第47話 いたずらにいたずら返し

 ハリーとのダンスが終わるといつものごとくが人だかりができ身動きが取れなくなったのだが、ジョージアが迎えに来てくれる。



「アンナ、おいで……」



 手を差し出されたので、自然とその手を取って会場の隅へと移動する。

 そこには、兄とエリザベス、ハリーも合流して一緒に休憩し談笑していた。



 そこからは、この祝賀会の目玉である6種類の薔薇の称号の発表がある。

 黄色・白・ピンク・紫・オレンジ、そして赤である。


 何故か、ピンク薔薇の称号として私とハリーが選ばれた。

 なので、ハリーと二人で表彰されに行く。

 二人とも在校生での表彰は、初めてだそうだ。


 卒業生のイベントに在校生が称号を取るとは……辞退したかったが、それは許してもらえないらしいのでそのままありがたくいただくことにした。


 残すは、赤薔薇の称号となったとき、ジョージアは私の隣で手を握ってくれている。

 ハリーも称号のトロフィーを持って隣にいた。

 兄は、言い出した手前、チラチラとこちらを気にしていた。

 ちなみに、兄達も紫薔薇の称号を得た。



「本年度の赤薔薇の称号は…………

 ジョージア・フラン・アンバーおよびアンナリーゼ・トロン・フロイゼンの二人に贈られます!!」



 生徒会長から称号の発表がされ、おめでとうと祝福の声が聞こえてくる。



「取れてよかった……

 さすがに、こればっかりは取れなかったらと思うと気持ちが落ち着かなかったよ……」



 ジョージアはそういって、私にほほ笑んでいる。

 ジョージアのことだ。

 あれだけ派手な演出をして取れないなんて微塵も思っていなかっただろう。

 それに卒業式でも祝賀会でも完璧な王子様がジョージア以外に他にいたとは到底思えない。

 完璧なお姫様ではない私が言うのはなんだけど、ジョージアのおかげでそれに近くはしてもらった気でいた。



 壇上へ表彰されるため移動するが、ジョージアは終始笑顔だ。



「あぁーでは、表彰します。

 赤というより青薔薇こそがふさわしいね……君たちの衣装は、青薔薇なのだから……」



 壇上に上がった私たちを見て、生徒会長がぼそっとこぼす。

 聞こえていた生徒たちからはどっと笑いが漏れている。



「あぁーえーっと、静粛に!!ジョージア様、アンナリーゼ様。

 『赤薔薇の称号』を素敵なお二人に贈ります。末永くお幸せに!!」



 表彰に際し、赤薔薇の小さなバッチが渡される。

 実は、赤薔薇の景品が一番貧相に見える。バッチなのだから……

 でも、名前が学園に残るのだ。

 それが、『赤薔薇の称号』を得たという名誉となるそうだ。


 歴代の中では、肖像画になった人もいるとか……たしか、玄関ホールに飾ってあった気がする。

 絵画が得意な生徒が、描くそうだ。

 その絵が学園長や王族の目にとまれば、玄関ホールに飾られるらしい。



 表彰も終わり調子に乗ったジョージアが、いたずらっぽく小声で提案してくる。



「未遂でキスしてもいいかな?」

「未遂でいいですか?」



 評されたばかりの壇上で、冗談で言いあっているのだ。

 壇上で私たちは生徒たちの方へ向き直った。



「未遂じゃなくてもいいってこと?」

「見えなくしといてください。それなら、いいですよ。

 大勢に見られていて、結婚式の誓いのキスみたいですね!」

「アンナって……結構大胆だよね?」

「ジョージア様が言いますか?それ?」



 とりあえず、壇上から手を振っている。

 称号持ちってちょっとめんどくさい。



「じゃあ、お姫様、いただきます!」



 そう言った次の瞬間には、ジョージアと唇を重ねることになった。

 大人しいジョージアが、とうとう奔放な私に感化されたのだろうか……?

 今まで煽りすぎたのだろうか?

 煽った記憶は全くないが……こんなはずではなかったはずだ。



 ジョージアとのキスは……うん、悪くないと変態おやじのごとく発想が浮かぶ。

 思考の中でいろいろ考えていたが、耳に聞こえる阿鼻叫喚……兄はきっとため息をついて頭を抱えているのだろう。

 エリザベスがそっと励ましてくれるだろうから大丈夫だろう……

 でも、そのうち、兄は本当に禿るのではないかと心配になった。



 離れていく感触が寂しくて、おまけとばかりに抱き着いて私からもう一回キスをしておく。

 これにはさすがに、ジョージアも驚いたようだった。



 いたずらは、自分以外が驚くのが楽しいのだ。

 あぁ……お兄様に叱られるな……禿たらごめんね。

 チラッと兄の方をみて視線で謝っておく。



 さすがに、2度のキスで会場は静まり返った。

 うん、これで、縁談話もなくなってくれたら最高なのになとか呑気に構えていると、壇上から降りてからジョージアにも叱られることになった。



 さすがに私からはまずかったらしい。

 済んだことは仕方ないし、私にとっていたずら返しが大事だったのでジョージアにも兄にもそしてハリーにも甘んじて叱られる気にはならなかった。


 未来を知る兄は、いたずらをした私を叱るのも諦めてしまった。


 なので、お説教はジョージアとハリーにされる。

 兄と二人で叱られるのでそんなに怖くない。


 しかも、やられ得なのはジョージアなので、叱られるのもなんか違う気がする。

 ハリーも部外者なのだから私を叱るのは間違っている。



「ジョージア様、へるもんじゃないんだからいいじゃないですか?

 今日は、私がパートナーです。他に邪魔する人っていますか?」

「それでも、アンナ、独身で淑女でこれからがあるアンナがあれはまずいよ?」

「あら、ハリーもお望みで?」



 だんだん、叱られているのが馬鹿らしくなってくる……

 未来の旦那とのキスでここまで叱られるとは……とほほである。



 そこにジョージアの両親である公爵夫妻が入ってきた。



「アンナリーゼさんは、とっても大胆なんだね……うちの息子もあれだが……

 ジョージアがアンナリーゼさんを叱るのは間違っているよ。どうせ、君から仕掛けたことだろ?」



 そこにうちの両親もやってくる。

 うちの両親は、もちろん将来のことを知っているので全く咎めない。



「アンナリーゼ、よくやったわね!さすが私の娘ね!」



 母の一言目……この場にいる全員が驚いた。

 実は、両親も赤薔薇の称号を持っている。


 その時は、母から父にキスをしたらしい……親と子は似るものなのだろうか……?


 父はニコニコとしているし、兄も苦笑い。



 ジョージアの両親は、私の両親が怒っていないならと、私にはすまないことをしたと言いつつニンマリしている。

 当の私は、仕掛けた側なのでケロッとしているし、慌てているのは、味方が少なくなったジョージアとハリーだけだ。



「想いで作りの一環ですよ。ジョージア様!」



 そう言って笑うと、ジョージアもそうだなと納得してくれた。


 残すはハリーだけだ。

 どうやってなだめる?

 図式的には新旧婚約者候補なのだ……が。


 実際は、本当の未来の旦那と現在進行形未来永劫幼馴染なのだ。

 兄に丸投げしようとしたら、エリザベスに視線で止められる。



 そうだよね……自分で解決しますよ。



「ハリー、私ね、ハリーに言わないといけないことがあるの。

 今は、まだ言えないけど、そのうちいうわね?それまで、この話は心のどこかに収めておいて。

 殿下に何か言われても、知らないって、お願いね……?」


 ハリーにいぶかしまれる。

 仕方ないけど、それは、まだ、話すときじゃないから話せない。



「もし、それでも今日のことが許せないなら、私から離れればいいよ。

 学園中にこのことが広がるのも時間の問題だもの」




 それだけ言って、私はその場から退出する。




 ◆◇◆◇◆




 中庭まで歩いていくと夕方の少し冷たい風が、薔薇発表で熱くなった体を冷やす。

 高揚していたのだろう、すっと冷静になっていく。


 今日1日あったことが、まるで夢のようだったなと思い返す。

 今日の出来事は、一切『予知夢』で見ていない、知らない未来だったのだ。

 だからこそ、すごくどきどきしたし、楽しかった。



「あぁー楽しかった!!」



 令嬢らしからぬ大きな声で叫び、ぐっと背伸びをする。



「あぁ、楽しかった。想い出をありがとう」



 一人で抜け出してきたので、急に声がして、とても驚いて振り返る。

 後ろからジョージアが、ホールを抜け出した私を追いかけてきてくれたのだ。



「寒くなってきたから着なさい」



 上着をかけてくれる。とても、あったかかった。



「ありがとう……」

「こちらこそ」



 そこで、ベストのホケットから懐中時計のチェーンが伸びているのが見える。

 それを見てとても嬉しくなった。

 今日は、本当に楽しかった。

 私にとってもいい想い出になった。



「忘れないでくださいね?」

「当たり前だ」



 どちらからともなく手を繋いで寮まで歩いて帰っていった。






 1ヶ月後、学園の正面玄関から1枚の絵画が取り外され、新しい絵画が飾られることになる。

 今までの倍の大きさであったその絵画には「青薔薇の称号」と名付けられた。

 その絵画には、赤薔薇の称号のバッチを付けた青薔薇柄の正装をした銀髪の王子と青薔薇のドレスを纏い青薔薇の宝飾品で飾られた姫が描かれていたのである。

 その絵は、未来永劫、変わることなく学園の正面玄関に飾られることになった。

 作者のサインは、ティアと書いてあった。

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