第42話 卒業式の前日Ⅱ

 午後の授業だけ終われば、明日の準備もあるので自宅へ戻る予定になっていた。


 教室を出ようとしたら、ニコライが廊下で私を待っているのが見える。

 殿下とハリーが両脇にいるが、いつものことなので私は気にしない。

 


「ニコライ!」

「あっ! アンナリーゼ様」



 駆け寄ってくるニコライの前にハリーが立ちはだかる。邪魔ね!



「ハリーどいて!」



 ハリーの脇腹を両手で力いっぱい押しやると、なんだか寂しそうな背中をしながらどいてくれる。

 ニコライは、ハリーが急に目の前に出てきたのでギョッとしていた。

 庶民であっても商売人のニコライは、ちゃんと情報は収集できていたようだ。



「お初にお目にかかります。

 トワイス国第一王子殿下とサンストーン様、私はローズディア公国のニコライ・マーラと申します。

 ローズディアにて商売をさせていただいてます父に代わりに、本日、アンナリーゼ様への納品の話を

 するよう仰せつかっておる者です」



 ニコライに挨拶され、毒気が抜かれたのか、商人であることに安どしたのか、そうかだけで終わる二人。

 何を買ったかなんて聞かれなくて……よかった。



「それで、ニコライ。準備はどうかしら?」

「はい。アンナリーゼ様。昨日、父がこちらに参りましたので、できればお屋敷にご招待していた

 だけると……」



 そこまで言って、ニコライは言葉を濁す。

 この催促ともとれる会話は、貴族と商人ではご法度なのだ。

 基本的に商売人が貴族に合わせるのが当たり前なのことだから。



「わかったわ。もう少ししたら、家に戻るから一緒に来てちょうだい」

「では、父に連絡をとりすぐに出かけられるようにします。お時間ありがとうございます」



 そういって、さっさと踵を返す。

 商売人は、今の時期忙しい。

 それをわざわざローズディアからビルは来てくれているのだ。

 私自身が、それなりに大口になったとはいえ、アンバー公爵領からであれば3日はかかる。

 それだけ、ビルが私を評価してくれたということにしておこうと思った。


 私とニコライの会話には興味もなかったのか、二人はその後も何も聞くこともしなかった。

 そういうところだと思うのよね……人を使い慣れている人って疑問を持たないから駄目ね……?

 私が、殿下とハリーの出来ないところにがっかりしているのは、本人たちは知る由もない。




◆◇◆◇◆




 時間はぴったりだった。

 兄と私が実家の門に着く少し前にビルとニコライも屋敷前についたようだった。

 兄には話していなかったので、二人を見ていぶかしんだが、最近飲んでいる紅茶の仕入れ先だというと機嫌よく一緒に同席してくれるらしい。

 別にいらないんだけど……



「それで、今日はどんなようなんだい?」



 客間に通されたビルとニコライは、兄の登場に困惑気味だ。

 まぁ……仕方ない。



「お兄様、少し黙りましょうか?」



 妹に睨まれて、黙ってくれる。

 日ごろから、私には頭が上がらないというようになったので、正直こういう時は、楽に対応できる。



「紹介するわね。私の兄のサシャです。

 アンバー領の紅茶、とっても気に入ってくれているみたいだから、もしかしたら、直接注文するかも

 しれないわ。ね? お兄様」



兄は、コクコク頷いている。黙っていろの命令をきちんと遂行中らしい。



「こちらが、アンバー領のマーラ商会の店主でビルです。

 その息子でニコライ。ニコライはお兄様も知っているかしら?

 秘密のお茶会に何度か誘っているので……」



 コクコクと再度頷いている。

 でも、そろそろ話したそうだ。

 もう少ししたら、許可を出してあげよう。

 もう少ししたらだ。



「それで、例のモノはできましたか?」



 以前から頼んであったジョージアに贈る懐中時計だ。



「はい。それはそれは見事なものができました。ご確認ください」



 そう言われ机に出された箱にも驚いた。

 結構な宝石箱並みのものだった。



「入れ物もすごいのね……」



 箱を開くと蓋の裏側には、卒業式の日付と私からのものであるとわかるように刻印が入っている。

 そして、例のモノである懐中時計だ。



 一緒に見ていた兄の方が先に声を出している。



「これは素晴らしいものだね……僕にくれるってわけじゃないだろうから……ジョージアにかい?」

「そうです。高価な宝飾品をいただきましたので、せめてものお返しにと記念になるものをお渡し

 するつもりで作らせたのです」



 二人の会話を何気なく聞いている親子。



「とても素晴らしい意匠ね。

 私のデザイン画を元にさらによくしてある。さすがティアということかしら?」



 ビルに視線を向ける。



「そうです。ティア殿のセンスは、何十年も磨いている職人にも負けず劣らずでした。

 今後も取引できるよう、現在交渉しています」



 ビルもいい職人を紹介してもらえたと喜んでいる。



「お願いしてた家紋、入れてくれたのね……嬉しいわ。

 卒業式1度きりしか使われなかったとしても、ジョージア様の記憶には残ってほしいものね……」



 宝石ももちろん時計自体も一級品だ。



「明日、お渡しするわね。わがままを聞いてくれて本当に今までありがとう。

 これからもよろしくね!あと、引き続き紅茶の件だけど……」



 兄の卒業でお祝いをくれた親族にお返しをしないといけないらしいので、最近兄が気に入っている紅茶がいいという話なった。

 これは、そんなに急がないので、1ヵ月以内の納品でお願いすることにする。



「茶葉なんだけど、いつももらっている瓶入りのを贈答用に50ほど用意してほしいのだけど、

 できるかしら?」

「かしこまりました。ご用意させていただきます」



 快く受けてくれる。

 この紅茶は、本当に利益還元率が半端ない代物となっている。

 関わっているみんながホクホクなのだ。

 それは、兄には黙っておくことにする。

 何せ、今回、お金を出してくれるのは兄なので……もちろん、家族割りなど笑顔で断っておいた。



 今日の要件はとりあえず終わったので、何か面白い話がないか聞いてみる。

 商人の情報も馬鹿にならないほど、おもしろいものが混じっていることが多い。



「こちらの国にワイズ伯爵という方がいらっしゃったと思いますが、現在、トワイス、ローズディアを

 出て帝国へ行ったそうです。

 何かよからぬことを考えているのではという噂も聞きますね……」



 帝国とは、戦争大好き国のインゼロ帝国のことだ。

 あの子の時代にある戦争の原因になる可能性もあるが、帝国行かれては手が出せない。

 ここは静観するしかないのだ。



「あとは、ワイズ伯爵には遠縁に年頃の女の子がいると聞いています。

 どこか侯爵家の侍女として働いているときいてますが、この侍女を養女にして、近々侯爵家嫡男と

 婚約するのだと伯爵は豪語していたらしいです。

 折しも自分も結婚するのだと周囲に言いふらしていたようですがね……」



 なるほど、それで繋がった。

 私は、卒業式が終わり、正式にエリザベスがこの家で住み始める頃、心当たりのあるその侍女へ仕掛けることにした。

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