追放された侯爵令嬢は、辺境の地で運命の人と出会い愛を知る

平成オワリ

第1話 侯爵令嬢は追放される

 ――もしあの時君と出会えなかったら、僕はきっと世界の広さを知らないまま人生を終えていたのだと思う。


 ――もしあの時貴様と出会わなかったら、私はきっと世界がこんなにも輝いているものだと知らないまま人生を終えていたのだと思う。


 ――貴様と出会えて、

 ――君と出会えて、 

 ――本当に良かった。




 小さな村だ。と馬車に乗った貴族の少女は思った。


 道は整備されておらず、農地と田んぼが広がる以外、山に囲まれた典型的な田舎の村。


 貴族の馬車がよほど珍しいのか、止まった馬車を見ようと村人達が作業の手を止めて集まって来た。その表情は不安と若干の好奇心が織り混ざり、歓迎ムードとはいかないようだ。


 少女は地方の村人を見るのは初めてだが、とても同じ人間とは思えない程痩せ細った身体をしていた。碌な物を食べていないことが一目で分かる姿だ。


 そんな外の景色を見る貴族の少女――ユーフォリアは、何故自分がこのような場所にいるのだろうと過去を振り返りながら溜息を吐く。

 

 魔術の名門トロイメライ侯爵家に生まれたユーフォリアは、八歳で魔術学園を卒業出来るだけの知識を蓄え、十歳で王宮魔術師の一人と互角に戦い、明らかに同世代とは比べ物にならない才能を見せつけた神童だ。


 さらには容姿にも恵まれ、翡翠色の瞳に金糸の如く輝く髪を両団子にして背中まで伸ばしたその姿は、愛らしい人形にも見えた事だろう。


 十五になった今では振り向かない者がいないほど美しく成長し、その魔術の腕は既に国内でもトップクラスなのは間違いない。


 周囲は彼女を褒め称える。その内に秘めた思いはともかく、少なくとも外から見た限りでは名門貴族の名に恥じぬだけの事をしてきた。誰もが彼女の将来は輝いているものだと思っていたはずだ。


 当の本人と、王国一の大魔術師と呼ばれた祖父以外には。


「まさか大魔術師と呼ばれた祖父が、あんな不意打ち紛いな事をしてくるとは流石に想定外だった」


 己の首に巻かれた黒いチョーカーを憎々しげに触りながら、ユーフォリアは悪態を吐く。


 せめて正々堂々正面から敗北していればまだ納得出来たかもしれないが、誕生日プレゼントと渡されたチョーカーが魔法封じのアーティファクトなどと誰が思う物か。


「思い出しただけで腹が立つ。これが外れた暁には、真っ先に血塗れにしてやらねば気が済まないぞ」


 ――今のお主は危険すぎる。そのアーティファクトは真にその時を迎えるまで、決して外れはせん。どうかこの一時だけでも穏やかに過ごすがいい。


 そう言い放つ祖父は、何故か悲しそうに顔を歪ませていたのが印象的だった。


 これでも自分は大人しくしていたのだ。自分が生まれ付いての異端児であることを自覚していたが、行動を起こすにはまだ実力が足らず、少なくとも成人するまでは動く気など毛頭なかった。


 年相応に両親へ愛想だって振りまいたし、周囲には侯爵令嬢の身分に相応しい振る舞いをしてきた。このような仕打ちを受ける道理などないはずだ。


「しかしあの爺、何故気付いた?」


 何かヘマをした、というような事はないはずだ。何せまだ何一つ行動に起こしていないのだから、バレるような事はありえない。


 確かに自分は野心を持っていた。自分以上に魔術の才能を持っている者がいるとは思えず、いずれはこの国を乗っ取り世界へ宣戦布告するつもりだった。


 だがそれはまだユーフォリアの胸の内にしか秘めておらず、具体的な動きなど何一つしていない妄想でしかなかったはずだ。


 大陸一の魔術師の勘か、それとも自分の知らない魔術か。


「何にしても、しばらくは大人しくする以外に道はない……か」


 ユーフォリアは馬車を囲むように集まる村人達を見下ろしながら、今後の事を思い再び溜息を吐いた。

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