第6話 侯爵令嬢として
鮮烈な社交界デビューをした私は、その後3日間、筋肉痛により動けなかった。
母には軟弱と言われ、筋肉痛が終わったら、さらに厳しく教育されることを言い渡される。
今回、こんなに筋肉痛で苦しんだのだ……
少々踊ったくらいで寝込まないといけなくなるような体では困るので、母にお願いすることにする。
動けるようになったころ、ハリーがお見舞いと称しておいしいお菓子と共に尋ねてきてくれた。
「デビュタントのときのアンナの話で、どこのお茶会も夜会ももちきりだよ。
一国の王ですら目を奪われたんじゃないかと言われているんだって、すごいな?」
ハリーにそんな風に言われても、私には全く実感なんてなかった。
この3日間、ベッドの上で筋肉痛に苦しんでいたのだから……お茶会も夜会も参加できていない。
「もう、ハリーはお茶会も夜会も参加したの?」
ハリーも相当数のご令嬢と踊っていたはずだ。
なのに、だ!
さすが男の子だ……羨ましい!と思っていたが、白状される。
「お茶会に参加はしていたけど、座っているだけ……まったく体が動かなくてね。
ダンスのあるようなものには行ってないし、座ってお茶をすすってるのだけ2つほど行ってきた
くらいだよ。
母からの強制参加の命令されたやつだけ……」
ハリーの告白に、お腹を抱えて笑ってしまう。
まだ、完全復活にほど遠い私の体は、笑うだけで痛くて撃沈する。
そんな私を見て、ハリーはあまり長いはしないでくれてとても助かった。
◆◇◆◇◆
デビュー以降、私にもたくさんのお茶会や夜会の招待状が来ているらしい。
母は、行ってもいいところと行かなければならないところだけを選別して私に招待状を渡してくる。
その選別の理由を聞きながら、もう少ししたら選別も自分でしてみたいと申し出た。
母からは当たり前だとお叱りを受けたが、それもそうだ。
いつもまでも母を頼るわけにもいかないのだから……
15歳になると学園と言われるトワイス国と隣国のローズディア公国が共同で立てたところに通うことになる。
それまでに、母からこれでもか!ってぐらいの教育を受けることになるのだが、すべて学園に行く前から役に立っている。
王宮でのお茶会や公爵家での夜会など、数をこなして場慣れしていかないといけない。
もちろん情報取集の練習も兼ねているので、私はまだまだとても楽しむような状況ではなかった。
帰って母と答え合わせをして、間違った情報をつかまされたことも多々あったりと失敗も繰り返しているところだ。
だんだん前情報だけで、どこに噂が転がっているのか、誰がカギになっているのかわかるようになってきている。
時折とんでも情報が入ってくることもある。
その裏付けは、母がとってきたりするのだが……私にその手腕は、まだまだ、備わっていないようだ。
それでも、社交界デビュー前から始めて1年半が過ぎたころには、父に情報提供できるほど、精度を上げていた。
母も私の情報にやっと太鼓判を押してくれるようになったのだ。
もちろん、あの筋肉痛を機に、母と一緒に剣の稽古も乗馬も狩りも行っている。
この前、こっそり祖父が練度している兵士の中に新兵としてまた混ざってきた。
さすがにばれたかと思ったけど、今のところ、大丈夫そうだ。
まぁ、母には筒抜けなんだと思うけど……
何も言ってこないのをいいことにせっせと体は鍛えている。
令嬢としてきちんとした教養もつけないと、ただのお転婆娘で嫁の貰い手がない! と毎日怒られているので、こちらもつつがなく身に着けている。
武を鍛えれば、姿勢もよくなるし芯がしっかりしたおかげか、どこの夜会でも踊りつぶれなくなった。
今では、母と夜会の華として両翼を取っているまで言われる。
私は、ちょっと鼻高々だ。
それに加え情報収集もきちんとしているのだから、私ってえらい!
父以外、誰も褒めてくれないが……
たまに、ハリーとお茶会と称して情報交換をしている。
そのおかげか、やはり情報精度もぐっと上がってきている。
今日、ハリーが訪れたのも、夜会やお茶会での情報交換をするためだった。
父のいるタヌキとキツネの化かし合いをしている職場でも、私の、私たちの情報は役に立っているようで何よりだ。
この前、どっかのえらいさん、不正取引がばれてしょっ引かれたらしい。
小さな噂話でしかなかったものを精査して父へ情報提供したのは私だった。
どっかのえらいさん、ご愁傷様と同情するばかりだ。
たくさんの人脈と社交のノウハウ、武を納めている私には、たくさんの縁談の話も来ている。
筆頭は王家。2公爵家、他にも国内外の貴族から来ているようだった。
一度母より、その話を相談されたことがある。
その時は、まだ早いですと笑ってごまかしておいたのだが……私は、自分の『予知夢』に忠実に生きようと思っている。
そろそろ母に自分の将来の話をする時期が来たのだろうかと思案しているところだ。
◇◆◇◆◇
「お母様、学園に行く前にお話があります。私の将来について……予知夢の話です」
父もいたが、あえて母に話しかける。
そして、自分の将来について、『予知夢』で見た話をするために。
母からの返答は、少し時間がかかった。
何か考えているのだろう。
「わかりました、アンナのお話、聞くわ。
ただし、5日後の夜に家族で聞くということにしてほしいの。
あなたの将来の話であれば、さすがに私だけでは判断できません。
当主としてお父様と次期当主としてサシャにも聞かせるべきだと判断します」
そういわれれば、そうだ。
家族なのだし、私は貴族令嬢なのだから、父にも兄にもきちんと話しておくべきだ。
貴族令嬢は、政略結婚の駒として使われることもある。
父は、私を駒だと考えてもいないだろうし、駒として扱うことは絶対に許さないだろう……
でも、今回の話は、私の今後の話であり、最後までの話である。
「それでかまいません。よろしくお願いします」
母はまだ、何か考えているようだ。
「それと、あの事件のことも2人に話しておきます。いいでしょ?
でないと、信じられないと思うの……」
私の秘密を家族に話すのだ。
あとは、母にすべて任せておくと伝えると頷いてくれる。
「では、5日後の夜に」
私は挨拶を済ませ、両親がいる部屋を後にする。
扉が閉まるときには、もうすでに母は父に私の話をする体制であったため、今夜中には私の話は父に伝わるだろう。
信じてもらえるかはわからないが、きっと父なら、子どもの私の話もきちんと聞いてくれるそう確信して自室へと戻った。
自室では、家族に『予知夢』の話をする前に、たくさんとってあるメモを読み返すことにした。
まだ小さい頃のメモだったのだろう。
自分の字だが、字が汚すぎて読めない……
ただ、読める部分を少し読めば、どの様な場面かはすぐに思い出せる。
たまたま開いたページは、私が1番封印したい場面のメモであった。
床には、お父様、お母様、お兄様、ハリー、殿下、そして、私のストロベリーピンクの髪。
私が手を伸ばした先には、大人になったハリーがいた。
思い出して、涙が溢れてくる。
拭っても拭っても、止まることはない。
そっと、今開いているメモのページを閉じて、静かに目をつむり他の場面を思い出す。
一番気に入っている結婚式の場面だ。
私は素敵な衣装に身を包み、微笑んでいる大人になったハリーが隣にいるのだ。
幸せな、とても幸せな夢であった。
まるで、デビュタントのときのような温かい気持ちになるのだ。
「未来がわかるって……残酷ね……でも……」
わからないと守れないものもある。
『予知夢』のおかげで、守りたいものを守れるなら、命も賭けられる。
侯爵家の令嬢として、貴族の一員として大切な人を守る決意を胸に……
私の決意は、揺るがない、揺るがせない。
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