第二話

「猫又狩りってのは、文字通り猫又を狩って退治しちまう奴だ」


 ロアさんは、辟易へきえきとした表情でため息をついた。退治するというのは、誰がするのだろう。除霊師とか、陰陽師みたいな人たちが集まってやるようなものだろうか。なにせ、つい最近までそう言うものが視えなかった俺に知識はない。すると、美津さんは顎に手を当てた。


「無害な猫又にもですか?」

「あぁ、飼い猫に紛れ込んでる奴も餌食えじきに遭っちまってるんだ」


 美津さんの問いかけに、ロアさんは心底悔しそうな顔をして言った。

 それから、ずずっとストローでアイスティーを一気に飲み干した。美津さんは、奥のスペースへ何かを取りに行った。その後ろ姿を見送っていると、ロアさんがこちらをじっと見つめていた。

 その視線は、隣にいたユキチへ移る。


「お前も、猫又か。俺のとこにも、ズザのとこでも見たことのねえ奴だ」


 スンスンと、匂いを確かめるようにユキチに顔を近づけ、ロアさんは怪訝そうに言った。ユキチは「うん」とただ頷いて、ふいっとロアさんから視線をそらした。

 

「お前は、人間だな。にしても、視えるようになったのは最近か? 知識がねえんだ

 ろ」

「え、ええまあ。そう、です」


 俺もユキチ同様視線をそらしたくなった。なにせ、このロアさんという人は猫の耳も尻尾も見えはしないが、猛獣然とした鋭い視線に威圧感があるからだ。とはいえ、見た目が若いせいかとても長生きした猫には見えなかった。

 俺はとりあえず、これ以上顔を近づけられるのは御免なので、話題をそらすことにした。


「ロアさんは、お幾つなんですか? 若く見えますけど」

「お? んまぁ、化けてるから若くは見えるんだろ。たしか、俺は明治あたりだな。

 先代はもっと昔だったらしいが」

「明治、……それって若いんですか?」


 そう聞くと、ロアさんはケタケタと笑いだした。何がおかしかったのか、腹を抱えて大きな笑い声でだ。


「ははっ、本当にお前は無知だな。俺は若い枠だよ、何せ平安から生きてる奴もい

 る。外国から伝来してきたやつらは、世紀前からいたりするしな」

 

 ロアさんは俺の頭をぽふぽふと撫で繰りながら、「変なこと聞く餓鬼だな」と笑っている。猫に撫でられる日が来るとは思わなかった。俺が困っていると、美津さんが奥からファイルを持って戻ってきた。助けを求めるように視線を向けると、美津さんは目を見開いて、それから「ふっ」と吹き出した。


隠岐おきくん、ロアさんに気に入られたんですね」

「え?」

「いやー、面白い奴だな」

 

 美津さんの言葉に、ロアさんは肯定の意を示した。しばらくしても、ロアさんが俺の頭を撫でているので美津さんは「さすがにやめなさい」と呆れたように言っていた。すると、ロアさんはあっさりと手を離してくれた。

 それから、美津さんは開くとリングのあるレバーファイルを開いて、ロアさんと俺のちょうど真ん中になるところへ置いた。

 それにはこの街の地図がファイルされていた。

 

「一番の被害の多いところと、時間帯ってわかりますか?」


 美津さんはウェイターエプロンのポケットに入れていたシャープペンシルをロアさんに手渡した。ロアさんは頷いて、地図の数か所に丸を付けていく。それは、どれも住宅の密集しているようなところで、猫にとっては逃げ場がたくさんあるような場所ばかりだった。

 

「時間は、基本的に俺らの集会が始まる前か後だな」

「だとすると、六時前後と十時ごろですか?」


 美津さんはロアさんに問いかける。――猫の集会とはずいぶんと長いらしい。とはいえ、それには猫又という奇異な存在も参加しているから、実際他の猫の集会の時間とは違うかもしれない。

 すると、ロアさんは美津さんの問いにうなずいて、ペンを返す。


「そうだな。飼い猫も来てるから、飼い主が心配する前に帰した方がいいだろ」


 真面目な表情でロアさんは言うが、俺は瞬きを繰り返した。配慮が飼い主に向いているあたり、ずいぶんと優しい性分のひとらしい。すると、美津さんも同じようなことを思ったらしく、「心配性なんですね、相変わらず」と苦笑していた。

 すると、ロアさんは苦い顔をした。


「ナワバリ争い以外は、その時間には帰すってズザと決めてんだよ」

「……仲いいんですよね、お二人。なぜ、喧嘩してるか分からないくらい」


 いかにも真面目そうに答えたロアさんの表情が、かっと赤くなった。

 

「先代のころから続いてる抗争なんだ! 仲良くねえよ!」


 その表情が照れているように見えたのは、気のせいだろうか。俺はロアさんを見ながら、首を傾げた。


「猫又狩りって、なんのためにやるんだ?」


 ぽつりと呟いたつもりが、ユキチもロアさんも美津さんもはっきりと聞こえていたらしい。

 しかし、被害に遭うかもしれないユキチとロアさんはどうにも理由が分からないようだった。美津さんは渋い顔をして、三本の指を立てた。どうやら、理由は三つほどあるらしい。


「考えうる理由は三つです。一つは個人的なもの。二つは組織的なもの。三つはズザ

 さんを中心とした作戦」

「一つ目と二つ目は人間が関与してる場合か?」


 ロアさんは眉を寄せて、美津さんに詰め寄った。

 美津さんはやや身を引いて、静かにうなずいた。


「そうですね。実際、陰陽師のように見えるような人間は存在しています。それに、

 かつて猫は三味線の素材となっていたこともあり、要因はたくさんあります」

「陰陽師は、物語の存在なんじゃないの?」


 俺の言葉に美津さんは首を振った。


「いいえ、存在します。出会ったことは数回ほどですが、彼らは妖怪に対して慈悲な

 どないものが多数です」


 美津さんは珍しく、少し怒りを表しているようにも見えた。おそらく、数回であったことのある陰陽師と何か良からぬことが起こったのだろう。ロアさんも、どうにも煮え切らない何かを胸の内に秘めているように感じた。

 それから、すうっと彼は息を吸って、美津さんに問いかける。


「そんで、三つ目のズザの作戦てのはなんだ?」


 陰陽師の話題が事前に出てきたせいか、彼の口調には怒気が滲んでいた。

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