第130話 帰るべきところ

 街道を馬でパカパカと歩いている。

 冬なので、馬に乗ると寒いが、ここしばらく遠乗りはしていなかったので気分はよかった。

 天気のいいことこの上なく、空気も澄んでいるため空も高い。



「いい天気ね!」

「はい、もう少ししたら暖かくなりますね。

 そうしたら、いよいよアンナ様の結婚式ですよ!」

「改めて言われると、なんだか照れるんだけど……」



 もじもじとしてしまいそうになる。

 私って、こんなに乙女だっただろうか……?



「アンナ様は、こちらに来てから変わられましたね」

「えっ?ホント?」

「はい。なんていうか、柔らかくなった気がします」

「柔らかく?」



 デリアの言葉が理解できなくて小首をかしげる。



「私は、アンナ様と一緒にいた期間は短かったですが、初めてあったときに比べ、

 雰囲気が柔らかくなったように思います。

 もちろん、あのころのようにかっこいい姿もありますが、旦那様の前では、

 とっても可愛らしい女性をしてらっしゃいます!」

「デリア、今日は、暑いわね……

 それに、デリアと初めて会ったときは……

 殿下の申し出で悪役令嬢役をしていたのよ!」

「ふふふ……わかっていますわ。

 それに、今日は、まだ、寒いですよ!

 アンナ様、お顔が真っ赤です!大丈夫ですか?」

「えぇ……大丈夫」



 それ、デリアのせいだから……

 いつも一緒にいるデリアに、『旦那様の前では、とっても可愛らしい女性をしている』なんて言われると、恥ずかしくてしかたない。




「私、そんなになよっとしている?」

「はい、してますよ?

 ちょっと、ガサツな部分があるので、旦那様も戸惑ってらっしゃることも

 ありますが、おおむね、旦那様もアンナ様には、多大な愛情を注いで

 いらっしゃいますから……

 アンナ様の魅力に気づくなんて、旦那様は見る目があると思っていたん

 ですけどね……」



 そういって残念そうに遠くを見ているデリア。



「どういうこと?」

「私は、旦那様には、アンナ様だけに愛情を注いでほしいのです。

 それが、あんな毒婦にまで……」



 それだけで、何か私には言いにくいことを掴んでいるような気がする。

 でも、今日は聞かないでおこう。

 もうすぐ、アンバーの屋敷につくのだ。



「アンバーのお屋敷についたら、デリアは、少し休んで頂戴。

 私も、少し、眠るわ……

 ここまで、結構、強行だったし……」

「では、アンナ様が休まれたら、私も少し仮眠を取らせていただきます。

 きっと、旦那様が、アンナ様の帰りを首を長くして待っていますね!」

「そうかしら?だといいな……」



 デリアにニッコリ笑うと、力強く頷いてくれる。






「ただいま戻りました!」



 玄関を開けると、ディルが迎えてくれる。




「おかえりなさいませ、アンナリーゼ様。

 ご実家では、ゆっくりできましたか?

「うーん。なかなか……

 向こうに行くとすることがあってね……

 でも、クリスには会えたの!

 とっても、可愛かったよ!」



 ディルも私の話を聞いて優しく微笑みながら聞いてくる。

 それが、とても嬉しかったりするので、どんどん話をしようとすると……



「アンナかい?」

「ただいま戻りました!

 ジョージア様にお変わりは……ありませんね!」



 上機嫌の私は、ニッコリ笑うとジョージアも笑ってくれる。



「おかえり、アンナ」



 あぁ、この感じいいなぁと思う。

 そう思ったら、いてもたってもいられなくて、ジョージアに向かって駆けだしていた。

 しかたないなぁ……という顔で飛びつく私を抱きとめてくれる。



「ただいま、ジョージア様!」

「あぁ、おかえり」



 実家から、こちらの屋敷に戻ってくるときにも感じたが、この屋敷に入って、ジョージアの顔を見た瞬間に、家に帰ってきたなと感じる。

 もう、私の帰るべき場所は、アンバーの屋敷であり、ジョージアのところなのだと思うと少し気恥ずかしいような気がした。




「はぁ……やっと、帰ってきた……

 アンナがいない屋敷は、静かすぎて、他人の家みたいだ。

 もう、アンナなしでは、この屋敷は成り立たないな……」

「それ、本当ですか?」

「もちろん、本当だとも!」


「私、実家に帰っていたのに、いつの間にか、アンバーの屋敷が自分の家になった

 みたいです。

 ジョージア様がいるところが、私の帰る場所ですね!」

「それを聞いて、ホッとするね。

 俺も、アンナがいるところが、帰る場所だよ。

 いないなんて、ありえないな……」



 廊下で、抱き合ったままの私達。

 お義父様とお義母様が、私達が廊下で騒がしくしていたため、それぞれの部屋から顔を出している。



「あらあら、仲良しだこと!

 お部屋に行きなさい!」



 義母に窘められたため、私達は、お互い見合った。



「そうだね、アンナの部屋でゆっくり向こうの話でも聞こう。

 今日は、もう、離さなくてよさそうだ!」



 私の手を引きそのまま、私の部屋に行く。




 土埃だらけの私をさも大事なもののように扱ってくれる。



「では、帰ってきたことだし、アンナを堪能するとしよう!」

「な……何を言ってるんですか?」

「逃がさないよ?」




 3人掛けのソファに横に座らされ、後ろから抱きしめられる。




「あぁー落ち着く」




 私の肩にジョージアは、頭を置いて甘えてくる。




 たったそれだけのことが、至福な時間に思え、されるがまま座っていることにしたのだった。

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