第五話
ハルジオンと呼ばれた背の高い青年は、どかりと椅子に腰かけた。美津さんも近くにあった椅子に腰かける。それに
それから、ちらりとハルジオンという人に視線を向けた。猫背でうつむきがちな感じだが、ギロギロとした瞳がこちらを
「ハルジオン、あまり敵視しないでください。一応、彼には手伝ってもらっているの
で」
「手伝い、ね。
鋭い瞳をそらし、彼はフンと鼻息をついた。それを見ながら美津さんは苦笑して、こちらに申し訳なさそうな表情を向けた。それにしても、ユキチはハルジオンさんを見ても全く
すると、再び彼と視線が合った。薄くひび割れたメガネのレンズの向こうの瞳は、やはり底が読めなかった。
「で、何の用だ」
眼鏡のフレームを押し上げて、彼は低く這うような声で言った。
「ああ、そうですね。ハルジオンは猫又狩りについて知っていますか?」
「猫又狩り」
「はい、ここ最近、この街で猫又や猫たちの行方が消えているようなんです」
美津さんがそう言うと、ハルジオンさんは細い眉を
「この時期の抗争に重ねてきたわけか」
「おそらく、猫の出歩きが多いですからね。集会も頻繁に行われますし」
美津さんは持ってきた鞄の中からロアさんが印をつけていた地図を取り出し、ハルジオンさんに手渡した。ハルジオンさんはそれをじっと見つめて、ガタガタとやや足の調子の悪い椅子から立ち上がり、別の部屋へ行ってしまった。
すると、美津さんがこちらを向いた。
「慣れないですか?」
「え? ん、まぁ、あまり周りにいないタイプの人だから」
正直に答えると、美津さんは笑って「そうですね」と言った。
「ハルジオンも俗世に慣れないって言ってここに住んでますからね」
「……俗世」
聞きなれない言葉を
「彼が眼鏡をかけているのも、彼なりの親切らしいんです」
なら、あの薄くひびの入った眼鏡は石化対策というものなのだろうか。
「何を話している、霙」
のそりと、隣の部屋からハルジオンさんは戻ってきた。
すると、美津さんは笑みを浮かべる。
「ハルジオンの話ですよ。耳が良いから聞こえてたんじゃないんですか?」
「ふん、まあよい。それで、猫又狩りの件だ」
ハルジオンさんは美津さんの言葉を流し、いくつかの資料と二本の小瓶をテーブルに置いた。
俺たちはテーブルのそばによる。美津さんは小瓶に一瞬目を止めてから、資料の方を見る。真剣そのものである表情が、少し
「これ、最近のですか?」
「ああ。俺の知る限りの情報だ」
「うぅん、そうですか……」
ハルジオンさんは渋い顔をする美津さんを眺めながら、「他にも集めようか」と聞いている。俺もその資料を覗き込んでみたが、使われている文字に癖があり過ぎて読めそうになかった。達筆というよりも、ミミズがのたくったような筆圧の薄い文字だった。
美津さんは文字列に指を這わせ、むっと眉を寄せている。
「うぅん、じゃあ最近ズザさんは見ました?」
「ああ、あのトラ猫か。一週間ほど前から見ていないな」
美津さんの視線にハルジオンさんは眼鏡を押し上げて、記憶と辿りよせるように目を伏せた。まつ毛までもが白いせいか、やけに長く感じた。――それともかく、一週間前は何かあっただろうか。
「一週間前ですか。ちょうど集会の始まるころですね」
「ああ、あのトラ猫のところは定期的に報告会が開かれているからな」
俺の知らないところだった。
しかし、ズザさんがとてもマメな人だったのだと感じた。しかし、ハルジオンさんは何かに思い当たったのか、ぽつりと何かをつぶやいた。それから、自ら持ってきた資料と美津さんの手から奪い取りる。それから、パラパラと資料をめくり、とあるページを指し示した。
「最近、ロシアンブルーのところの猫又が言っていたんだが、背守りを付けた奴がい
たらしい。この街の人間でなかったらしい」
「背守り?」
ハルジオンさんの言葉に引っかかり、俺は首を傾げた。すると、ハルジオンさんは「背守りも知らないのか」と呆れたふうに俺を睨み付ける。すると、美津さんが説明してくれた。
「背守りは主に乳幼児の着物の背中心に刺繍された魔除けの印なんです」
「ああ、今回の奴は猫又の話から推測するに麻の葉だろうな」
俺は曖昧にうなずいた。おそらく、それが主要となっていた時代は俺が生まれるよりはるか前だろう。だからか、あまりピンとこなかった。
すると、ユキチが美津さんの服の裾を引っ張った。
「みぞれ、そいつなら僕もみた。麻の葉模様の背守りが、暗い場所でひかってた」
すると、美津さんとハルジオンさんの表情があからさまに凍り付いた。
ハルジオンさんは再び奥の部屋へ、美津さんは俺の方へ歩み寄ってきた。それから、迷ったように「やはり、
しかし、俺は首を振った。なおさら、手をひいてはいけないのではないかと思った。すると、奥の部屋の扉が思ったよりも早く、ハルジオンさんが戻ってきたことを告げた。
「霙、この件を解決したいなら、それも連れていけ。猫又狩りをする奴は大抵が雑魚
だが、あの背守りの奴相手に一人は無謀だ」
「し、しかし」
ハルジオンさんの言葉に、美津さんは言葉を詰まらせた。
すると、ハルジオンさんは不愛想な表情に呆れを浮かべて苦笑した。それから、美津さんにさっき持ってきた小瓶とはまた別の小瓶を手渡す。
「これを使え。少なくとも、アイツを怯ませることならできる」
ぎゅっと握らせ、彼は美津さんの頭を撫でた。美津さんは躊躇ったように視線を泳がせていたが、否定できないと察知したのかおずおずと頷いた。そして、ハルジオンさんに何やら耳打ちしていた。
ハルジオンさんはそれにうなずいて、美津さんに紙切れを手渡した。それから俺たちは、このログハウスを後にした。
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