第128話 配ってませんけど……

「お久しぶりです、殿下」



 完ぺきな淑女の礼をとり、挨拶する私を満足気に見ているのは、トワイス国の王太子殿下であった。



「久しぶりだな、アンナ。

 元気であったか?」

「はい、もちろんです!

 殿下もシルキー様もお元気でしたか?」

「あぁ、もちろんだとも。ハリーも元気だぞ?」

「そうですか……

 それは、よかったです」



 ここには、殿下と私の二人だけである。

 なので、そんなにかしこまる必要もないのだが、なんとなく、そうしてしまった。



「そなた、ローズディアに行って大人しくなったのではないか?」

「大人しく……そうですかね?

 自分ではよくわかりません」



 決して、こちらにいた頃と変わりがないと思っているので、私は、とぼけた返事をしておく。



「シルキーに聞いたが、相当ジョージアに大切にされているらしいな?」

「ふふふ、そうなんです!

 とっても、大事にされてるんです。

 今回の帰郷も寂しそうにされちゃいました」



 そんな私を見て、はぁ……と、殿下はため息をついている。



「なんですか?

 私だってのろけたいんですよ!

 ジョージア様が、本当に大切にしてくれてて、幸せなんですから!」

「いや、アンナがなぁ……と思って、感慨深いよなぁ……」

「殿下って、私を子ども扱いしてます?」



 ちょっと睨むと、まさか!と返ってくる。



「ハリーのことは、吹っ切れたのか?」



 うーん、あんまり聞いてほしくないけど、もうそれぞれの生活が始まったのだ。

 ちゃんと答えようと思って、殿下を見据える。



「吹っ切れたかっていうと、どうなんでしょう?

 やっぱり、ハリーは、私にとって『私の王子様』であることに変わりはありません。

 初恋の想い出に勝るものは、きっとあるのでしょうけど……

 私には、まだ、一番の想い出です。

 でも、ジョージア様と一緒に生活していくと、私はジョージア様からの愛情で

 とっても満たされていますよ。

 ハリーとは違う意味で、私、ジョージア様に恋してます!

 毎日、キラキラしてますもの!!

 見かけないときは、寂しいですし、ソフィアにも他の令嬢にも嫉妬もします。

 ここまで感情が出るのって、自分でもビックリしてます」



 ほわほわとした感情を殿下に話すと、なんだか嬉しそうにして、そうかと聞いてくれる。



「殿下も、なんだか変わりましたね?

 シルキー様、可愛いですものね!」

「そうなのだ……

 可愛くて仕方がない。

 アンナ以上に突拍子もないことをすることもあるのだが、それすら愛しく思える」



 ふふふ……と、私たちは笑う。



「まさか、アンナと恋バナとはな……」

「私も思ってもみなかったです」



 紅茶を入れてもらっていたので、一口飲む。

 もうすっかり冷えてしまっている。



「殿下、温かいのいれましょうか?」

「あぁ、頼む。

 アンナは、お茶も入れられるのか?」

「できますよ?

 家でも学園でも、自分で入れていましたから……」

「そうそう、シルキーも、もう少ししたら来ると思うんだが……

 シルキーの分も用意してくれるか?」

「お安いごようです!」



 3人分のお茶を用意したところで、扉がノックされる。

 入ってきたのは、件の公女、シルキーであった。



「アンナリーゼ……?」

「はい、シルキー様。

 ローズディアでひと段落下ので、会いに来ましたよ!」



 紅茶を入れるのに立っていた私に、シルキーは抱きついた。

 殿下に、呼び出された理由を聞いていなかったのだろうか?

 先ほどは、私をみてとても驚いていた。

 ここは、殿下に抱きつくところだと思うのだけど……

 当の殿下は、シルキーの行動を見て、仕方ないなって顔で眺めているだけだった。



「アンナリーゼ……

 会いたかったぞ……」

「はい、私も会いたかったです」



 私より背の低いシルキーの頭がちょうどいいところにあるのをいいことに頭を撫でる。

 とても嬉しそうにしてくれるので、ナデナデとしている。



「そろそろ、こちらにかけたらどうだ?」



 殿下の不服そうな声が聞こえてきた。

 シルキーを取られたようで、ちょっと拗ねているようだ。



「シルキー様、紅茶をいれましたから、殿下と一緒にいかがですか?」

「アンナリーゼが入れるのか?」

「はい、そうですよ」

「是非、いただこうぞ!」



 紅茶を入れてソファに戻ると、殿下の隣でなく私のが座っていたところの隣に座って、ここだと言わんばかりにポンポンと座るところを軽く叩いている。

 チラッと殿下をみると、仕方ないだろ……という顔だ。




「俺は、アンナには一生勝てなさそうなんだがな……」




 ボソボソっと呟いているが、きっと、シルキーも殿下のこと大事にしているとは思う。



「どうぞ……」



 それぞれの前に入れたばかりの紅茶を置くと二人ともコクンと飲んでいる。



「うまいな……」



 殿下は、感嘆している。

 もちろん、シルキーも気に入っているかのようにほぅっと吐息も漏らしながら飲んでいた。





「シルキー様に、お約束のこれを……」



 そこで、シルキーとの約束のアメジストの宝飾品の入った小箱を机に置く。

 置かれた箱を眺めている。


 あれ……?

 いらなかったかしらね……?



「アンナリーゼ?

 あの約束、覚えていてくれたのかえ?」

「もちろんですよ!

 気に入ってもらえるとうれしいですけど……

 開けてみてください!」



 シルキーは、机に置かれた小箱を手に取り開く。

 中には、アメジストでできたキキョウの髪飾りが入っている。



「キキョウという花の髪飾りです。

 友の帰りを願う、永遠の愛を意味しています。

 紫のキキョウには、気品という意味も持ちますよ」



 シルキーに説明をすると、ぎゅーっと抱きしめられる。

 私も抱きしめ返す。



「ありがとうなのじゃ……

 アンナリーゼ、わらわは、そなたにもらった髪飾りに相応しい者に

 なれるよう努力するぞ!」

「よかったな、シルキー」

「ジルベスターも欲しいんじゃないかえ?」

「い……いや、そんなことないぞ?」

「素直に言えばいいものを!」



 チラッと殿下は、私をみる。



「シルキー様、殿下に差し上げてもよろしいのですか?」

「もちろんなのじゃ!

 アンナリーゼとのつながりをジルベスターも大事にしているは知っておる。

 むしろ、大事にしないような人であれば、願い下げなのじゃ!」



 すごい言われようだな……と、思ってしまった。

 私でもそこまでは言わない……



「では、何か、用意してくれるか……?」


 すまなさそうに私にしている殿下。

 シルキー様には、頭が上がらないのだろうか?




 コトっと机の上にもう一つ小箱を置く。




 本当は悩んだのだ。

 殿下に、贈っていいものかどうか。

 シルキーが許可してくれるなら、いいだろうか。



「シルキー様とおそろいのモノにしました」

「髪飾りか?」

「そんなわけないですよ!もぅ!!」



 二人のやり取りをシルキーがみて、おもしろそうに笑っている。



「開けてみてください」



 私に促され、殿下も小箱を開けて中身を確認する。

 あまり目立たないものにしようと思い、カフスボタンにした。

 しかも、キキョウでシルキーと揃えた。



「私からの贈り物だって、二人とも秘密にしてくださいね!!

 結婚祝いとして、お二人に贈らせてください!」

「「ありがとう」なのじゃ」



 喜んでもらえたようで、何よりだ。



「しかし、アンナ、アメジストを配っているともっぱらの話だぞ?」

「私、配ってませんけど……

 ローズディアの友人へお礼に贈ったら、いつの間にかそれが広まったようです。

 ジョージア様にもねだられましたからね……

 だから秘密です!」



 しぃーっと、口元に人差し指をたてて、秘密ですというと、二人とも頷いてくれたのであった。

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