでさらに臭いはきつくなった。

 そこかしこには、ニコライが言っていたように汚物やごみが散乱している。




 自然とため息がでた。




 アンバー領で2番目に大きい町だそうだが、この現状を見る限り、きっとどこの町村でもここと変わらないだろう。



 どうすればいいのか……私は、途方にくれる。



 魔法とかあったらいいのに……なんて、ありもしないことに私の思考は逃げてしまったが……私が、逃げてしまってどうするのだ!と、そむけていた目を、周りへと見渡していく。




 なるべく庶民的な服を選んできたつもりだが、ここではそれすら綺麗なものに見えてしまった。

 そんな自分が場違いなのがわかると悲しくなる。




 私は、考える。

 そして、決意する。




 1つ、領地全体を綺麗にする。

 2つ、領地全体の治水工事と道の整備をする。

 3つ、領地全体の領民の生活向上。




 そのためには、やはり1にも2にもお金が必要であった。

 そして、領主代行権が必要だ。

 今のジョージアのやり方では、きっと近いうちに領地が取り返しつかなくなるほど疲弊してしまうのではないか……心配になって仕方がなかった。

 今でも、十分、領地が死にかけているのではないかと思う。

 病気の蔓延によるうめき声、町を歩く領民のやたら細い手足を見ると、目をつぶりたくなる。




 ときは、一刻を争うのではないか……

 ただ、見切り発車で何もかも進めて行っては、お金も続かない。

 それで、破綻してしまえば、元も子もないのだ。



 何より、領民の協力がないと到底改革は成功しない。

 どうするか、最短期間で考えないといけない。




「アンナリーゼ様、どうされますか?」




 町を見て呆然としている私たちに、遠慮がちにニコライは問いかけてくる。

 これは、やはり、領地を回らないと気づくことができなかったことだ。

 綺麗なところで、ずっと生活してきた私には、とてもこの環境は耐えられない。

 でも、耐えている人がいるのだ。

 目の前で困惑しているニコライをみて、私は、ふっと笑う。




「まずは、マーラ商会に行きたいわ!

 ビルも帰ってきているのでしょう?」

「はい、アンナリーゼ様を待っています」




 ニコライに向かって頷く。

 私が想像していたより、ずっと事態はまずいようだ。

 ビルを交えて相談する必要があるだろう。



 ニコライが案内してくれ、ビルの待つマーラ商会本店へと向かうのであった。

 それまでも町を見て歩いたが、何とも言えない無力感と領地運営をする側の人間なのに何もできていない自分の府がいなさいに俯きそうになる。




「ウィル?」

「どうした?」

「私の背中、叩いてくれる?」




 私が急に変なことを言い始めたことに、一緒に来ていた一同が驚いている。




「あぁ、わかった。

 歯、食いしばっておけよ!」



 バチン!とウィルに叩かれた背中は、とても痛かった。

 ただ、俯き加減だった私は、しっかり前を見据えることができた。




 私が、下向いちゃダメ!




 私が、領地を変えていくんだ!その意志をアメジスト色の瞳に込める。

 振り返ったニコライと目があったとき、ハッとしていた。

 私の瞳に強い意志が籠ったことにニコライは柔らかく微笑んでくれた。




「アンナリーゼ様、僕も一緒に頑張らせてくださいね!」




 こちらに向き買えり、立ち止まってニコライは左手を差し出してくる。

 私は、その手を握る。




「もちろんよ!

 頼りにしているから!」




 ニコライに笑いかけると、何二人で盛り上がってんの?とウィルが苦笑いするのであった。

 そのころには、マーラ商会本店についたのである。

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