第2話 デビュタントのパートナーは?
「お兄様、私のデビュタントのお相手は、もうお聞きになりましたか? 私はまだ、聞かされていないのですけど、お兄様がエスコートしてくださいますか?」
兄に何気なく尋ねると、とんでもないという雰囲気を出され、首を横にぶんぶんふられてしまう。
今は、兄とのダンス練習の休憩中だ。もう少ししたら、社交界デビューの日がやってくるので、私は気になって聞いてみた。
「うーん。そう言ってくれるのは、兄冥利だけどね。相手は、きっと僕ではないよ。アンナのデビューなんだから……僕となんて出たら、恥さらしだよ。サンストーン家の息子じゃないか? ほら、幼馴染だろ?」
私は何も聞かされていなかったので、兄からハリーの名前が出てきたことに驚いた。
「ハリーが、私のエスコートですか? そんなのありえません! イリア嬢に私が詰め寄られてしまうじゃないですか!!」
はぁ……と物憂げにため息をつくと、兄はそんな私を見て苦笑いしている。
ヘンリー・クリス・サンストーンは、トワイス国の宰相でサンストーン公爵の一人息子だ。私は、幼馴染なので、昔からハリーと呼んでいる。父の大親友の息子でもあった。
そして、トワイス国第一王子とハリーとイリア嬢は、私の幼馴染である。
ただし、ハリーは、筆頭公爵家の息子なので、同じ公爵家の娘であるイリア嬢が好き好んでべったりくっついているのだ。その隙を狙って、殿下とハリーと私の三人が連れ立ってよく宮中で遊んでいた。いわゆる、悪友である。
「それもそうだね。家格からすれば、あちらのほうが上だからね。まぁ、今年のデビュタントは、第一王子もだからね? 公爵家の娘としては、王子の方が……って、こともあるかもしれないじゃないか?」
そんな淡い期待を込めても、たぶん私の相手はお兄様ですよ! と、心の中で呟いておく。
「それより、お兄様も来年には、学園に行かれるのでしょ? ダンス、もっと上手になったほうがいいですよ! 私の足、真っ赤です!!」
兄も努力していて、足を踏まれなくなった方なのだが、ドレスの裾を上げると、足を踏まれて真っ赤になった両足の甲が痛々しく見える。
「いつもごめん。僕が、アンナの練習相手なのに、アンナが僕の練習相手になってしまっているね。これでも、気を付けているんだけど……兄としては、情けないよ……」
そのまま俯いてしまったので、兄の後ろに回って背中をバチンと叩く。
兄は、父に似て、とても運動音痴なのだ。体を動かすダンスなんて、リズムも取れないし、足はもつれるし、エスコートなんて最悪だった。
「背中、曲がってましてよ?お兄様」
ダンス練習用の大きな鏡にむかって、後ろからニッコリ微笑むと、兄は怖いものでもみたかのように口元がひくついている。 その瞬間に、兄の背中を再度バチンっと叩く。
「さぁ、もうひと練習しましょうか? 私、ダンスってなんだか苦手なのです。お母様のように、蝶が舞うがごとく優雅に踊れるよう、協力ください!!」
「アンナは、十分踊れているよ……いてて……」
そのまま手をとり、二人でカウントしまた踊り始めた。
そのあとは、私のドレスの裾を踏んでこけたり、足を踏まれ続け、言うまでもなく、さんざんな練習となったのである。
◆◇◆◇◆
デビュタントの前日、父に呼び出され書斎を訪れた。そこには、母もいたので、二人に夜の挨拶をする。
「あぁ、私のアンナリーゼも、貴族の挨拶もきちんとできる年に……」
よよよ……と父は目に涙を溜めているのだが、母にハイヒールの踵で足を踏まれたのか3粒ほど、本物の涙を流していた。あぁ、痛そう……ご愁傷さまです、お父様と、私からは見えない両親のやり取りを見て父を憐れむ。
「呼んだのは他でもありません。明日のデビュタントのエスコートの件よ」
母が話を始めたことから、明日のことだとわかり、お兄様の逆エスコートでもという話かしら? と思って続きを待っていた。
「当初、サシャにしてもらおうと思っていたのだけど。それが、困ったことに陛下と宰相様から、それぞれのお子さんにアンナへのエスコートをと打診がありました。
一応、陛下には、王子の相手は公爵令嬢のイリア嬢をと言ってあるのだけれど、宰相様の方はね……イリア嬢が王子ととなると同年代の子をあてがうとなると家格が 釣り合うのはうちだけだから頼むと言われたのよ……」
母は、とても困ったという顔をしている。
なぜか、兄が言った通り、ハリーがエスコート役になりそうな雰囲気になってきた。
「お父様、お母様、それは、ハリーが私の……」
「そうだ。決まった。今日までもめたのだ……全く、うちのかわいい娘を親同士で取り合いするな! と言ってきてやったぞ!!」
いやいや、お父様? 言ってきたって……これって、エスコートされた人は、将来の婚約者として見られるんだよね? 嬉しいけど……なぜ受けたの……? もう、やだな……私がハリーのパートナー?
『予知夢』で見た結婚式の光景がチラッと頭によぎった。
両親が了承してしまったのだからしかたない。
それに、ハリーとなら楽しいデビューになりそうな予感がする。
「わかりました、お受けします。ハリーなら、私に粗相があっても笑って許してくれそうだから。
ただし、婚約の話は断ってくださいね?」
きっちり、誰とも婚約はまだしないよと父に伝える。
「……無理に受けてくれと言っているわけではないよ? 嫌なら断ったっていいんだよ!」
そんなことを父は言ってくれていても、母の目はやっぱり厳しかったし、安心できる人にエスコートしてもらいダンスを踊れることは、私も嬉しい。
「大丈夫です。お兄様より、ハリー……ヘンリー様となら、楽しくきっちり踊れます! とても、明日が、楽しみですね!!」
その言葉は、両親とも安心したが、兄のことを思うと複雑な気持ちもあったようだ。
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