第37話 アンバー領の紅茶

「せっかく、店主がきているから、儲け話もついでにできるかしら?」

「と、言いますと?」



 儲け話と聞いてビルが乗ってきてくれる。

 小娘ごときにと侮っていないようで、大変結構だ。

 しかし、ニコライはもうちょっと話に乗ってきてもいいと思うんだけど、まだまだ、商売について父親に任せっきりね……

 儲け話には、裏があると言うのは、言うまでもないので興味がないとするのも正しい判断でもあるのかもしれないけど……私からの提案ならそういうあやしいものはないと信用してほしいところである。



「アンバー領に紅茶の産地があるのはご存知?」

「はい。2ヶ所ほどは存じております。どちらも南の方の地方ですね?」



 これは、しめたと思った。

 大店の店主であるビルのことなので、知らないのか、はたまた知らぬふりをしているのかわからないけど……私は、得意げに紅茶の話を始める。



「私の知り合いにアンバー領の山間部の子がいるのですけど、この前、そこの紅茶をいただいたの。

 有名産地のものより、とてもおいしい紅茶だったのよ。

 そこの紅茶を仕入れてほしいのだけど……できるかしら?

 この前、うちで主催したお茶会でとっても好評だったから、手に入るなら高値でも買うわ。

 他の誰もしらないというプレミアムも含めて。

 それと、一緒に貴族のお茶会で宣伝もしておくけど、どうかしら?」



 貴族のお茶会での紅茶茶葉は、かなり重要商品だ。

 話の始まりは、紅茶の旨さを褒めるところから始まるからだ。

 生産数も限られるとなると、通常の値段より高価になるので、マーラ商会への利益も十分見込める。



「アンナリーゼ様には、敵いませんね。

 私は、アンバー領地で住んでいますが、そのような紅茶茶葉あることは知りませんでした。

 自領へ戻り次第調べ、次回お会いできるときに持参させてもらいます」

「そう。交渉成立ってことでいいかしら?」

「それで結構です。値段等に関しては、そのときにご相談させてください」



 ビルの頭の中は、計算機がフルに働いているだろう。

 手札をわかった状態で切っているからこそ私が優位になっているが、ビルは手札すら知らないで言われたことに即座に反応を示しているにすぎないのだ。

 ただ、今回のビルのその判断はいい判断である。

 もう一つ切り札があるのだが、今は、まだ、切らなくてもいいだろう。

 いずれ時が来れば、わかることなのだから……



「これで、懐中時計の赤字分取り戻せるかしらね……?」



 交渉も終わったので、私は何気なく呟いた。



「今、なんと?」

「赤字分の補てんはできた算段が取れたかしら?と言ったのよ」



 苦い顔をしてビルは、こちらを見ていた。

 そう、今回の提案は、懐中時計の赤字補てんのための提案だったのだ。

 すぐに回収は難しくても、上級貴族からの紅茶茶葉として高値で売れれば、恒常的な収入となる。

 赤字どころか長期的に見れば、かなりの利益を捻出するはずだ。



「そこまで、お見通しでしたか……アンナリーゼ様には隠し事はできませんね?」



 ビルは力なく笑っているが、ニコライはちょっと顔が青い。

 ニコライもできる人間だろうから、ビルと同じく私との会話を聞きながら計算機をフルに使っていただろう。

 だからこそ、父であるビルが請け負ったことにも何一つ言わなかったのだ。



「なんでも見通せたら、苦労なんてないわよ。

 あなたたちとは、今後も良好な関係でいたかったから、提案しただけよ」

「それは、何故でしょう?国も違う我が商会にそこまでしていただくのは?」



 ビルも不思議で仕方ないことだろう。

 ニコライが私に近づいたと言っても、つい最近のことでそこまで親しいわけではないのだ。



「そうね。今は言えないわ。そのうちわかるときがくるとだけ……」



 はぁ……と、ビルは困惑している。

 隣で、同じような顔をして息子も困惑している。



「そのときには、全力で力を貸してほしいのよ。ニコライも含めてね!」

「わかりました。とりあえず、そういうことにしておきます。

 懐中時計の交渉、紅茶茶葉については、商談通り進めさせていただきます」



 納得はいかないけど、言えないと言われるものを貴族からわざわざ聞きなおすわけにもいかないのでとりあえずそのときまで保留にしたようだ。



「マーラ商会と息子ニコライを含め今後ともご贔屓にお願いいたします」



 ビルの挨拶を最後に今日のところは解散となった。

 うん、いい商談が出来たと私は大満足で終わるのである。

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