第111話 夜は、長めに

 これって、なかなか緊張するわね。

 私の心内で、同じ夕食の席に座る人たちを見回してため息をついた。

 正面にはジョージア、両サイドに義父と義母。私の両サイドにも父と母がいる。

 正直、このメンバーで、一体何を話すんだろう……と思わず身構えてしまう。

 できれば、私の失敗談なんてものが、父の口から出ないことを祈るばかりであった。



「アンナリーゼは、本当にいい子でうちに来ていただいて本当によかったと思って

 いますの!」



 義母から話は始まる。

 それからは、私を褒めたたえてくれる義父義母に赤面しつつ、私はだんだん小さくなっていく。


 恥ずかしい……


 褒められなれていない私は、この夕食会は地獄だった。

 義父母の褒め殺しに私はたじたじになっていく。



「アンナ、大丈夫?」



 夕食会が終わって、それぞれ部屋に分かれることになった。

 私は、義母と母とのお茶会、ジョージアは義父と父と一緒にお酒を飲むらしい。

 出来れば、私は遠慮して自室に引篭もりたい。さっき褒め殺しされて、もうお腹いっぱいだった。



「あ……はい。大丈夫です」

「どうしたの?いつもの元気がないわね?」

「いえ、褒められ慣れてなくて……」



 ボソボソっというと、ジョージアは本当におかしそうに笑う。



「アンナほどの子が褒められてないの?」

「はい……知っているでしょ?じゃじゃ馬とか、お転婆とか……言われているの」



 くっくっくっと震えているジョージア。

 ツボに入ったようで何よりだが、私は笑いどころじゃない。



「じゃあ、俺がアンナに付き合うから、親は親たちで話してもらおう」

「それで、いいんですか?」

「いいよ。アンナは、ついて行っても聞いているだけだろ?俺もたぶん一緒

 だから……」



 うーんと考える。どう考えたって、うちの父がいるのだ。

 ジョージアは、今後の領地運営を考えると絶対行った方がいい。

 だから、提案は断ることにした。

 ジョージアとの時間は、短いとはいえ、私にはまだまだあるのだ。



「ジョージア様、行ってきてください!父の話って、結構ジョージア様のために

 なると思いますから、ぜひ聞いてほしいんです!」



 ジョージアの今後のことを思うと、成長を……してほしものだ。

 行って行って!っていうと後ろ髪をひかれるようにジョージアは父たちのところへ行ってくれた。



「お母様、少し疲れましたので、お部屋で休んでもいいですか?」

「大丈夫?無理はしないでね、アンナリーゼ」

「アンナ、後でお部屋に行くわ!」



 頷いて、私は自室に籠ることにした。




 ◆◇◆




「デリア……体中、こそばゆい……むずむずする……」



 義父と義母、それに父の褒め殺しで、夕食会の間中、かなり悶えていたのだ……

 顔は微笑みを絶やさずにいたが、もう無理だった。



「アンナ様、大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃない……」

「アンナ様にもあるのですね。苦手なことって……」



 あるわよー!とデリアにいい、むずむずする背中をソファの背もたれで落ち着かせている。



「お兄様に手紙を書くから便せんくれる?」

「少々お待ちください」



 デリアが机の上に用意してくれたのは、花がらの可愛らしい便せんだった。



『 お兄様 へ


 お元気ですか?

 こちらにきて、早いものでもう半年くらいになってきました。

 ジョージア様にもご両親にも大事され、私は今幸せですよ!


 でも、家族が恋しい頃に、両親に会えて、とても嬉しく思っています。

 そして、今日、お兄様に会えなかったことは、残念にも思えます。


 お兄様はいかがですか?

 殿下の秘書はちゃんと務まっていますか?

 ハリーとうまくやってますか?

 お酒は、程ほどにしておかないと、私、本当に怒りますから、ちゃんと控えて

 くださいね!


 辛くなったら、ご連絡ください。呼んでください。

 いつでも、アンナはお兄様の味方ですから……


 お兄様なら……大丈夫。

 1人で抱え込まないで、お父様やお母さまを頼って。

 エリザベスも今は大変な時期だけど、時間ができれば必ずお兄様の一番の理解者に

 なってくれますから……

 それまでは、アンナが、いることも覚えておいてくださいね。


                           アンナリーゼより 』



 ちょうど手紙を書き終わったころ、母が部屋を訪れた。



「アンナ、大丈夫?」

「はい。大丈夫です……褒められなれてないので、むずがゆくて……なんて

 いうか……」



 母は、頭を軽く振って、そんなことだろうと思ったと言っている。



「お兄様に手紙を書きました。渡してもらえますか?」

「えぇ、いいわよ。サシャも喜ぶと思うわ。実のところ、アンナがいなくなって

 一番こたえているのは、サシャなのかもしれないわね……」



 兄のことを案じている母の手をそっと包み込むように握る。

 若いといえど、母も年を取った。手にかすかにしわができている。



「お母様、乗り越えるべきはお兄様自身です。私たちは、見守るしかありません。

 でも、お兄様ならきっと大丈夫ですよ。必ず、越えられますから……」

「そうね。あの子なら、きっと……それにしても、アンナは、サシャのことをずい

 ぶんかっているのね?」

「だって、私のお兄様ですもの!」



 母に笑いかけると、そうねと言ってくれる。

 私だけでなく、母も兄のことが気がかりなのだろう。

 兄も私も、迷いながら少しずつ前に行くしかない。

 壁にぶつかったら、超えるか壊すしかない。

 兄は、超えるだろうな。私は、壊すだろう……


 二人とも、もう子供ではないのだから……それぞれ頑張るしかないのだ。

 ただ、私たちは、兄妹。助け合えるところは、助けあえばいい。


 お兄様、がんばってね……


 心の中で祈るのであった。


 母と楽しくお茶をしているところに、コンコンと扉がノックされた。

 入るよとジョージアが入ってくる。



「お義母様、いらしていたのですね!」

「こんばんは、ジョージア様」

「ジョージアでいいですよ。お義母様にとって、娘婿なのですから」



 そういって、優しく微笑むジョージア。

 この笑顔は、凶器だ……他に令嬢がいれば、卒業式の二の舞だろう。

 まぁ、お母様は、お父様以外、男性は『芋』らしいので……なんともないだろうけど。



「ふふふ、そういってもらえると嬉しいわ。こんな娘ですけど、ジョージア、アンナ

 のことよろしくね。強いようでもろいところもあるのよ。だから、しっかり支えて

 あげてね?」

「わかりました。大事にします」

「では、私はお邪魔ね。また、明日の仮縫いのときにでも……」

「「おやすみなさい」」



 母は、部屋から出ていき、部屋にはジョージアと二人きりだ。



「お義父様は、おもしろい方だね。アンナのものの見方の原点かな?」

「ん?どういうことですか?」

「投資とか情勢とかいろいろ教えてもらった。アンナに勧めてもらって行ってきて

 よかった!」



 うん、身になったみたいで、よかった。

 ちょっとでも、ジョージアがいろいろなものに興味を持ってもらえるといいなと思っている。

 ジョージアも物知りだが、意外と偏っているのだ。

 父は、見聞が広い。兄も母に扱かれたおかげで、だいぶ偏りがなくなってきている。

 私たち家族と関わることで、少しでもジョージアの視野が広がるだろうと考えていた。



「アンナは、ゆっくり休めたかい?」

「はい。ゆっくりさせていただきました。お兄様に手紙を書いていたの!

 ジョージア様も時間が良ければ、書いてあげてください!」



 あぁ、わかったと言ってくれたのできっと今晩にも書いてくれるだろう。

 最近思うが、ジョージアのスキンシップが、やたら多い気がする。



「はい。アンナ充電!」

「えっ?」

「えっ?……ほらほら」



 めげずにジョージアが腕を広げて私が来るのを待っていた。

 甘えられれば、はいはいということききたくなる。


 うーん、これは……私、重症かしら……?



「今日は、もう、寝ようか?」



 抱きしめられ、すっぽり腕の中に納まっている私の耳元で囁くジョージア。

 私は、ジョージアの手を取り、立ち上がって歩いていく。



「おやすみなさい!」

「えっ!?追い出されるの?」

「はい、おやすみなさい!」



 自室の扉まで手を引き、連れて行く。

 そして、扉のところで後ろから押して部屋からジョージアをだして、ニッコリ笑って挨拶をした。

 パタンと扉を閉める。



「はぁ……まだまだ、一緒には寝てくれないか……」



 扉の前で呟くジョージアの声は、反対側にいる私には丸聞こえだ。


 ごめんね、ジョージア様。


 おやすみなさいと返事をするように、私は呟くのであった。

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