電子に縋る

優夢

電子に縋る

 実家から大きな箱が届いたと思ったら、中には大量のみかんが入っていた。一人で消費しきれるだろうかと思いながら、下の方から数個取り出して適当な受け皿に入れる。それをパソコン脇に置いて、よいしょ、とリクライニング式のゲーミングチェアに腰かけた。

 マウスでポインタを動かしながら、入り浸っている動画サイトのサムネイルを眺め、適当なライブ中のストリーミングにアクセスする。どうやら視聴者参加型のカーレースゲームの配信のようで、ストリーマーは一試合一試合大きなリアクションを取りながら、楽しそうにプレイしていた。

 テレビが主な娯楽な時代なんて当の昔に終わっていて、今の視覚的な娯楽はもっぱら動画配信サイトになっていた。規制の厳しくなったテレビから逃げるように、人は昔のテレビ番組、もしくは今しかできないテレビ番組のような企画を、あるいはゲームなどの対戦を楽しめるように、人がただただ楽しくする様子を、音楽や芸術を楽しむような、とにかく多くの娯楽を動画サイトに求めていた。そのおかげでインターネットにおける動画やストリーム配信の需要は大きくなったし、配信をする側も、視聴する側も人口は増え、市場も大きくなった。

 画面の向こうではお邪魔アイテムが当たり、絶叫をするストリーマーがいて、チャットコメントもそれに呼応するように草、など笑、などネットスラングなど、笑っている旨の反応が返ってくる。その双方を眺めながら、傍らに置いたみかんを一つ、手に取った。こうすると剥きやすい、と昔どこかで聞いたようなことを鵜呑みにして、手の上でコロコロと転がす。それからヘタのほうから剥いて、実の部分を半分に割った。

 そういえば、みかんってあの子の好物だったっけ。そう思って、実を一つ分に分ける手が止まる。一つ思い出すと、小さい思い出が一つ、また一つとポロポロと零れ落ち、うるさいストリーマーの言葉も入らぬほどには、一瞬で感傷的な気持ちに陥ってしまった。

 市場が大きくなる、ということは、必然的に脱落者も多くなることである。ここから波に乗ると思われた企業は突如として倒産報告をし、これから波に乗っていくと思われたストリーマーや動画タレントは何の前触れもなく引退、卒業、解雇されてしまった。

 今となってはテレビのチャンネルが付いてあったものをそのまま見るような感覚で、ライブ配信をやっている所を適当に見るような人になってしまったが、半年前くらいまでは贔屓に見ているタレントは自分にもいた。その子の出ている企画や番組、放送は殆ど通っていたし、見ていた。チャットコメントやSNS交流もしていた。ただ、その子は突然消えてしまった。所属事務所曰く、契約解除だそうだ。

 インターネット上では突然の消失に不安の声を上げた。どうして、と叫んだ、正直自分も気分は鬱に近かった。でもインターネット上の声はどんどん、あらぬ憶測の声が上がったり、ゴシップ的な悪い噂が広がっていったりしてしまう。

 インターネット内でも週刊誌のような存在はある、むしろ週刊誌よりも力が強く、最悪そちらが本当になってしまうレベルには力が強い。インターネット上であるからこそ、情報提供がより簡単になってしまったことが要因だろう。ともかくそのせいで、その子の引退原因は、事務所の人物と不倫をしてしまい子供を作ってしまったから、という所に落ち着いてしまった。なんなら事務所とは愛人以外と不仲で、かなり事務所のスタッフや所属タレントと対立していただとか、いらない尾びれまで付いていた。

 正直、その論争は殆どが見知らぬ赤の他人の間で行われていた。その子のファンの間では、突然推しがいなくなってしまった悲しみの上にこの騒動が起こってしまったから、感情が追い付いていなかった。自分の場合、ここまでくるとほぼ無に近かった気がする。ただ、その騒動でこの世界に疲れてしまって、そのジャンル自体を辞めてしまった人もいた。

 画面越しに眺めているだけの自分には、その子の上辺しか知らなかった。けれども、その上辺だけでも楽しかった。その子ただ楽しそうに笑っている声も、ファンや視聴者に対する配慮も、ゲームやコーナーで発揮する感性も。なんならその子が生きがいであった時期もあった。知りえるはずもない場所まで知って、その子のすべてを知りたい、だなんて、正直考えたことが無かったんだと思う。それが自分の中で所謂「解釈違い」を起こした。その結果、自分は上辺だけを大切に思い出として箱に詰めることにした。あらぬ噂も、出所のわからない証拠も見てみぬふりをして、その子が存在していた思い出だけを自分の中で切り取った。

 そんな上辺だけしか知らない彼女が、自分は今でも好きなんだと思う。今でもこうやって思い出して、ちょっと笑って悲しくなる。自分ではそれでいいと思っているから、誰に何と言われても開き直る気でいる。

 はぁ、と一呼吸おいて、みかんを一切れ分ずつに分ける。その子はたまに半分の状態から丸ごと食べる、とか言って、配信中にそのまま行ったことがあったっけ。口が小さいと自負している自分には、一生マネできない。

 画面に目を向けると、ライブストリーム内ではいまだにレースゲームでの格闘が行われている。参加している視聴者の中に明らかにその子に似せたアバターを持ってきた人がいて、思わず目を見開く。どうせその子ではないのだけれど、いつかその子にもう一度くらい会えたらいいのに。そんなどうしようもない希望をもって、自分は目的もなくこのエンターテイメント界隈を眺め続けているのかもしれない。

 パクリ、とみかんを一切れ食べる。なんだか酸っぱいともしょっぱいとも取れる味がした。

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電子に縋る 優夢 @yuumu__gb

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