第七話
俺はユキチに視線を向けた。
美津さんや猫神様曰く、ユキチは幼い猫又にしては化けるのがうまいらしい。それに、その幼い猫又が猫又狩りから逃げ出せたことが疑問だと。
「美津さん、その猫たちが何言ってるのかわかるの?」
しかし、今は美津さんに猫たちに質問しては頷いている光景が気になっていた。すると、美津さんは振り向き「なんとなく」と言った。
「彼らは一応猫神様の管轄にあるので、耳をすませば聞こえますよ」
「へぇ」
しれっと美津さんは答えた。だが、俺が耳を澄ませてみても、猫の「にゃーん」という鳴き声ばかりで、なにも聞こえなかった。すると美津さんは苦笑して、「コツがあるんです」と言った。
俺が首をかしげると、猫神様は「お前にはまだ聞こえないだろうな」と言う。
すると、猫たちはそれに同意するようにそろって鳴く。俺は少し驚いて、肩を揺らした。
「あはは、そうですね。私も、相当苦労した記憶がありますから」
それから、得たい情報が得られたのかすっと立ち上がる。すると猫たちは波が引くようにさっと美津さんの元を離れていった。俺の周りにいた猫たちも、元居た場所へ帰るのかどこかへ駆け出して行ってしまった。
「じゃあ、私たちも行きましょう。帰りながら、彼らから聞いたことを話しますね」
「あぁ、分かった」
そう言って、美津さんは猫神様に頭を下げた。俺もそれに倣って頭をぺこりと下げると、「また来なよ」と言って彼は手を振った。すると、彼は煙のようにふわりと消えた。何の予告もなく消えたのを目にし、俺は瞠目した。
「彼は祠に帰ったんですよ」
美津さんは振り向いて、元来た道を歩いていく。俺とユキチもそれに続くようにして、歩みを始めた。
「そういえば、さっき言っていた”猫又狩りの初歩の段階”って何?」
「ああ、言いましたね」
ユキチが何か隠しているのではないかという方にさっきは気が取られていたが、猫又狩りを知らない俺にとってはそちらも疑問であった。
「主に猫又狩りの目的は霊力増強のためなんです」
「霊力」
「はい。霊力はゲームで言うMPのようなものです。猫又はそこそこ数が存在する上
に、妖狐や鬼のように強くもないので狩られる対象になりやすいんです」
弱いから狩られやすい、とは残忍な話だ。
「それに、猫に九つの魂が宿っているという話はご存じですか?」
「いや、知らないけど」
俺が首を振ると、彼女は「なら、好奇心猫を殺すとは知っていますか」と問いかけてくる。俺はさすがにそれは知っていると頷く。
「その
しても、治りが速く死ぬような致命傷も治りやすいんです。よって、猫又は特有の
霊力を有しているとも言われているんです」
「それもプラスして狙われる、と……」
「大抵はそうですね」
美津さんはコクリと頷く。
つまり、猫又が狩られるのは特殊な体質と頑丈さと見合っていない弱さが理由になっているのだ。
「そして、初歩というのは猫又狩りがまだ相当数の霊力を取り込んでいないことを意
味します」
「じゃあ、もっとその霊力を取り込んでいたら、ユキチは」
「ええ、軽傷では済まなかったかと思います」
ハッと顔をあげると、美津さんは神妙にうなずいた。
「それから、猫又狩りは一人です。あの猫たちが言っていました」
それはおそらく光る背守りを身に着けた人のことだろう。美津さんはふうっと深く息をついて、俺の顔をじっと見据えた。すべてを見透かしてしまいそうな大きな瞳は、やや悲し気な光を帯びていた。
「隠岐くん、本当にこの件を解決したいと思いますか?」
今度は「やめろ」とは言わなかった。
しかし、それでも似たような感覚がある。俺は「思う」と、頷いた。自分から美津さんに提案しておいて、投げ出すなんていう選択肢はなかった。すると、美津さんは「そうですか」と言って、ほほ笑んだ。
それから、僕の手を取る。思わずどきりとした。
「隠岐くん」
「は、はい」
「今回の件は危険です。私は慣れていますが、貴女は違います。それでも、良いんで
すね」
慣れているという、彼女の言葉に少しだけ危機感を覚えた。だからこそ、彼女はそう問いかけてきたのだろう。俺は再び頷いて、取られた手を握り返した。
「なら、音を上げないでくださいね。信じていますから」
ニッと、美津さんは小憎たらし気に微笑んで俺から手を離した。俺は首の後ろに集中する熱を振り払い、俺もうなずく。信じてもらえるという感覚が、やや面映ゆく感じたが、どこか心が浮つくような気がした。
それから、美津さんはユキチの方を向いた。
「ユキチさんは、しばらくうちで預かってもいいですか。猫又狩りの被害を考える
と、今後も増えていくと思いますから」
「わかったけど、大丈夫そう?」
「ふふっ、大丈夫ですよ。うちは彼らにとって安全ですから」
美津さんはそう言った。俺はなぜか心強い気がして、思わず頬がゆるんだ。すると、気がゆるむ間もないのか目の前で黒い影がよぎった。
現れたのは、傷にまみれたロシアンブルー。鋭い瞳にどこか見覚えがあった。すると、その猫は俺たちのもとへよろよろと歩み寄ってくる。すると、美津さんは瞳を大きく見開いた。
「ロアさん!」
ぽたぽたと滴る血液は、そのロシアンブルーもといロアさんのものだった。美津さんは驚いたように、そのロシアンブルーを抱え上げ、一番傷の深い部分をハンカチで止血していた。
「隠岐くん、喫茶店まで急ぎましょう」
「ああ」
俺は頷き、まだ走れないユキチを抱えて続いた。一瞬、茂みががさりと揺れた。バッと振り向くと、そこには大きな羽織を着た人影が見えた。ニイッと三日月形に口端を吊り上げ、そいつは笑った。それから背中を向けて、どこかへ消えた。その背中には淡く光る模様が見えた。
追うか考えたが、今はそれよりもロアさんの手当てが先だろう。
嫌な予感を胸に、俺もそいつに背を向けた。
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