第43話 サプライズと懐中時計

 我が家は、昨晩から忙しい。

 今日は、兄の学園卒業式なのだ。

 保護者や親戚など家族参列するので、あちらもこちらも侍女がメイドに指示を飛ばしている。


 さながら、戦場だ……


 まだ、剣戟が織りなされていないだけ平和だろうが、家中でバタバタと慌てた侍女やメイド達の足音で溢れかえっているのか耳を澄ませなくても聞こえてくる。

 かく言う私も卒業生のパートナーとして参加するので、その慌ただしい最中にいるのだが、お迎えまでに時間があるので、ゆっくり支度をしているところだ。



 まず、最初に準備を終わらせないといけないのが兄であった。

 街外れにひっそりと立っているバクラー侯爵家まで、本日のパートナーであるエリザベスを迎えに行かないといけない。

 学園から、真逆の位置にあるためバクラーのお屋敷まで早々と出かけて行った。

 馬車の中で寝るつもりだろう……窓から馬車に乗り込む兄が見えたが、マクラが見えた気がする。

 直前まで眠っていないことを願うばかりだ。

 多少だらしない兄でも、エリザベスは許してくれるだろうが、さすがに妹として恥ずかしい。


 そのあとは両親だ。

 父は普段と変わりない黒を基調とした礼服を着ている。

 母は、ワインレッドのドレスにしたらしくそれに似合う装いを整えていく侍女たちが働き蜂のようにブンブンと飛び回る。

 貫禄と威厳、凛とした立ち姿は、さながら女王蜂のようだ。

 ここの侍女・メイドは確かに母を主人と仰ぐ人が多い……

 一応、父が侯爵なのだから、気を使ってあげてほしいものだが、それほど母が魅力的だということだろう。



 余談だが、社交界に出るようになってから聞こえてくるのは、父がよく母を射止められたなという話題だ。

 父は、金勘定好きな面白みのない人間だと評価されている。

 母はいわずもがな社交界の華。

 そんな母にも未婚時には、ものすごい数の縁談があったそうだ。

 だが、単純に母が、父に一目惚れをして、他の婿候補と結婚させらるくらいなら派遣戦場へでますと祖父に言ったそうだ……

 慌てて、縁談をまとめたという祖父は、軍人にしては柔軟な人間なのだろう。

 おかげで、両親は、今でも子供が目のやり場に困るほど、とっても仲がいい。


 見た目は、女王様と執事のようだが……



 最後に私の順番だった。

 夏に仕上げたドレスに袖を通す。

 青を基調にされていて、青薔薇の刺繍で見た目も凛としたイメージもあるが胸元のピンクの薔薇のおかげでかわいらしい一面ももつ。

 いつ見ても、ジョージアとデザイナーの合作デザインは素晴らしい。

 卒業式ということで、少し大人に見えるよう髪を編み込んでもらいハーフアップにしてもらうことになった。

 ふわふわしたストロベリーピンクの髪がより一層品位が上がるような仕上がりを目指しているとセットアップしているメイドの気合の入りようにくすっと笑ってしまう。



 ジョージアからいただいた宝飾品を順番につけていく。

 青のサファイアで作られた青薔薇の宝飾品たちだ。

 どれを見ても一級品である。



 まず、髪を結っていたメイドが仕上げにと髪飾りを髪にさしてくれる。

 次に、化粧を施していた侍女がピアスをつけてくれた。

 私のピアスホールに合わせて3つもあるのだ……

 そして、ドレスを整えてくれている侍女がブレスレットをつけてくれる。



 そのとき、下で来訪者を告げる執事の声がかすかに聞こえてきた。

 ジョージアが来たようで取次がされ、どうするか聞かれたので、ジョージアさえ良ければ、私の部屋に通すよう指示をする。

 メイド達は、即座に部屋を整え始め、ジョージアが案内されたころには部屋は綺麗に片付いている。



「試着は見たが、これは……とても綺麗だ!!」



 ジョージアが、部屋に入るなり、ほほ笑んで私を手放しで褒めてくれる。

 とても嬉しい。



「ようこそ、いらっしゃいませ。

 すみません、見てのとおりまだ、準備していて……」



 あとはネックレスを付けるだけで終わるのだが、申し訳なさそうに伝える。



「構わないさ。

 アンナがどんな風になっているのか楽しみで、俺が少し早く来てしまったのだから……」



 ジョージアは楽しみと言っているが、これは社交辞令ではないのだろう。

 本心で言っているのがわかった。

 だからこそ、お願いをしてみることにする。



「ジョージア様、私、まだ、準備が終わってませんの。少しお手伝いしてもらえますか?」



 ジョージアから見れば、もう準備は終わっているのだと思っていたらしく、不思議そうにしている。



「あぁ、構わないよ。俺は何をしたらいい?」



 それでも、協力してくれると言ってくれるので、私のドレッサーの横にある机を指さす。

 そこには、ジョージアがくれた宝飾品を入れる宝石箱が置いてあった。



「最後にいただいたネックレスを付けないといけないの。つけてくださる?」

「そんなことならお安い御用だ」



 そう言って座っていたソファから立ち、こちらに近づいてくる。

 鏡越しにジョージアを見ていた。

 ジョージアも私を見ていたのだろう。

 鏡越しに目があうので、ほほ笑んでおく。


 後ろに立って、宝石箱からネックレスを取り出す。

 それだけでジョージアは絵になりそうだ……王子と言われれば、誰も疑わないだろう。



「じゃあ、つけるね」



 腕を回し、私の首へネックレスをつけてくれる。


 両肩に手を置いた。



「できた……本当に綺麗だ……」



 耳元でささやかれ、ジョージアのしぐさを鏡で見ていた私は、鎖骨のあたりまで真っ赤だった。


 ネックレスはつけ終わったので、元いたところに帰るのかと思うと、そのままの体制で鏡越しに見られている。

 この蜂蜜色の瞳、何か魔法でもあるのだろうか、吸い寄せられるように見つめてしまう。



「今日だけは、俺の特権だね……」



 再度囁かれたときは何を言われたのかわからなかったが、鏡を見ていた私はさらに赤くなる。

 首筋に触れるか触れないかのキスを落とされる。

 ただ、私は一部始終見ているだけだった……



 部屋の扉がノックされる。



「お嬢様、そろそろお時間です」



 そのノックの音にハッとして、鏡越しにジョージアを睨む。



「ジョージア様、戯れはほどほどにしないといけませんよ?」

「あぁ、そうだな。でも、今のは謝るつもりはないよ?」



 鏡越しのジョージアは、挑発的に笑う。



「そうですか……そういうのは、他所ではされないように。

 綺麗な顔に手形がつくことだってあるんですからね?」

「アンナは、ずいぶん余裕なんだね。こういうのも慣れてるとか?」

「慣れては、いませんよ?今でも手形をご所望ならつけて差し上げます!」



 蜂蜜色の瞳を見てふふふと笑うと、参ったなと返ってくる。



「君は肝が据わっているようだ。やっぱり、王妃にふさわしいんじゃないかな……?」


 にっこり笑っておく。

 前もジョージアには言ったが、王妃になんてなるつもりがないのだから。



「そろそろ行きましょうか?本当に卒業式に間に合いませんよ?」

「そうだな。一応主役が遅れるのはかっこ悪い。手を……」



 自室からエスコートしてくれるらしい。

 差し出された手を取り学園へ出発だ。

 すでに両親も出かけたようだ。

 侍女たちにせかされ、ジョージアが乗ってきた馬車へ私たちは押し込まれるのあった。




 ◇◆◇◆◇




「ジョージア様。本当は、もっと早く渡せばよかったのですけど……」



 馬車に乗ってから、私はこそっと宝飾された箱を取り出した。



「これは、何だい?」

「ジョージア様に贈り物です。気に入ってくれるといいな?」



 箱を渡すと、開けている。

 中身をみて、驚いているようだ。

 箱の中身は、精緻に装飾された金の懐中時計。


 ローズディア公国の象徴である薔薇をあしらい、真ん中にブルーダイヤが埋め込まれている。

 懐中時計の中を開ければ、蓋の裏側には、結局、交渉してアンバー公爵家の家紋を入れてもらった。

 文字盤は金にしてもらい薔薇の彫刻をあしらった。

 12にブルーダイヤ、6にピンクダイヤをはめてもらってある。

 さらに時計の針にも工夫がされている。

 ホワイトゴールドを長針にピンクゴールドを短針にしてあるのだ。

 デザインはもちろん私が描いたもの。

 作ってくれたのは、ビルが手配してくれたティアと時計職人。

 アンバー領のマーラ商会からニコライを通じて購入したものだ。



「……どうかしら?気に入ってくれた?」



 箱から出すと、シャランとチェーンが垂れる。

 チェーンもこだわってもらったので、素晴らしいものになっていた。



「これは、すごいね。うちの家紋まで入っている。

 ということは、うちの領地から取り寄せたことになるはずだけど……?」

「正確にいうと、デザインしたのは私、装飾したのはトワイス国の職人、時計職人

 はローズディアの職人ね。

 私への販売先が、アンバー公爵領の商会ってとこかしら?

 それ、ジョージア様の一点ものなの!」



 ジョージアへの贈り物は大層気に入ってくれたようだった。



「こんな素晴らしいもの、もらってもいいのかい?」

「もちろんですよ。むしろもらってくれないと……困ります」

「では、ありがたく受け取らせてもらうよ」



 すると、贈ったばかりの懐中時計を身に着けてくれた。



 それを見て、私は笑む。

 嬉しいな。ただ、それだけだった。

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