第160話 深夜

 広いベッドで寝がえりをうった瞬間に目が覚めた。

 いつもは、背中にジョージアが添うようにいるのに、今日はいない。

 私のベッドに、私一人ぼっちだ。



 狭いなぁ……と、文句言いたい日もあるけど、いざ、自分だけでベッドを使うとなるとこんなに広いのか……と思うと、どうしようもなくこみ上げてくるものがあった。




 このベッドの広さと聞こえてこない寝息を思うと寂しさが身に染みてくる。

 まだ、寒くないはずだが、急に体が冷えてきたようで、私は布団をかき寄せる。




「ジョージア様、寒いよ……」




 うぅ……っと、声が漏れ、泣いてしまっている。



 ブルブルと震えながら、隣の部屋にいるデリアに声が聞こえないように布団を口に押し当て泣く。




 しばらくして、私は泣き疲れて寝てしまったらしい。

 髪を撫でられていることに気づき、また、目が覚めた。





「……お兄様?」





 私が泣いた夜は、決まって兄のベッドに潜り込んでいたため、頭を撫でてくれていた人物を兄と間違えたようだ。

 クスっと笑う、音を聞いて驚いた。




「残念だけど、サシャじゃないよ」

「……ジョージア様ですか?」

「そう、俺。

 優しいお兄様じゃなくて、ごめんね」




 そういって、ジョージアは、私の涙の痕を拭ってくれる。



 ベッドのへりに腰を掛け、私の頭を撫でてくれていたのだ。

 私はもそもそっと動いて、ジョージアの腿を枕にして抱きついた。



「うちの奥さんは、どうしたことか……?

 寂しかったのかな?

 クマさんまで、こんなところにいるじゃないか」



 私は、ジョージアへは何も答えず、ただ、ギュっと抱きしめるだけだ。



「こんなに甘えてもらえるなんて……

 初めてかな?

 アンナ、どこにもいかないから、ゆっくりお休み。

 子供にもよくないよ?」



 いつもおしゃべりな私は、全くしゃべらないで、ただただジョージアにしがみつくだけだ。



「着替えるから、ちょっと待ってて」



 ジョージアは、私をはがそうとするが、離れない私に苦笑いだ。

 しかたないので、私をベッドの縁に座らせ、ギュっと抱きしめてくれる。



 ジョージアの体温を感じるだけで、ホッとした。




「ジョージア様……」




 さっきまで、泣いていたので、私はかすれた声だった。




「なんだい?」

「おかえりなさい」




 真っ暗な部屋だったが、夜目に慣れてきたのかぼんやりジョージアが見えるようになってきた。




「ただいま、アンナ」




 抱きしめたまま、髪を優しく撫でてくれる。




「少し冷えるから、布団に入って」




 私を布団の中に戻そうとしているが、私が離れようとしないのでそのままゆっくり布団に二人で横になる。

 もちろん、私がジョージアの下敷きにならないように気を付けてくれる。




「アンナ、これなら大丈夫?」




 コクンと頷くと、いつもよりベッタリくっついていく私。




「はぁ……

 アンナの優しい匂いは落ち着くね……」




 そういって、ジョージアは、私の首筋に唇をあてている。




「ジョージア様、くすぐったい……」

「そう?くすぐってるつもりはないけど……」

「どこ触ってるんですか?」

「さぁ?どこでしょ?」




 とぼけたふりをして、胸を触っている。




「ちょっとだけ……ね?」

「そんな、お願いは受け付けません」

「さっきまでの可愛らしい甘えん坊のアンナさんは……どこに……」

「……ここにいますよ?」




 ふふっと私は、笑う。




「やっと、笑ったね。

 よかった……」



 帰ってきたとき、私が泣いているのを見てジョージアは慌てたらしい。

 兄なら、どうするか……考えた結果が、髪を撫でるだったと話す。





「ジョージア様は、戻ってきてよかったのですか?」

「あぁ……うん。

 ダメかなぁ……一応、初夜だし……」

「じゃあ、なんで戻ってきたんです?

 しかも、着替えてきたんじゃありませんか?」



 ソフィアのあの不快な香水の匂いはしない。

 デリアの情報が正しければ、悪阻で吐こうが、気持ち悪かろうが、あの香水はやめていないと聞いている。

 なので、私の目の前にいるジョージアは、まず、入浴し匂いを落とし、それから匂いのついていない服に着替えてきたにちがいない。




「アンナがいないと……眠れなくて……」

「私は、安眠枕ですか……?」

「安眠枕は、言い得て妙だな。

 でも、それ以上の効果があるんだよ」




 視線を揃えて向かい合っていたのだが、ジョージアがコロンと上を向いてしまった。

 私は、お腹を気にしながら少し覗き込むようにジョージアを見つめる。



 頭の後ろに手が回ってチュッとキスをされる。



「ねぇ、アンナ?」

「なんですか?」

「もし、アンナがいなくなってしまったら、俺は、ダメな人間になってしまいそうだ」

「ジョージア様?」




 ジョージアの言葉の意味がわからなかった。




「いや、今日の結婚式……

 やっぱりやめよう」

「いいですよ!

 聞かせてください」




 いいのか?と、呟きが聞こえてくる。

 コクンと頷くと、ちゃんと伝わったのか、ぽつぽつ話し始める。




「アンナが教えてくれたように、ソフィアは黒のウエディングドレスを

 身にまとっていたよ。

 正直、怖くなった……


 本当にこのまま結婚していいのか。

 ずっと、悩んでいたんだ。

 アンナと結婚できたのなら、それだけでいいんじゃないかって……

 ソフィアには、別の誰かと幸せになってくれればって……


 答えは出せずに、今日、結婚式を挙げてしまったんだけどね」




 自信なさげに、声も小さくなっていく。




「後悔しているのですか?」

「うーん、そうだね……

 後悔しているのかなぁ?

 わからないんだ……

 ただ、隣にいてくれるのが、アンナならよかったのになとそればかり思ってた。


 ソフィアからしたら、失礼な話だよね。

 俺のこと好きでいてくれてるのに、楽しみにしていた日に他の女のことを

 考えてるヤツなんかとひな壇に並ぶんだ。


 俺は……どうしたらよかったんだろうな……」

「ジョージア様……」

「ごめん、こんな話、聞きたくないよね」

「いえ……」




 私は、ジョージアの告白は、嬉しい。

 ただ、同じくジョージアを想う女としては、寂しい話であった。




 それ以上は、私も何も言えない。

 側にいてほしいのは、私も同じだったから。

 ソフィアについていてあげて、なんて、とても……言えない。




 変なめぐりあわせだ。



 私とソフィアは、同じ人を想い、同じ人を置いていなくなる。



 割り込んだのは、私だ。

 私さえ割り込まなかったら、ジョージアも悩まなくてすんだだろう。




「ジョージア様、ごめんね。

 私が、ジョージア様を愛してしまったばかりに……」




 私の方へと向き直り、ジョージアは微笑む。




「謝らないで。

 俺が、アンナを愛したのだから……

 もう、休もう……

 おやすみ、アンナ」




 おでこにキスをしてくれる。

 お休みという意味だ。




「おやすみなさい、ジョージア様」



 そういって、私は瞼を閉じる。

 ただ、私は、眠ることはできず、頭の中で先ほどのことを考える。

 ずっと、この先、ジョージアを苦しめる要因を私は、抱えている。




 ごめんなさい……ジョージア様。

 ごめんなさい……アンジェラ……




 私は、2人に大きな傷しか残さない存在なのだろうか?

 瞼を閉じたまま、涙が零れていく。

 それに気づいたジョージが優しく抱いてくれ、撫でてくれる。




「大丈夫だよ、アンナ」




 私を安心させるため、何度も何度も私が眠るまで呟いてくれたのである。

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