第十話
喫茶店に集合してから、桜川先輩や
二人は、以前からこの喫茶店の特異性を理解していたし、「力になれるなら」と快諾してくれた。それから、今は林道の中にいる。林の中は
「やぁね、本当にここに誰かがいるのォ?」
桜川先輩が暗がりに怖がるように、そう声を上げた。何の明かりもなく、美津さんはずんずんと林を進んでいきながら頷いた。
「多分」
「多分って……。みっちゃん、危ないことに巻き込まれそうだからって言われたから
来たけど、もうすでに危ないわよ。何にも見えないもの……」
桜川先輩がそういうもの確かだ。俺にも見えるのは、木々の境目とかぼんやりとしたものだ。しかし、美津さんはどうやら首を傾げたようで「そうですか?」と言った。どうやら、しっかりと視界の確保が彼女は出来ているという。
それから、「あれ?」と美津さんがつぶやいた。
「ユキチさんはどこへ?」
林を歩いていたのは、俺、碧衣、桜川先輩に美津さん、それからユキチの五人だ。美津さんがそう言ったのも冗談のようにも聞こえたが、何度呼び掛けてもユキチからの返事は返ってこない。スマートフォンで辺りを照らしてみても、ユキチの姿はない。
「……やっぱり、こうなりましたか」
美津さんが深くため息を漏らして、そうつぶやいた。
「みーたん、ど、どういうこと?」
薄暗がりの林の中で、人――猫又一人が消えたことに流石に恐怖を覚えたのか、碧衣が震える声で問いかけた。美津さんはすっと目を細め、少し怒りを放つようにうなじを掻く。
その表情は神妙を通り越して、厄介ごとを嫌っているように見えた。そして、すべて自分の中で何かが解決しているようだった。
「行けば分かります。ロアさんも、おそらくいるでしょうし」
「……ロアさんも? まさか」
淡々とした口調の美津さんに問いかけると、彼女は頷いた。
それは、ある意味最悪の状態とも言えた。なぜなら、ロアさんはあの重態の身体で再び猫又狩りに挑もうとしていることと同義だからだ。
すると、タイミングがいいのか悪いのか、美津さんにスマートフォンに着信が入った。ピコリンという甲高い音に、碧衣がとび上がり俺につかみかかる。俺は思わず呻いた。
美津さんはどうやら、電話に出ているらしい。
「えと、はい。多分。……大丈夫だと、思います」
長くなりそうなのか、こちらをちらちらと申し訳なさそうに見ている。俺たちは少しだけ美津さんから離れ、大丈夫だと目配せする。
「うー、夜じゃないとだめだったのぉ?」
碧衣がぶるぶると震えて、俺にしがみついている。運動部の筋力なのだろうか。しがみつく力が強すぎて、内臓が飛び出そうな想像をしてしまう。
「夜じゃないと、目的は達成できないって言ってたじゃない」
「桜川先輩の言う通りだぞ、碧衣……」
「んえー、でも暗いと余計に怖いんだもーん」
俺は眉を寄せた。いい年をした男子高校生が「もん」はないと思う。下らない河合を繰り返していると、美津さんが戻ってきた。「おまたせしました」と言いながら、少し焦ったような表情をしたのを見逃さない。
「気を取り直していきましょう」
問いかける前にそう言われ、俺たちは頷いた。
それにしても、作戦というのは至極穏当に進めたいというものだった。おそらく霊力というものが抜き出されていても、猫又たちは回復できるので連れ出せればよいのだとか。なので、美津さん曰く、俺たちは猫又救出係なのだとか。
俺たちは林の中を進んでいく。
やはり、月明かりも届かないだけあって真っ暗だ。
しかし、視界の先に淡い光が差し込んでいる区域があった。そこには、淡い月明かりに照らされた、小さな小屋があった。ぽっかりと、その区画だけ木が伐採されたような跡があり、やけに静まったような雰囲気があった。
「ここ、か……?」
「おそらく、そうかと思われます」
踏み込む前に、ぴたりと俺たちは足を止めた。
目の前にある小屋には、変な空気が流れていた。こう、言いようのない不安が襲ってくるような、禍々しい雰囲気が漂ってくるのだ。それがいかにも廃墟じみていて、聞こえてくるものがさもさも唸る怪物の声のような風音だからだろうか。そして、不思議なことに猫の声はピタリともしなかった。
「何も聞こえないけれど、本当にここなのォ?」
美津さんの肩をやんわりと掴み、桜川先輩が問う。
美津さんは小さく頷いて、じっと目を凝らしていた。
「本当に誰かいるのか?」
「ええ、います。確実に、待っている」
俺が問うと美津さんは冷静な声で答えた。碧衣や桜川先輩、それから俺ですら抱えているようなわずかな恐怖すら感じられない、湖面のような表情にドキリとする。それから、自分の首からかけられた小さなペンダントを握りしめ、こちらを振り向いた。
「行きましょうか、いち早く猫又を救うべく」
キッと引き締まった表情を向けられ、俺たち一行は心が奮い立たされたような気分になった。
俺たちは小屋に向かって踏み出した。
小屋からはやはり何も聞こえない。とはいえ、不気味な雰囲気は相変わらずで、碧衣は小屋に入る以前に恐怖で身がすくんでいるようだった。
美津さんは小屋の前に立ち、コンコンコンと数回ノックする。
それはあまりにも意味のない行為に思えたが、現実ではそれが礼儀だ。しかし、俺が思った通りノックは無意味だったらしく、扉の向こうからの返事はなかった。そして、美津さんは何の
「失礼します」
それも極めて礼儀正しく、挨拶をして。
扉の向こう側には、ボロ小屋よろしくボロッちい部屋があった。それから、俺たちが来ることを予期していたように、一人の男がいた。
「おや、おやおや。お元気かな、
あの、背守りを身に着けた男だった。三日月形に口端をゆがめ、にいっと笑みを浮かべる彼の足元には灰色の髪の毛のロアさん。
「なんで、美津さんの名前を知っているんだ……?」
彼の言動が不思議に思え、俺は美津さんに耳打ちをした。
「えぇ、ご機嫌麗しいようで」
美津さんは俺にうなずいてから、彼に向って皮肉気に発言した。
彼には
「相変わらず、君は邪魔をしてくれるね。そして、霙は独りで行動するものだと思っ
ていたけれど……」
「今回の目的は何です? 娯楽?」
「んふふ、そうでもあるね。この街には、そういうものがわんさかいるからね」
対峙していた少年――ユキチを押しのけて、彼は美津さんにニコリと笑みを浮かべた。それはまるで、いつも問題を起こして意図的に彼女と対峙できるようにしているような響きだ。
美津さんはあくまでも冷たい表情で、小屋の中を見回した。
それにつられ、俺たちも小屋を見回した。
「な、なによこれ……」
最初に桜川先輩が声をもらした。碧衣は顔を青くさせて、今にも来そうな吐き気を堪えていた。
小屋には、たくさんの猫が転がっていた。それも、虫の息で重症のものばかり。
「気づくのが遅かったのかな? 君にしては遅いと思っていたが……、彼らが理由?
へぇ、そう、そうか」
「昨日聞いたばかりです。しかし、狙った獲物を逃すなど、無様ですね」
美津さんは嘲笑するような口調で、ユキチに手招きをした。すると、彼の表情がぴしりと怒りをたたえた。それから、彼はユキチに鉈を向けた。血が滴っても、ギラギラと輝くその刃物。思わず、さっと体から血の気が引いた。
「でも、獲物が悪かった。そうですよね、ユキチさん。―――もとい、ズザさん」
美津さんが妖しく笑みを浮かべた。
すると、ユキチは振り向き、姿をゆがませた。靄が姿を変えるように、グニャグニャと。少年は、それよりも背の高いベリーショートの人間の姿へ。
「初めから気づいていたのか。霙嬢を侮るのは、まだ早かったか」
「ロアさんは気づいていなかったみたいですけどね……」
「まったく、苦労するよ此奴には……」
苦笑を浮かべたユキチ――もといズザさんは男の振り上げた鉈をすり抜け、こちらへ駆け寄ってきた。それも、ロアさんを抱えて。
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