第1話 彼女を捨てたくはないのに

空が黒く染まっていく。もう夜なのかと、内心では驚いているが口には出さない。

彼女といると、時間を忘れてしまうのは毎度のことだ。今も公園のドーム型の遊具の中の、影になった場所で彼女にたわいもない話を続けていた。

彼女が獣になってしまったのは、いつの頃だろう。

決して比喩表現ではなく、本当に彼女は犬とも狼ともつかない獣と化してしまった。

周りはみんな彼女のことをけだものとか犬とか呼ぶが、私は「彼女」と呼んでいるし、けだものなんてこんなに美しい私の親友には似合わない言葉だ。

もう帰らないと。

もう少しだけ。

二つの想いが交差して、闇にどろどろ溶けていく。

気がつくともう月が出ていた。


 今の話、これで何度目なんだろうか。

人の言葉もわからなくなった彼女が、お腹を空かしていることは一目瞭然だが、それでもどうにかしてあと少し彼女を引き留めて置きたかった。

それは完全に私自身の欲望のためで、自分勝手な行為だと非難されてもどうしようも無い。

月に照らされた彼女の真っ黒な毛がキラキラと煌めいていて、

まるで宝石が散りばめられているみたいだと思った。真っ黒だと思っていた夜空にも、宝石がぽつぽつと浮かんでいる。あと少し時間が経てば今日はとても美しい星空になるだろう。

空を眺めていると、彼女が急に声をあげた。

弱々しい、何かに怯えたような声を。

もちろん私にはなにを言いたいのかわからない。

だけど今私が抱えている感情と同じものを彼女も抱えているのだとしたら、(思考を失った彼女にそんな感情があるとは思えないが)私は嬉しいと感じてしまうのだろう。

彼女はずっと獣として存在しているのではない。

真夜中、それも完全に日の光がなくなった時だけ、元のマキに戻る時がある。

どうしてなのかは私にはわからないし、多分進歩した現代の化学をもってしても謎は迷宮入りだろう。

私には、化学のような冷たい力ではなく、もっと不思議な力が働いたように思えた。だから彼女を放って置けないというのも、ある。

「今日は、人間のマキに戻れるかなぁ。」

誰に届くわけでもない独り言をぽつりと呟いてみても、音のない公園にはなんの変化も現れない。わかってる、物事は自分の意思に反して勝手に進んでいくもので、それについて私がどれほど傷つこうが喜ぼうが、そんなこと絶大な自然の権威からしたらちっぽけなものだ。私達のために世界が回ってくれるわけではないということも。今まで散々。

言葉が続かない。

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