拾
その日の午後十三時頃のことである。
城島の家の電話が鳴った。番号を見て武雄は首を傾げる。見覚えのない番号だったが、取り敢えず出てみることにした。
「もしもし?」
「もしもし、城島武雄さんですか?」
聞こえてきた声の主に聞き覚えはまったくない。なのに、なぜ自分の名前を知っているのだろうか、と武雄は不信に思った。
「はい、そうですが」
「わかば警察署のものですが──」
それを聞いて見覚えのない番号ではなかったことに気がついた。ただ、その番号を武雄が忘れていただけであった。
警察署からの電話を受けてすぐ、武雄の妻である
武雄は恵子と途中で合流し、警察署へ訪れた。
警察署内に入ってすぐの窓口で事情を説明すれば、遺体安置室というところへ連れて行かれた。そこには、一つの台が置かれており、身体全体が真っ白な布に覆われていた。
警官が顔を覆った白い布を外す。
「ご確認ください」
武雄と恵子は一度互いに顔を見合わせると、ゆっくりとした足取りで、その台に近づく。
「和哉……和哉和哉和哉和哉和哉和哉‼︎」
「和哉ぁーーーーー‼︎」
恵子は泣き崩れ床に手をつき、武雄は和哉の頬を撫でその身体を抱きしめた。
武雄と恵子のふたりは一目見てすぐに和哉であると判断できた。そこには、紛れもなく息子の和哉の顔があったのである。悲鳴にも似たふたりの和哉を呼ぶ声が遺体安置室にしばらくの間、響き渡っていた。
あれから五十五年という月日が流れているというのに、和哉は白骨化することなく、肉体が綺麗な状態で保たれていたという。その理由は不明であった。
検視はすでに済んでおり、事故死と判定された。
「息子さんが見つかった当初、こんなものが手に握られていましたよ」
警官から渡されたのは、使い古した硬式野球ボールだった。
ボールがないと思っていたが、おまえが持っていたのか……。
それは紛れもなく、和哉が使っていたものだ。ボールには和哉の油性ペンで書いたぐちゃぐちゃのサインがあったからだ。
「和哉、おまえは、本当に野球好きだなぁ……」
武雄は思わず、ふっと息を吐いて笑った。
遺体はその日のうちにすぐに家に運ばれることになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます