第十話
思ってもみない申し出に、俺も
現在時刻、午前九時五十二分。
とりあえず、待ち合わせの場所である商店街から出て数分ほどの河川敷にかかる橋の前にいた。一番最初に来たのが俺らしい。まだ俺しかいなかった。橋の反対側にもそれらしき人影はない。
とは言っても、東京で駅を待ち合わせにするのとは違うので幾分か気が楽だ。中学校に入りたての頃、まだ女優であった母と東京駅で待ち合わせをしていたのだ。しかし、あの広い駅構内の、どこの出口かも指示されていなくて、一人心細く母を探したのはいまだにトラウマじみたものがある。
「あ、おはようございます、
駆け寄ってくる人影と声が聞こえて、俺はハッとする。美津さんはこちらに手を振って、もう一度「おはようございます」と言った。それに
美津さんの姿は制服とウェイトレス姿以外見たことがないので、私服というのは新鮮だった。パンツスタイルで、すっきりとしたスニーカーを履いている。
「隠岐くんの私服を見るのは、二回目ですね。制服の方をよく目にするので、新鮮で
す」
「……あぁ、うん。俺も」
同じようなことを思っていたことが分かり、なぜか頬が熱くなる。
「あー‼ 二人とも、もう来てたの⁉」
すると、こちらへ走ってくるピンク頭が見えた。ダッシュでこちらに走ってくるのもあってか、派手な
碧衣の格好は極めて普通の私服とはいいがたかった。髪の毛と同じ蛍光ピンクを要所に取り入れたファッション。ピンクのスニーカーとシャツ、それを締めるような黒のダメージジーンズとキャップ。本人なりのこだわりがあるのだろうが、視界がちかちかして仕様がない。それから、学校のときと同じようにたくさんのピアスが輝いていた。――
「おはよ~!」
「おはようございます、トーリくん」「おう」
碧衣の挨拶にそれぞれ返した。
「そんで、オレたちはこれからどこへ行くの~?」
挨拶もほどほどに碧衣が切り出す。すると、美津さんは山の上の指さした。
「山?」
「はい。登山ほどじゃないですけど、目的地は山のうえです」
俺の疑問に美津さんはそう答えた。山はこの小さな街のはずれにあるようだった。しかし、それほど距離はなく、歩いて行っても大丈夫だろう。高度もそれほどなく、緑が深く生い茂っている。
すると、
山の中の道をまっすぐに歩いていくと、広い道に出た。コンクリートで補装され、道路として山の後ろ側へつながっているらしかった。しかし、ここまでの道のりがずいぶんと困難だったためか、俺は疲労していた。碧衣も、珍しくいつもの笑顔よりも、
美津さんは、肩にかけていたバックから一本の鍵を取り出し、広い道路を渡って大きな門の前で立ち止まった。
俺たちの目の前には、立派な門がある大きな洋館があった。しかし、誰も住んでいなくて、且つ誰も手入れをしていなかったのかところどころは骨組みが見え、壁が黒くなっているところもあった。
「みーたん、ここって……」
「二条君から、昨日借りた鍵のお屋敷です」
碧衣の表情があからさまに
「でも、ここって心霊スポットの廃墟でしょ?」
「うーん、まぁ、出なくはないですね」
「ひぇっ……」
美津さんの一言に、碧衣は自らを抱きしめた。しかし、何も知らない俺は首をかしげるばかりで、話についていけない。
「そっか、オキクンは転校してきたばっかだもんね。ここね、だいぶ前から心霊スポ
ットで有名なんだよ……」
「でも、ここが目的地だろ?」
そう返すと、碧衣は「なんで平気そうなんだよ!」とムキになる。
美津さんはこのやり取りを苦笑してみながら、大きな門に手をかけた。ギシギシと
「門の鍵じゃなかったのか、それ」
「はい。門の南京錠は、五年ほど前から壊されていたみたいなんです。多分、誰かが
悪質な肝試しでもしたのではないかと思われます」
美津さんはさみしそうな表情を浮かべ、壊された大きな南京錠をいたわるように撫でた。それから、大きな洋館の方へ向き直る。
「隠岐君は知らないと思うので、この家についてお話しますね」
「ああ」
「この家は約十五年ほど前に火事で燃えてしまった家なんです。それでも、これだけ
残っているのは奇跡ともいえます。まぁ、本題はここにレイラさんが”両親”と呼ぶ
存在が住んでいたということなんですけれど」
屋敷までの道を歩きながら、美津さんは説明してくれる。
約十五年ほど前――。この屋敷では放火魔による火事が起こった。実際山の上で、人が駆けつけてくるには時間のかかるこの家は、二人の夫婦を巻き込んだ。
しかし、美津さんの話には”レイラ”の存在がなかった。
「じゃあ、入りましょうか」
美津さんはあえて説明しなかったのか、一枚の扉の鍵を開けた。
骨組みが見えていたのも、ところどころが変に黒かったのも、窓が割れ黒い
「あ、一応老朽化もありますし、床が抜けてしまうかもしれないので気を付けてく
ださいね」
「あ、うん」「わ、わかった」
淡々とした俺の返事、不安と恐怖でいっぱいの碧衣の返事とが重なる。美津さんは安心したように微笑んで、洋館へ足を踏み入れた。
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