第5話 いざ、デビュー!

 そのままハリーの手を取り、急いで扉の前で先ほどと寸分たがわない淑女の礼をとる私と最敬礼をしているハリーの名前が呼ばれ、扉が開く。

 扉が開いた瞬間にどっと拍手が起こった。

 今までの子たちは拍手なんて聞こえてなかったはずだけど……?と思いながら姿勢を正すと、大広間のシャンデリアの光がまぶしい。



「行こうか、アンナ。今日は俺がずっと一緒にいるから……」



 立ち上がって、開口一口目ハリーのその言葉がとても心強く、しっかり絨毯を踏みしめる。



「よろしく、ハリー。私の大切な人」



 一歩一歩進み、両陛下の前まで行く。

 その間もいろいろな視線を感じて少し緊張したが、ハリーがうまくリードしてくれるおかげでゆったりと歩けている。

 階段を登り、御前でハリーは最敬礼、私は淑女の礼を再度とる。

 話しかけられるまで、言葉を発せない決まりとなっている中で、他の子たちより少し長い時間そうしていたように思う……



「面をあげよ。宰相の息子、そして財務大臣の娘。

 社交界デビューおめでとう。

 これからはトワイス国の貴族として手本となるよう励みなさい」



 陛下は私を見て、物憂げにしている。隣に座している正妃も同じだ。



「お祝いの言葉、大変嬉しく存じます。

 陛下のお言葉を胸に、より一層邁進してまいります。

 これからも陛下の御代が素晴らしい代でありますよう微力ながら父とともにお仕えさせていただき

 ます」



 そして、再度、最敬礼をする。

 今度は、私とハリー二人でだ。

 今回も私はハリーの隣で笑顔を振りまくだけである。

 これで、お勤めは終わったと思って少し気持ちが緩くなった。



 去ろうとすると、正妃に呼び止められる。



「ヘンリーにアンナリーゼの衣装は、揃えたのですか?

 とても今日の二人に似合っていて素敵だわ!」

 


 広間にも聞こえていただろう正妃の話は、噂好きの貴族が聞き耳を立てないわけがない。



「正妃様の問いに、私がお答えしてもよろしいでしょうか?」



 両陛下を見据え、ハリーにも目配せしたら、三人とも頷いてくれる。



「答えは、別々に作ったものです。

 私は兄とデビューを迎える予定でしたので、両親が私に一番似合うドレスを用意してくれました。

 ヘンリー様とデビューをすると伝えられたのは昨夜のことです。

 私も本日、屋敷に迎えに来てくれたヘンリー様を見てとても驚いたのです。

 ですから、正妃様にそのように言っていただいて、ヘンリー様も私もとても嬉しく存じます!」



 嬉しい気持ちを前面に出すように、もうそれはそれは大仰に私は微笑んだ。

 ハリーも私を見て微笑んでくれている。



「では、御前を失礼いたします」



 ハリーに退出を促してもらった。うん、助かった。



 チリッとハリーの懐中時計のチェーンがなる。そこには、アメジストが揺れていた。



 そのあとに殿下とイリアが呼ばれ大広間に入ってくる。

 私たちに比べると拍手はかなりまばらで、イリアのドレスをみてギョッとしている大人が大半以上である。

 それは、両陛下もだった。

 つつがなく殿下の挨拶は終わり、殿下とイリア嬢によるファーストダンスが行われる。

 なんか、殿下のキレが悪い。

 もっと、踊れるはずなのに、殿下のいつものダンスとは違い、イリアに振り回されているような印象であった。



 それが終わると、本日デビューした私たちが踊るのだ。

 色とりどりのドレスが花咲き、ホールはとてもきれいだったそうだ。

 その中でも一際目を引いたのは言うまでもなく、ハリーと私のペアである。



「あのお二人、とってもお似合いね。

 息もぴったりあって、雰囲気もぴったりで、すでに二人の世界が出来上がっている

 ようだわ……」



 ほぅとため息をつくご婦人たちがたくさんいた。

 私をダンスに誘いたいとそわそわしている独身男性たちがホールのあちこちにいる。

 それほど、私は美しかったのだそうだ。



 壁の花など、もってのほかだ。

 まさにホールの華。

 母のような社交界の華として鮮烈なデビューであった。



 一曲終わったことで、ホールは大人たちも踊れるようになる。

 そこで、たくさんの男性に囲まれてしまった私たちはかなり困った。

 私の立場では、無下にはできない方々も中にはいる。



「アンナ、僕と踊ってください」



 そう声をかけてきたのは、トワイス国第一王子である。

 そこには割り込んできたとしても誰も文句も言えない。

 ハリーをチラッと見ると、行っておいで! と頷いてくれる。



「喜んで! 殿下」



 私は、殿下の手を取り、ホールの真ん中で踊る。

 殿下のシルバーに青の正装と私のラベンダーのドレスが、二人を引き立てる。


 またまた、ご婦人たちに悩まし気なため息があちらこちらと漏れてきている。

 殿下は先ほどのファーストダンスを踊ったときに比べ、私とはとても楽し気に踊っている。



「殿下、お誘いいただきありがとう存じます。

 殿下は、さすがですね。

 ダンスのリード上手でとっても素敵です! 」

「いや、できればファーストダンスもそなたがよかったのだがな……

 でも、今、こうしてそなたと踊れているのでよしとしよう。

 先ほどのハリーとも見事なダンスであったぞ! 」



 ダンス上手な殿下に褒めてもらうと素直に嬉しい。



 ふと、周りを見渡す。

 するとダンスをしているのは、ホールで私たち二人だけであった。

 まるでファーストダンスのような……ホールいっぱいに殿下と二人で踊る。


 後で聞いたのだが、陛下の計らいで、皆ダンスホールから捌けるように指示があったそうだ。

 ほぼ1曲、ダンスホールでは、殿下と私の二人で踊った。

 ハリーにダンスを断られて壁の花になっていたイリア嬢からの視線が、とてもとても痛い……


 その後も、父を始め、何人もの方に誘われ、夜が更けるまで踊り続けた。

 武芸のおかげか疲れはしたが、軸がぶれることなくお開きになるまで、踊り続けることとなった。


 次の日から3日間は、筋肉痛でベッドより起き上がることすらできないでいたことは余談である……

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