第3話 金とアメジストの贈り物

「お迎えにあがりました!」



 定刻より少し早い時間に、ハリーは私を屋敷へ迎えに来てくれた。私の準備も少し前に終わっていたので、玄関にてハリーを迎え入れる。

 私とハリーは、昨夜、デビュタントのエスコートを聞かされたばかりなのに、私のラベンダー色のドレスにとっても似合った正装をしていた。



「瞳の色と同じで、綺麗なドレスだね。とても似合っているよ!」



 私のドレス姿は父もべた褒めだったし、いつものことだったので流していたが、いつもと様子の違うハリーに綺麗だとか似合っているとか言われると、とてもくすぐったい気持ちになった。



「あらあら……顔が真っ赤よ?」



 母に指摘されるまで、知らなかったのだが、私の顔は真っ赤らしい。母の隣で父は、父さんも言ったのに……と呟いて嘆いているのを母に窘められている。

 私は確かめるように頬を抑えると少し熱い。



「ありがとう、ハリー! ハリーもとってもかっこいいわ!! ふふ……、社交界デビューが、ハリーとでよかった。楽しみだね!!」



 今度は、ハリーの顔が真っ赤になっている。大丈夫? と覗き込むと、手をかざして静止させられる。母は、二人のやり取りを見て微笑んでいた。



「そうだわ。二人にデビューの記念にプレゼントを贈らせて!」



 母のその言葉を聞いて、父が慌ててポケットから小さな箱を2つ出してくる。

 私とハリーが、1つずつ受け取って開けてみる。私の箱には、金のブレスレットが入っていた。



「お父様、お母様ありがとう。これ、つけていってもいい?」



 両親は、もちろんと頷いてくれる。


 ハリーの箱を覗くと、アメジストの滴のチャームがついた懐中時計の金のチェーンが入っていた。



「おじ様、おば様、ありがとうございます。とても素晴らしいです。父から懐中時計だけもらったのは、お二人からこのチェーンをいただけることを知っていたからでしょうか?」

「ふふふ。そうよ。宰相様と相談したの。せっかくだから、二人にとって記念になるものを贈りたいって。気に入ってもらえると嬉しいのだけど……」



 ハリーは早速、もらったばかりの懐中時計にチェーンをつけている。ブレスレットにもチェーンにも今日の日付が入っていた。



「とても気に入りました! このアメジストは、アンナの瞳の色ですね。嬉しいです!!」

「察しがいいのね……うちの子は、どうやら鈍そうね……」



 母は、私を見てなんだか残念そうなんだけど……新しいドレスにもらったばかりの金のブレスレット。今日は、とても素敵な日なので、私は気にしないでおく。



「私たちも後から行くから、先に出発しなさい。あなたたち、最後から2番目よ。行ってらっしゃい」



 フレイゼン家より家族を含め、使用人たちにも送り出してもらう。


 王宮までは、ハリーの家の馬車に揺られることになった。

 それほど王宮までは遠くないので、少し話をしていれば、あっという間に到着する。



「アンナ、これはうちの両親からデビューを迎える君への贈り物だ」



 手のひらに小さな箱を乗せ、私に開くよう促してくる。



「開けてもいいの?」



 こくりと頷くハリーは、衣装のせいか、やはりいつもより少し大人びて見える。箱の中身を見てみると、金の地金に小ぶりのアメジストがあり、さらに滴型のアメジストがぶら下がっているピアスであった。とても素敵なデザインである。

 そして、私の瞳にも今日のドレスにもぴったり合うものだった。



「知ってるか? 今日もらった俺の懐中時計、チェーン、アンナのピアスにブレスレットには、それぞれ金とアメジストが使われれいるんだ!」



 ハリーが、両親にもらったという懐中時計を見せてくれる。懐中時計の12と6の数字が入るとこにアメジストが埋まっている。



「私のブレスレットには、アメジストはなかったよ!」

 


 そう訴えると、おもむろにブレスレットを外される。そのまま目線に合うところまで持ってきてくれると横のところにはまっていた。



「こんなところに!! 知らなかったよ……」

「そうだろうと思ってた。おば様が、鈍いって言ってたから」



 ハリーにまで鈍いと言われ、私は頬を膨らませる。その頬をハリーの人差し指で押され、空気が抜けていく。



「ピアス、しないのか?」



 そう問われ、そうだったと思いつけようとすると、ハリーがつけてくれる。



「今日だけは、僕のお姫様だな。一緒の金とアメジストをつけてる」



 ニコニコと笑いながら耳元で言われたため、顔が熱い。


 きっとまた、私、真っ赤なのかも……?


 今日の私はどうしたのだろう? と思うくらい、ハリーにドキドキしてしまうのである。



「よし、できた。よく似合っていて、綺麗だよ!」



 その一言が、ものすごく恥ずかしい。思わず身を捩って、話をそらしてみる。



「あっ! 王宮だね。もうすぐつくよ!! 今日は、エスコートお願いね!!」

「こちらこそ、アンナリーゼ嬢のエスコートが叶うなんて夢のようだよ。ダンスも楽しみにしてる!!」



 そんなことを言われれば、さらに恥ずかしくなってくる。せっかく話をずらしたというのに……何なのだ。文句を言おうと口を開こうとしたところで馬車は止まった。御者がドアを開けてくれ馬車から降りるよう促される。



「何か言いたそうだけど、アンナ、手を」



 エスコートのため自然に手を差し出され、その手に自分の手を重ねる。少し大きくなったハリーの手をまじまじと見つめてしまった。



「では、行きましょうか? お姫様?」



 ニコニコと笑みをこぼし、重ねていた私の手を自分の腕につかまらせる。兄に比べて、かなりスマートにエスコートされ、さらにドキドキしてきた。

 いつもおしゃべりな私が全く話さなくなったため、ハリーがいつもより多く話しかけてくれているようだ。



「おや? 天下のアンナリーゼ嬢も、デビュタントとなると緊張するのかな?」



 からかってくるので面倒だ……



「緊張なんてしてませんよーっだ!! ハリーこそ、よく話すね?」



 逆襲のつもりで発したが、完全に失敗した。



「うーん。アンナがいつもの100分の1くらいしか、話ししてないからじゃないか? そう思うのって。俺は、いつもと変わりないよ」



 そんな風に優しく物静かに話してくれるのが嬉しく、緊張している気持ちをほぐしてくれるようだった。



「まずは、控室だね。こっちだって」



 王宮についたあとは、メイドによって控室へ案内される。刻一刻とその時間が迫ってきていると、さすがに、また緊張はしてきた。ハリーの腕をギュっと握ると、本当におかしそうに笑われる。



「アンナにも緊張というものがあるんだね。なんといっても我らのアンナは猪突猛進。怖いもの知らずなのかと思っていたよ!」



 ハリーにそんな風に言われるとは思ってなかったので、口を尖らせむくれる。



「さすがに、今日はむくれると、折角頑張った侍従たちが可哀想だよ」



 今日は、やたら大人に見えるハリーが今は憎らしい。

 だって、私は、ドレスは素敵だし見た目も大人びているのに、中身がとても子供っぽい……社交界にデビューということは、大人たちの仲間入りだ。いつまでも子供ではいられない。

 そして、私は母に憧れていろんなことを学んできたのだ。


 今日こそ、それを示すべき日なのだと思い、お腹にぐっと力を入れる。そうすると自然と姿勢もよくなった。

 そして、姿勢が良くなると気持ちも上がる。



「よし、もう大丈夫!! 私、いけるわ!!」



 口角が自然と上がるのもわかった。ハリーが合わせてくれている歩調のおかげで、さらに気持ちは落ち着いていく。



「では、お姫様。いざ、決戦の地へまいりましょう!!」

「なにそれ! 決戦の地だなんて大げさな……」



 大仰に構えて言うハリーがおかしくて笑ってしまう。



「たぶん、決戦の地だよ。このデビュタントで、これからの評価が決まるから。気を引き締めていかないと、いかにアンナといえど、痛い目にあうかもしれないよ?

 まぁ、アンナの場合、痛い目に合わせる方になりそうだけどな……」



 それはどういうことだろう……? きょとんと、ハリーを見つめる。



「君がこの世代で一番綺麗で賢く、そして強かだってことだ。アンナには、他に並べる令嬢がいないんだよ。サンストーン家が、アンナにデビュタントのパートナーを申し出たのもそういうことだ。

 将来を見据えてってことだよ。わかってる? 本来なら、君は殿下とデビューすることを陛下から望まれていたんだ。

 だから、俺は、本当に幸運に恵まれたということだね!」



 そこまで言われたら、私の知らないところで、すごいことになっていたんだと思える。兄と行ってもいいんだぞと言われたことが、なるほど、ここに繋がるのかと初めてわかった。


 お嫁にいくなら、このままだとハリーの家にってこと……? まだ、よくわからない。 でも……



「そうだったのね。将来か……まだ、私には、どうなっていくのかわからないわ……

 でも、これからもハリーは私と仲良くしてくれる?」



 尋ねると当たり前だと返ってくる。今は、それだけでいいのだと思う。


 話をしているうちに控室の前まできていたようだ。



「では、未来の旦那様? しっかり私のエスコートをお願いしますね!!」



 冗談めかしていうと、こちらを見つめるハリーの瞳も笑っている。



「かしこまりました。未来の奥様。しっかり、ついていきますよ!!」

「えぇー!!!!!」



 驚いたところで、控室の扉が開くのであった。

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